27 【和葉】 ここはどこ
時は少し遡る。
ふと、和葉は目を覚ました。ぱちぱちと瞬きする。目の前が真っ暗だった。
横になったまま何度か瞬きをして、和葉は思い出した。
「サムリさん!」
がばっと起き上がったが当然そこにサムリはおらず、真っ暗な空間の中に一人取り残されていた。
記憶が少し曖昧だが、交通事故に遭ったようなのだ。
激しくはねられたような気がしたのだが、身体は全然痛くない。
そして何故かベッドの上ではない。和葉が座っている地面は硬いのだ。どこだろうと両手で周囲を探ると、正面と後ろに壁があった。左右には少し余裕があったが、手を伸ばすとやはり壁に当たる。
「……まさか棺桶に入れられているわけはない、よね?」
まさかのご臨終扱いか。思わず両手で前後の壁を押してみると。
キィ……、ガン!
思ったより軽く押しただけで開いた扉から、和葉は転げ落ちた。そのまま一回転して後頭部を打ちつけて思わず頭を抱える。
「痛! ……く、ない?」
床は板張りであり、大きな音がしたが上手く落ちたのか痛みはなかった。ぱちぱちとまた瞬きをする。そもそもここはどこだろう。
立ち上がって左右を見回すと、ベッドや火の消えた燭台、机と椅子。そして先ほどまで入っていたらしきクローゼットが見えた。見覚えのない部屋だ。
「何で私はクローゼットなんかに押し込められていたんだろう」
開いたクローゼットの中を見ると、一枚だけマントのようなものがかかっていた。クローゼットの床には紺色の。
「……体操服?」
何度か部屋の中とクローゼットの中を交互に見てから、その体操服を広げてみた。
胸元に「2年B組 菅原和葉」と書かれていた。
「……私の?」
ふっと和葉は気付いた。
クローゼットにあるこのマント、見たことあるような気がする。それを手に取るとじっと見つめてみる。
金色で刺繍がされている、青く長い厚みのあるそのマント。どこで見たんだろう。
ぐるぐると疑問が頭を回る。ここはどこで、何がおこったのだろう。私の体操服もあるし、あっ、クローゼットの床に半分の金貨も落ちてる。
そして和葉は結論づけた。
「……変質者にさらわれた?」
体操着フェチとか何かよく分からないが、どこかの変質者が、交通事故にあって倒れた和葉をさらってクローゼットに閉じ込めたのだろうか。
木で作られた心もち小さめのその部屋を見回して、何か武器になるものあるいは自分の携帯電話が無いか探すが、何も見つからない。
……誘拐犯のすみかだったらどうしよう。
和葉は部屋からこっそりと扉を開けてみてみるが、そこには短い廊下があるばかりで人はいない。誘拐されたにしては鍵もかかっていないのはどういうことか。
しかしここは病院の訳がないし、どうしたものかと悩んで、気付いた。
「っ!! 袋がない!」
どこに行ってしまったのか、周囲を探しても見当たらなかった。事故現場に落ちているのか、もし血まみれだったらゴミとして捨てられてしまうかもしれない。
慌ててその部屋を出て、ゆっくりと廊下を歩く。そろりそろりと歩いて気付く。多分これは誰もいないようだ。人の気配が全くないのだ。
「電話も携帯もないみたいだし……」
ぼやくように和葉は左右を見回して嘆いた。ちらりと見えた台所には美味しそうなソーセージらしきものが見えた。いつもなら勝手にお腹が鳴るのだが、さすがに現状が分からない今は腹も自重しているらしい。
そのまま玄関らしき扉を開けると、まぶしさに目を細めた。
「……えぇ!?」
爽やかな緑がそこに広がっていた。森の中だ。山の上の方にいるかのように空気が爽やかである。
「どこ、ここ……」
まさかの県外か、と出てきた扉を振り返る。そこにあるのは木でできた小屋のようなものと、周りに広がる爽やかな森だけである。どこも全然見覚えがない。
数秒間瞬きを繰り返したが、現実逃避をしている暇はない。とりあえず誰かに連絡をつけなくては。
しかし和葉の近所には田んぼや川はあったものの、山登りはしたことがない。その上この場所も分からず地図もない。中で誰か来るのを待つべきだろうか。
「……いやいや、怪我人を閉じ込めるような変質者だ。信用できない」
とりあえず車ではねられた人間をどのように介抱しようとも、さすがにクローゼットに押し込めるという選択肢はないはずだ。これから殺しますと言われてもおかしくない選択肢だ。
母も、そして西園先生も、あとついでに野田先生も心配しているかも知れない。早く家に戻らなきゃ。
そのまま森の中へ歩こうとしたが、もしかしたら夜中に寒くなるかも知れない。一度小屋の中に引き返して体操着を着て尚且つマントを羽織る。青いマントは綺麗でとても軽い。台所を覗いてパンのようなものを上着のポケットに入れると、小屋を出た。
「とりあえずええと、東西南北は木の苔が生えているほうが北らしいから……」
本で読んだうろ覚えの知識を思い出したあと、はたと思い直す。そもそも東西南北どこに向かえばいいかすら分からない。
「もしここが山なら、とりあえず下山するか頂上に向かえばいいはず。どっちにしよう」
人に出会えるなら頂上へ向かってもいいが、もし犯人らしき人に会ったらどうしよう。第一マント姿の自分は相当怪しいのではないだろうか。下山すれば人里で電話を借りられるかも知れないし……。
和葉は適当に下の方と思しき方向へと歩いて行った。
通り過ぎた木が、ざわざわと音を立てていた。
* * * * * * * * * *
「……」
すでに体感時間で三時間が経過しただろうか。
五度目の再会に、和葉はもうため息しか出なかった。
「また、小屋……」
北へ行こうが南へ行こうが、どの方向へ行っても何故か迷ったかのように小屋に戻ってくるのだ。
何かが彼女を「逃がすまい」としているかのように。
「これ絶対ホラー映画かサスペンスだわ。多分そのうちジェイソンが出るのね」
和葉はぶるりと体を震わせた。ひのきのぼうと言う武器(拾った木)以外、防具も何も無い状態では確実に勝てない。伝説の装備をシリーズで揃えるまで待っていてほしいものである。
日はもう完全に暮れてしまって、森を歩くのが怖くなってきた。和葉は小屋が見える木の傍で座り込んだ。
「でも、寒くはないのね」
マントのおかげか寒くはない。更に言うとお腹もすいてない。非常時ゆえだろうか。
和葉が座り込んで一分も経たないうちに、一筋の風が吹いた。
思わず和葉は息をのんだ。その身を隠すように木の裏に小さくなる。
「たっだいまー! お腹すいたぁ!」
空から、人が振ってきた。
呆然と和葉が目を見開いていると、小屋の近くへ降りた男……遠目からは赤毛の若い男に見えるが、彼は空を見上げた。
数瞬送れてもう一人、金色の光のような男が降りてくる。
「移動助かった、トビアス。じゃあ早速探すか」
「えぇー。僕お腹空いたよー」
「ああ、先に食べててくれ。俺は探し物をするから」
「わーい」
親しげな様子で二人はためらいもなく小屋の中へと入っていった。和葉は木に隠れるようにしてその様子を見ていた。人が降ってきたことにも、それが外国の人だということにも驚いたが。
「……あの二人」
何の警戒もなく小屋へ入って。
金髪の男の方は、探し物があるって……。
「まさか、あれが誘拐犯!?」
ざわっと、木が風で揺れて鳴った。




