23 【和葉】 雨が降る
爽やかな目覚めであった。
和葉は携帯のアラームが鳴るより前に目を覚ました。午前六時半。大変めずらしいことである。
ベッドに寝転んだままの和葉の視界にぼんやりと天井が映った。
ええと、何だっけ。何かが気になっていたような……。
「――! そうだ、ボビーくん!」
和葉が飛び起きて部屋の片隅に目を向けると、そこには何も無かった。正確には床に布が広がっていただけだった。
予想通りというべきか、布をめくるとからっぽの袋がある。
「おお……。消えた人体模型、ボビーくん」
ミステリーのタイトルになりそうだと思いながら呟くと、さっそく着替えて袋を手に居間へと向かった。早く先生に話さなくては。昨日の西園の引きつった顔が驚きに染まる様を想像して、和葉は思わず笑みを漏らす。
パートに出かける直前の母が目を丸くして「こんな時間に起きるなんて珍しい」と傘を持って出かけて行った。快晴なのに。失礼である。
家を出て空を見上げると、和葉の頭上には青い空が広がっている。地球の青い空が。
無くなったあの人体模型はどこに消えてしまったのだろうと今更ながら思う和葉だった。
* * * * * * * * * *
学校に着いた時にはSHRまでまだ一時間くらいの余裕があった。今のうちに西園に伝えておこう。
社会準備室にいなかった西園を探しに、和葉は職員室を覗いてみたがそこに彼はいなかった。運の悪いことに担任の野田先生がいた。
「菅原? どうしたこんな早くに。体調でも悪いのか?」
遅刻して体調悪いのかならともかく、早く来て体調悪いのかと言われることに文句を言いたいところではあったが、普段の行いを持ち出されると土下座するしかないので和葉は首を横に振った。
「いえちょっと相談が。西園先生がどちらかご存じですか?」
「ああ、図書館だと思うぞ。何か調べ物があるみたいで」
「ありがとうございます、行ってみます」
お礼を言って和葉が職員室を出る直前で、野田先生は呟いた。
「……雨降るかなぁ……」
失礼である。
和葉は今更ながらどれだけ寝汚く思われているのかと、ちょっと授業中に寝る時間を考え直そうと思うのであった。
* * * * * * * * * *
「西園先生」
「菅原?」
図書館の本棚の間で、図鑑のような分厚い物を読んでいる西園は、和葉を見て慌てたように本を閉じた。
「しまった、もうそんな時間か!? 職員会議が!」
「……」
失礼である。和葉は黙って西園の腕時計を指さした。自分の腕時計を見た後に窓の外をちらりと見た西園がいたが、あえて突っ込まなかった。
「は、早いな、どうしたんだ?」
「西園先生こそ図書館なんてめずらしいですね。てっきり社会準備室にいると思って探したんですが」
「ああ、ちょっと調べ物をな」
そう言って西園はもう一度図鑑のように分厚い本を開いた。ちらりと見たら世界の様々な武器について載っている本のようで、彼は短剣のページを読んでいる。
「帰ってからも現物やインターネット調べたりしたんだが、あれと同じようなのは見当たらなかった」
和葉の袋の中に入っていたギザギザした短刀と、湾曲した鞘付きの小さめな剣、そして飛び出し型ナイフのことを探しているのだろう。和葉も一緒になって本を覗き込む。
「飛び出し型ナイフとかだと、似ているのありますよね」
「比較的西洋のタイプではあるんだがなぁ……銘もないし、調べようにもメーカーも書いてなかった」
通常のナイフであればメーカーのマークなどが入っているものもあるのだが、そこに書いていないとなると他に手がかりは……。
「あっ」
思わず和葉は声をあげた。あるではないか、良い手がかりが。
「そういえば先生! 前に金貨が入ってたって話しましたよね?」
「言ってたな」
「そこに何か書いてありました!」
半分だけではあったが、金貨には記号のような文字のようなものが書いてあった。日本で言うなら五百円玉の半面が数字、半面が絵のようなものであった。
お、と西園の目が輝く。
「その文字を調べてみるか。後でいいから見せてくれ。他に袋の中に現れた物とかあったら見たいんだが」
「他に、というと……」
和葉は考え込んだ。一番最初に現れた不思議な衣装、あれもまた手がかりだったはずなのに写真を撮り忘れていた。写メでいいからとっておくんだったと、がっかり項垂れる。
それ以外だと体操服が戻ってきたくらいだが……。
「とりあえず全部持って来てみますね。今日は西園先生はどちらに?」
「授業が終わったら多分社会準備室にいると思う」
「じゃあ」
和葉は笑顔で言った。
「半日だけですし家に戻ってもう一度来ますね」
「急ぐ物でもないから、いつでも構わないからな」
そう言う西園に和葉は頷くが、今日でないと次は月曜日である。何となく早いほうがいいかなと思った。
その時、ピッと西園の腕時計が小さく鳴った。職員会議の十分前だった。
「そろそろ行くが、そういえば菅原、人体模型は?」
和葉はやっと思い出した。つい西園の本に気をとられて当初の用件を忘れていた。
「そうなんです、ボビーくんが消えてしまいました!」
「……っ」
驚いたように目を見張る西園の顔を見て、和葉は笑みを漏らす。予想通りの驚きようである。
「あれが消えたのか……それは確かに、びっくりだな」
物が物なので、どこか変な場所に現れたら噂になりそうな気がする。主にホラーの噂だろうが。
「あと菅原があれに愛称をつけていることにもびっくりした」
結局最後は西園を引きつった顔にさせてしまうのだなぁと、和葉は悩ましげに首を振った。




