15 【和葉】 荒ぶる神様
和葉は小さくため息をついた。
「今日は珍しく寝ないな」という担任の野田先生の嫌みを聞き流しつつ、教室の時計を眺めた。放課後まであと数時間。思考は出来る限りのフル回転をしている。
時に放課後までに消えていることもあった袋の中身である。今回も消えてしまえばいいのだが、消えたり消えなかったりするのでどうなるか分からない。
――とりあえず、菅原。放課後に社会準備室に来るように。
西園は真剣な表情をして和葉の袋を手に取った。
――これは預っておくから。
西園先生からはそう言われているが、さて。
もし野田先生に見つかったり、あるいは西園先生が野田先生に伝えたのであれば絶体絶命の大ピンチではある。だが幸いというか、西園先生はまず和葉からの言い分を聞いてから判断してくれるつもりのようだ。
彼が人の良い先生だと言うことは分かってはいるが、こんな話を信じてくれるのだろうか。どう説明すべきか、あるいは?
和葉は頬杖をついたまま、窓の外に視線を向けた。太陽の光は柔らかく教室に差し込んでいて、暖かい春の陽気であった。
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放課後になり、和葉は素直に社会準備室へと向かう。中には西園しかいなかった。
「で、菅原」
社会準備室には壁一面に大きな棚と資料があり、中央で机が向かい合っている。和葉は手前の椅子を引いて座ると、反対側に座る真剣な表情の西園を見た。
机の上には不思議な文様が書かれた袋があり、横には三本の銃刀法違反な品物が置いてあった。消えなかったのかと残念そうにそれを見る和葉に、西園は声をかける。
「事情を説明して貰おうか」
「わかりました、先生」
和葉は頷くと話し出した。
「授業中に寝ないで真剣に考えたのですが、ちょっと嘘の入った本当の話と、全力で作り上げたそれっぽい嘘の話と、荒唐無稽な話のどれがいいですか?」
「待て、待て菅原。本当の話という選択肢はないのか」
その三択どれも気にはなるが、選ぶわけにはいかないと和葉を睨む西園に、和葉は視線を下に向けると首を振った。
「……信じて貰えない気がしますから」
「そんなことはない!」
思わず西園は立ち上がると、真剣な瞳で和葉を見た。彼女は少しマイペースなところがあり、授業中寝ていることも多いので先生受けは悪いが、決して悪い子ではないのだ。
彼女が言うのであれば、信じる。そのつもりで本来なら職員会議で言うべきこの件を、彼の胸の内にしまっているのだから。
「話してくれ、菅原。どんな話でもちゃんと信じるから」
その言葉に和葉は、両手をぎゅっと組み合わせると、口を開いた。
「……五日前の話です」
「うんうん」
「異世界の荒ぶる神様がいきなり私に『お前は救世主だ』と囁いてきたのです」
「……」
これはハードルが高い話だ、と思わず泳ぐ目を何とか押さえながら西園は黙って話を聞いていた。
「私は聖なる戦士と認められた証としてこの袋を持ち、敵を倒すために武器を持ちました。その三本の剣は聖剣と呼ばれる魔を払う短剣だったのです」
「……そ、そうか。あの、でもな、菅原。どんな敵でもこれで刺したら死ぬからな」
どう軌道修正しようかと悩みながら言葉を紡ぐ西園ではあったが、彼女は真剣な目で頷くと話を締めくくった。
「とまあこれがちょっと嘘の入った話なのですが」
「おい、待て菅原。荒唐無稽のほうじゃないのかそれは」
彼女はちょっとという言葉を辞書で引くべきだと思った西園は、思わず突っ込まざるをえなかった。
「いえ、それはまた別の話ですが、頑張って三話作ったので一つだけでも話しておきたかったんです」
「あのなぁ……菅原……」
がっくりと頭を抱えて椅子に座りつつも西園は大きく息を吐いた。気負っていたのが阿呆らしい。
彼の想像していた最悪の事態は、イジメや虐待、何かの恨みで刃物を持ち歩くこととなった彼女だったが、ありえないことが分かった。机の反対側で白い歯をこぼして笑顔になった彼女を見る限りでは。
和葉のほうも西園の雰囲気がほぐれたのを見て目を細めた。
どう考えてもありえないだろう設定なのに、頑張って理解しようとしてくれるところがこの先生のいいところだと思う。彼は真剣に和葉を心配してくれたのだ。多分脳内をだろうが。
それでも和葉を途中で止めなかったことで、彼女は話すつもりでいた。全力で作り上げたそれっぽい嘘の話ではなく――本当の話を。
「ところで先生」
「……なんだ」
「少し不思議な話なんですけど、聞きます?」
さらりと言われたその言葉に彼は苦笑すると、頷いた。
「最初から話してくれ。言っておくがつぎに荒ぶる神様を出したら世界史の通知欄は覚えておけよ」
「く、成績に影響するという脅しですね。脅しには負けませんよ」
「いや、コメント欄に『菅原は荒ぶる神を信仰しているようです』と一言付け加えておく」
これはもう荒ぶる神の話はできないな、と和葉は思った。
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そんなわけで朝起きたら短剣が入っていた、と聞き、西園は唸った。
「うーん……」
荒ぶる神様は出てこなかったが、確かに信じるかと言われると悩む話ではある。
和葉は話し終えると、顎に手を当てて唸る西園を見た。
「まあそんな感じなんです」
「……確かに、少し不思議な話だな。穴があいているわけでもないし、そもそも消えるだけならまだしも別のものが出現するというのも」
袋を裏返しにしたり表の文様を見ている西園に、和葉は提案してみた。
「聞くだけだと信じるのも難しいと思うのですが、ここは一つ。やってみませんか?」
「やるって?」
「その袋を貸しますので、先生が何か入れてみて消えたら信じて下さい。――そうですね」
さりげない笑顔で和葉は言った。
「目覚まし時計でも入れてみたらどうでしょうか?」




