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14 【アベル】 ユアール王子トビアス

 セリド国とユアール国の境界である鋸壁を乗り越えて半日も歩き続けると、見覚えのある景色が見えてきた。

 周囲の木に所々、目印となる矢印が見える。勿論これも見える人にしか見えないものだ。

 その矢印の通りに歩き続けるとそこには木に囲まれた小さな建物があった。その小屋は、アベルと友が子供の頃に頻繁に遊びに来た「秘密基地」であった。木製ではあるが火や水耐性のある壁や屋根が外を覆っており、中にはベッドやテーブル、椅子などが置いてある部屋や、小さいながらも台所などがある。子供のための秘密基地にしては少々立派ではあるが、大きさとしてはそこまででもない。

 アベルは最近も時々この小屋にきていたので、水や食料も少しは貯蔵していた。

 完全に油断はできないが、認められた者以外入れない魔法がかかっている以上、ある程度は安心できる場所であると言える。


「やっと、着いた……」


 ため息をつくと、緊張と疲れでアベルは小屋の扉にもたれ掛かるようにして、身体で押して扉を開けようとした。

 その瞬間、扉は中から豪快に開き、アベルは不意をつかれて床に倒れ込んだ。慌てて立ち上がろうとする彼の耳にヒュンと鋭い風切り音が聞こえ、アベルの後頭部に激しい衝撃が走った。

 言葉を発することもなく床の上に倒れ伏すアベルを、小さく笑って見下ろすと、その男はずるずるとアベル引きずって小屋の奥へと消えていった。




 * * * * * * * * * *




 気付いたら周囲は真っ暗だった。いや、目隠しがされているのか。

 アベルはほこり臭いような小さなベッドで窮屈に眠っていたようだ。

 窮屈と感じたのにも訳があった。両手両足が縛られている。さらに手布が口に噛まされている念の入れようだ。魔法も使えない。

 アベルは後頭部に鈍い痛みを感じた。段々意識がはっきりしてきて、現状を理解していく。

 情けないことに安全地帯にたどり着いたと思った気の緩みからか、何者かに襲われて捕われてしまったようだ。闖入者は入れないはずだったのだが、かけた魔法が消えてしまっているのか、あるいはその者は魔法よりも強い力を持っているのだろうか?

 アベルはベッドに横たわったまま、舌打ちをしたい気分で思考を巡らせた。

 ――このまま殺される? いや、この厳重な縛り方からいってすぐに殺す気はないだろう。ならば逃げる機会はあるはずだ。セリドに連れ戻されて処刑される可能性が一番高いが……。

 これからの展開や逃げる手段を模索しながら、忙しなく頭脳を動かしているアベルに、扉の開く音と共に声がかかった。


「――起きた?」


 その声がアベルの耳に届くと、彼の思考が完全に中断された。目隠しをされたままのアベルの目が見開かれる。


「ああ、あばれないでよ。別に殺そうとかいう訳じゃないし」


 その声の主は、ベッドの上でもがくアベルを宥めるような調子で言った。床を歩く音がして、ベッド脇に人の気配がする。

 アベルは必死でそちらに顔を向けると、思いつくだけの罵詈雑言を吐こうとして口の中の手布に阻まれた。むしろ魔法の反撃よりも罵られることに警戒してそれをかませたのではないかと疑うくらいだった。


「魔法での反撃は無しだよ、無しだからねアベル。しないと名にかけて誓うなら口のだけ外すけど、どうする?」


 その言葉にアベルが頷くと、気配がベッドの後ろに回り、彼の口から手布を外した。その瞬間にアベルの怒声がその小さな部屋に響いた。


「この、馬鹿!!」


 アベルの心の底からの叫びに、叱られた方は身を縮めた。目隠しをされたままなので見ることは出来ないが、アベルはばつの悪そうな表情でたたずんでいる彼に顔を向ける。目隠しがないなら睨み付けてやりたかった。


「いきなり人を殴りつけて、この対応はどういうことだ! トビアス!」

「……そんなに怒んないでよ、アベル。だって君、セリドで指名手配されてるし。僕の国にも手配書が回ってきてるくらいだもん。アベル魔女なんだって?」


 獰猛な獣のようにアベルが唸ると、慌ててトビアスと呼ばれた青年は謝った。


「いやそりゃあ殴ったのと縛ったのは謝る。ごめん。それでも一応手加減したし、半分くらいは疲れから気絶したんだと思うからね」

「――俺が怒っている理由が分からないのか? トビアス」


 低いアベルの声に再度トビアスは小さくなる。ベッドの上に転がったまま両手両足を縛られている囚われ人と、その脇に立つ捕縛した人。

 にもかかわらず会話の立場はまるで逆のようであった。


「俺を魔女と言ったな。少なくとも幼い頃からの友人であったはずのお前がそれを言うことに……怒らないとでも思っていたのか?」


 ベッド脇に立ったままトビアスはアベルの低い怒りの声を聞いていたが、神妙な顔で頷いた。


「あー、うん。なるほど。まぁ予想はついていたけど。一応謝っておくね。魔女って言ってごめん。アベル」


 さらりと謝るその声に少しだけ怒気を緩めると、トビアスの意図したことを察してアベルは大きくため息をついた。

 先ほどの言い方はわざとだろう。魔女という言葉を使うことによってアベルを試したのだ。今までのアベルならば怒るだろうと知っていて。


「……悪いと思っていないなら謝らなくていい。そんな底意地の悪いことばかりするからお前は、毎度ユアール国王に殴られるんだ」

「いやぁ、父上の突き放し型の愛情表現だと受け取っているよ、僕は」


 そう言ってトビアスはへらりと笑った。

 本当にこの王子は憎めないが憎らしい。「父上を尊敬しています! でも髪の毛は遺伝しないでほしいです!」などの余計な一言を追加しては、ユアール国王に鉄拳制裁されるトビアスを子供の頃から知っている。無意味に前向きな彼は全然懲りてない様子だった。


「警戒するでしょ、一応。隣国の幼なじみが魔女の疑いがありました、裁判にかけられました。逃げ出しましたって言われたらさ、もし本当に魔女だったら怖いしさー」

「俺が魔女なら今すぐこんな縄を焼き切って、お前をぶん殴っている」


 やっぱり縛っておいて良かったなー、とトビアスは呟いた。彼はアベルと共に秘密基地で遊んでいた友、ユアール国第一王子トビアスであった。幼い頃から国としての国交もあり、個人としても親しい関係の二人だ。親しいというかトビアスの自由奔放な行動に生真面目なアベルが巻き込まれる形ではあったのだが。

 アベル自身も、気楽な様子を見せつつも何を考えているんだか分からないトビアスの性格を知ってはいたが、まさか殴られて縛られるとは思いもよらなかった。むしろここで待ち構えていたこと自体が不思議である。

 何にしても全ては解放されてからだ。――トビアスを殴るのは。

 アベルは、声を尖らせる。


「お前の魔女裁判が終わったなら、早くこの縄をといてくれ」

「うーん、無理」


 再度怒りの気配を漂わせるアベルに、トビアスは距離をとって言う。


「いやいや、アベルが落ち着いて僕のことを殴らなくなるまで、ちょっとだけほら、ゆっくりそこで休んだらどうかなって思うんだよね」

「この状態が続いたままで休めるか! 時間が経つほど怒りは増すぞ……って、おい、どこに――!」


 トビアスはすたすたと足音を立てて扉の方へ向かうと、首をねじるようにしてトビアスの方を向いて叫ぶアベルを振り返って明るく言う。


「ほら、僕の国ってさ。古いぶん伝承やら怖い話が多いんだよね。僕も子供の頃から悪いことをしたら、もういないはずの魔女に殺されるって散々脅されていたし」

「それはお前が悪いことをしてもろくに反省しないからだろうが! それとも俺が魔女だとまだ疑っているのか!?」


 叫ぶアベルの脳裏には義母ソランジュが浮かぶ。魔女がもういない、とは言えなかった。


「アベルかどうかは分からないけど、今この世界にいるんだよ。魔女が」


 その時だけトビアスの声が真剣味を帯びた。アベルを残したまま、扉を開いてその部屋を出ると聞こえるか聞こえないかのような小さな声で言った。


「少なくとも僕はそれを知っている」


 後ろ手でぱたりと閉じた扉の向こうで、再度アベルが「この馬鹿!」と叫ぶのを聞きながらトビアスは呟いた。


「まぁ、アベルが逃げる気なら、逃げられるでしょ」




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