第8章 王都決戦Ⅰ
王都は死んだように静かになっていた。
バゼック王国の象徴とも言うべき王都。
アルバニス大陸の中で、最も広大な都は常に大陸の人々のあこがれの場所であった。
都の真ん中に真珠のように白く鷲が両翼を広げたように大きな白亜の城。それを囲むように、貴族達の煌びやかな邸宅、またそれを囲むように賑やかな民達の家々があった。
広場では大道芸人たちが華やかな演目を行い、子供達の笑い声が常に聞こえる、大通りの商店や市場では、商品を売る大人たちの声が行き交い、諸外国から来た人々が入り乱れ、あらゆる物が行き交った。活気のある人々の声がつねにあった。それは、城にいるデュレックの耳に聞こえてくるほどに。
だが、今の王都はまるで息を潜めて静かだ。
店のほとんどが扉を閉ざし、街中を歩く人の姿もあまりない。家や店の前には黒色の旗が下げられていた。それが、人々の悲しみを表すように風に吹かれて悲しげにはためいていた。
本来、この時期は晴天のはずのそらも、悲しむように曇り空だった。
バゼック王国の王子、デュレック・フォン・オーデュアス・バゼックの死は都中、いや国中に耐え難い衝撃を与えた。
国民達は嘆き悲しんだ。国のあらゆる街が喪に服し、国民達も自ら喪に服していった。
王が病で倒れ、そして、将来、王位に着く唯一の王子までも死んだ。
民達の支えであった王家の柱が立て続けに倒れていく。愛すべき王子の死を悲しむと共に、これから国はどうなるのかという喩えようの無い不安が人々を襲った。
そんな、悲しみにくれる王都の中を四人の旅人らしき者達が歩いていた。
王子の死の知らせが国中に行き渡ってから、旅人や外国人たちは自粛するように行動を控えていたため、彼らの存在は異様に目立った。
それに、彼らの見た目も妙に目立った。二人は帯剣をした若い男と、仮面をつけた女性、その肩には見慣れない鳥が乗っていた、そして男に寄り添うように少女が一人いる。あまり人目につかないようにかフードを目深く被っていたが、なんとも奇妙な集団だった。
だが、この時。奇妙な彼らの事など王都の人々は誰も気に止めなかった。そんな事よりも彼らには大事な事があったからだ。
彼ら、デュレック達は誰の目にも留まることなく、王都の中を歩いていった。
デュレック達は、ヴィヴィが薬を作り戻ってきてからすぐに王都に向けて出発していた。
『第1王子が死んだ』という王家からの正式な告示。
もちろん、デュレックは死んでなどいない。だが、告示は王家からの正式な文章として張り出されていた。
王家からの正式な告示を発表できるのは国王だけである。しかし、現在、国王は病に伏している。つまり、国王が発表できない場合。告示をだせるのはその名代を務めている人物だけ。現在は叔父のバンドット卿だった。
これで、ほぼ確定したも同然だった。
ジュエルが聞いたという話からするに、実行に移したというのは判断するまでも無かった。だが、デュレックが死亡したと正式に発表したとなると、国王の容態も悪化している可能性があった。
とにかく何が何でも、急いで王都に入る必要があった。デュレック達は通常の倍の旅程で王都へと入った。
「ひどいな・・・・・・」
デュレックは広場の噴水の側に立って自然と口から言葉が漏れていた。だが、今まで通ってきた王都の様子を見れば誰もがそう口にするのま違いなかった。
ジュエルもいつもと違う様子に不安を感じるのか、先ほどからガースのローブを掴んでピッタリとくっついていた。ここに来るまで、賑やかに鳴いていた鳥も王都に入ってからは大人しくヴィヴィの肩に乗っている。
「殿下。これからどうしますか?」
ガースがジュエルを安心させるように背中をポンポンと軽く叩きながら小声で言った。
別に抑える必要はないのだろうが、あまりにも街の中が静かなために自然と声を落としてしまう。いつ何処で誰に聞かれるとも分からない気さえしてくるのだ。
デュレックも自然と声を抑えた。
「そうだな……、この様子だと、このまま城に行くのも危険だ。皆が心配だが、とにかく情報を集めよう。とりあえず、待機できる場所を探すか」
「では、私が宿屋の部屋でも探してまいります。私の家も見張られている可能性もあるますから危険でしょうし、そのほうが宜しいでしょう。ついでに城の様子も見てまいります」
「そうだな。頼む」
デュレックの言葉を聴いて、ガースは一人で宿屋のある方へと向かって行った。
残ったデュレックとジュエルは近くにあった噴水の淵に腰掛けた。ヴィヴィは側にいるが立ったままあたりを観察しているようであった。
ふと、デュレックの隣に腰掛けたジュエルから小さなため息が聞こえた。
「ジュエル? 大丈夫か?」
デュレックが顔を除きこむと、ジュエルは慌てたように微笑を作った。
「大丈夫ですわ兄上。少し、疲れただけですの」
そう言って、にこりと笑う。だが、再び街中に目を向けたジュエルの顔は憔悴していた。また、小さくため息が漏れていた。
ジュエルはまだ、10歳である。だが、ここに来るまで、いや国王が倒れてからずっと気丈に振舞っている。
デュレックは妹の姿を見た。そして、この間までの自分を思い出し、恥ずかしくなった。
表にはけして出していないが、この小さい体でどれほどの不安を抱えていたのか。この王都を見てから、ますます不安であるだろうに、弱音一つデュレックやガースにですら言わない。
こんな小さい少女は王族の姫君として、自然と自らを律している。
デュレックは兄として、王族として今までどれほど情けなかっただろう。小さな妹にまで頼っていたのだ。だが、それと同時にこんな妹がいて誇らしくも思った。今までデュレックはジュエルに助けられていたが、これからは守れる兄になろうとそう思った。
デュレックは無意識のうちにジュエルの頭をなでていた。
ジュエルは驚いた顔でデュレックを見た。目があって、デュレックは申し訳なさに微苦笑した。
「ありがとう。ジュエル」
「突然どうしましたの?兄上」
「いや。今まで頑張って助けてもらってたのに、お礼も言えなかったからな。だから、ありがとう」
「……変な兄上」
ジュエルはちょっと困惑した顔をしたが、次第にはにかむような笑顔になった。少し顔に元気が戻った気もした。それを見て、デュレックは少し心が安堵したのを覚えた。
そして、もう一人、王都に入ってから様子のおかしい人物に目を向けた。
デュレックの横に立っているヴィヴィは先ほどから街中を見回しているようだった。何故だろう、どこかボンヤリとしているように見える。
ちなみに、ヴィヴィの肩に乗っている鳥も鳴く事はなかったが、街中を見回しているようだ。こちらは好奇心旺盛にキョロキョロとめまぐるしく目と首を動かしていた。
ヴィヴィは、もともと無口ではあったが、王都に入ってから余計に無口になった。というよりも、話すことを忘れて、都の街並みに目を奪われているようであった。
当初、始めての王都だから珍しいので見ているのかとデュレックは思ったのだが、どうも違うようであった。はっきりと何かとはいえないが、どこかいつもと違って見えた。
「どうした、ヴィヴィ?」
デュレックが声をかけてみてもヴィヴィは反応しなかった。
「おい。ヴィヴィ?」
もう一度、呼んでみるがやはり応答がない。ただただじっと街中を見つめ、そして王城の見えるところで視線が止まった。と、突然、ヴィヴィが呟いた。
「変わらず、あるだろうか……」
「え?何があるって?」
「!?」
デュレックの言葉にヴィヴィはビクリと肩を動かした。動揺したように口元を手で覆っている。
奇妙な反応に、デュレックはふと思った疑問をぶつけてみた。
「ヴィヴィ。もしかして、王都に来た事があるのか?」
「初めてだ」
ヴィヴィは不自然なほど早い反応でデュレックを振り向いた。あまりの勢いにデュレックは少し慄き口が引きつった。
「そ、そうなのか?だって今、変わらずあるのかって言わなかったか?」
「……気のせいだ」
あまりにはっきりと断言してくるため、デュレックはそれ以上、追求できなくなった。
話は終わったとばかりに、ヴィヴィはささっとデュレックから視線を外した。どこか、気まずそうに見えた。
デュレックがおそるおそる様子を見ているのに気がついているのかいないのか、ヴィヴィはふたたび街中に視線をめぐらせていた。
これ以上、話しかけても無駄な気がしてデュレックもヴィヴィから視線を外して街中に目を向けた。広場はいつもの賑やかさとは程遠く、閑散としている。デュレックは王城からほとんどでた事がなかったため、時々、城のバルコニーから遠い王都の街並みを眺めるくらいだった。だが、遠くに見える広場や大通りはいつも人で溢れていた。
今はその人々が一体何処に消えたのだろうと不思議に思うくらい静かだった。
これが、自分の死を聞いた国民達の反応なのだと思うと、デュレックの心中はなんとも複雑な気分になった。
そうして、どれ位見ていたのか。なかなかガースが戻らない事が気になりだしてきた頃の事だった。ふと、デュレックは違和感を感じ、広場を見回した。
先ほどよりも人が増えている気がする。というよりも、皆一様にどこかに向かっているかのようだった。
「何かあったか」
ヴィヴィも変化に気がついたのだろう。デュレックと同じ方を向いて言った。と、デュレックとヴィヴィが見ていた所、人々が向かっている方から、こちらに向かって走って来るガースの姿を見つけた。
だが、その顔は宿でデュレックの死の知らせを報告に来た時よりも険しい。
デュレックはこちらにやってくるガースを迎えるのに立ち上がった。
「ガース。何があった?」
目の前まできたガースにそう聞くと、走ってきたのにもかかわらず、息も乱さずに告げた。
「殿下。たった今、伝令隊が大通りにきました」
「伝令隊が?」
デュレックの顔が緊張で強張った。
伝令隊とは、国から国民に対して何かを行う際に、緊急に日時などを知らせる部隊である。
例えば、城のバルコニーから王族がそろって国民に挨拶をする緊急の謁見や、祝賀のためのパレード、祭事などだ。その中には、王族の冠婚葬祭などに関しても伝えられる。
今、このタイミングで伝令隊が現れたのは、普通に考えればおそらくデュレックの葬儀についてだろう。
ガースはデュレックの言葉に頷いた。
「伝令隊の告示内容は、明日の正午。城前広場にて、デュレック殿下の葬儀の前に、新しい時期王位継承者の公式発表の式典を行うそうです。王室全員が出席のため、王都にいる国民は全員集まるようにとの事でした」
「葬儀の前に王位継承の式典か……」
デュレックが死んだとなれば、当然、新しい次期王位継承者を決めなければならない。だが、普通は国の王子が死んで葬儀もしないうちにするような事ではない。
現在、国王が病で倒れている事は王都の民は知っている。ここで、王子が死んだとなれば相当の不安が漂っていたはずである。おそらく、王室は民の不安を取り除く事を優先したのだろう。ただ、これは表向きの理由だとデュレックは確信していた。
おそらく、デュレックが生きている事を知っているバンドット卿達が先手を打ってきたのだ。
デュレックは口元に拳を当てた。
「おそらく、俺が生きている事はばれているだろうな」
「それならば、急いで城に戻ったほうが良いのではありませんの?さすがに、全員が敵な訳がありませんし」
ジュエルは不安そうに城の方を見ていった。デュレックがその言葉に考え込むも、ガースはすぐに否定した。
「ジュエル様、今、城に入るのは得策ではないと思われます。恐らく、バンドット卿達は殿下が王都に入った事を知っていると思います。それで急いで伝令を出したのでしょう。
たしかに、今城に行って、殿下が生きていることを多くの者に知らせれば、計画は阻止できます。ただ、城の何人がバンドット卿の配下の者かわかりません。王妃様方とすぐに合えるわけでもありませんし、殿下とジュエル様の御身を考えると危険すぎます」
「まあ、じゃあ。どうしますの……。兄上」
ジュエルは不安そうに今度はデュレックの方に視線を向けた。
デュレックは眉間に皺をよせ、まだ考えていた。
ガースの言うとおりで、バンドット以外の誰が敵かもわからない。城にいけば、すぐにでもつかまる可能性がある。
それに、もしデュレック達が城に行って何事もなく、助かったとする。
王位継承の式典を阻止できるだろう。だが、バンドット卿達を追及しても証拠が何も無いため、罪に問えるかは微妙なところであった。
結局はバンドット卿達の計略はうやむやになったまま、一旦、身を潜めるだけでまた再び計画が再開される可能性はあった。
どうせなら、今回の計画に加担した者全てを一網打尽に捕まえたい。それに、できれば自らバンドット卿達に追求したかった。昔から側にいた本当の気持ちを、他の人の手ではなく、自分の手で知りたい。デュレックはそう考えていた。
しかし、現在たった4人(と一匹だが)だけしか動けるものがいない中で、どうしたものか。デュレックは頭を悩ませた。
すると、それまで黙って事の次第を聞いていたヴィヴィがいきなり口を開いた。
「私に考えがある」