第7章 王族の決意
「兄上!兄上!しっかりしてください!兄上!」
朦朧とした意識の中、なぜか城にいるはずの妹の声がデュレックの耳に聞こえてきた。声と同時に体を揺さぶられる。
「ん・・・・・・、ジュエル?」
デュレックはゆっくりと目蓋を開いた。目の前には見たこともない天井が見える。と、横から誰かが顔を覗き込んでいた。しばらく焦点が合わずにぼんやりとその顔を見ていた。
徐々に輪郭がはっきりしてくると、そこに見えたのは懐かしい、自分と同じ金髪で碧眼の少女の顔であった。
ジュエルはデュレックの目を見つめて瞳を潤ませた。
「あ、兄上~~~!!」
「うっ、うえッ!」
抱きついてきたジュエルを寝起きのデュレックはベッドに押しつぶされてしまう。軽いとはいえ勢いよく飛び込まれたら流石に胸が息苦しい。
「ジュ、ジュエル苦しい・・・・・・」
「兄上~~!よかった。よかったですわ~~~~!!」
「ちょっ、苦しいって」
10歳と言えど、容赦ない力は半端ない。
デュレックは力任せに抱きついてくるジュエルの背中を叩いて訴えるも、とうのジュエルは全く気付かなかった。このままでは、窒息死されてしまう。
と、冗談ではないような状況になった時、ふっと、上に乗っていた重さが無くなった。圧迫がなくなり、急に肺に息を吸い込んで、デュレックは咳き込んだ。
呼吸が落ち着き、横に視線を向けると、そこには大柄な護衛騎士がジュエルを両脇から手を入れて持ち上げていた。ジュエルは頬を膨らませて上をにらみつけた。
「ガース!!何をするんですの!お放しなさい!!」
「ジュエル様。いい加減に開放して差し上げないと殿下が死んでしまいますよ」
「まあ、私が怪力とでもいいますの!ガースとは違いますのよ!!」
「しかし、殿下は今まで寝ていたうえに、体中怪我だらけなんですよ。手加減して差し上げないと」
なおも言い募ろうとするジュエルを、慣れたように説き伏せるガース。
ガースがジュエルを床に降ろしてからも、二人の応酬は続いた。といっても、ジュエルが一方的に噛み付いているだけなのだが。いつもは10歳とは思えないくらい聡明な妹だが、この騎士と一緒にいる時は歳相応に見えた。
とにかく、デュレックはしばし、その懐かしい光景を妙に懐かしい気持ちで眺めていた。
すると、あらかた言い合いが終わったのかガースがデュレックの方を向き、胸に手をあて膝を付いた。
騎士が王族に対する礼だ。
「失礼致しました。お久しぶりでございます、デュレック殿下。ご気分はいかがですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「左様ですか。解毒は致しましたが完璧ではありません。それに傷も深くありませんので、ご無理をなさいませんよう」
「解毒?傷?」
「覚えておられませんか?昨日、森の湖で殿下は何者かに襲われていたのです。我々が付いた頃には敵は消えていました。殿下達を連れて、夜遅く森近くの街に着いたのですが覚えておられますか?」
「・・・・・・昨日?湖?」
ボーっとしている頭でデュレックは昨日のことを思い出そうとした。
「昨日は・・・・・・、森で野宿していて、夜起きたらヴィヴィがいなかったから、近くにあった湖に行って・・・・・・、あっ!」
目の前で倒れていく体。手に残っている嫌な血の感触。フードの下から覗く白い歯。渦巻く風。そして、目の前で倒れたぐったりとして、小刻みに痙攣する体。一気に昨日の出来事が甦った。
「ヴィヴィ!!」
デュレックは勢いで体を起こした。が、起き上がった拍子に体中に激痛が走った。あまりの痛さに、小さくうめいて、体を丸めて蹲った。
「兄上!急に起き上がらないでくださいませ。体中、傷だらけなんですのよ」
ジュエルは心配そうにデュレックの背をそっと手で支えた。
だが、そんな些細な接触にもビリっとした痛みが走った。この時、デュレックは初めて自分の体の状況に気がついた。両腕には全体に包帯が巻かれていた。頭にも包帯が巻かれているようだった。意識すると、無視できない痛みが体中を突き刺してくる。特に背中が痛たい。まるで、業火にでも焼かれたみたいにヒリヒリしている。
額に脂汗が浮かんできた。思わず顔を伏せ、デュレックは眉間に皺を寄せて痛みに耐える。
「殿下。一応、一通りの傷と解毒の手当てをしましたが感知している訳ではありません。安静にしていてください」
「ああ……」
やっと、初めの痛みの衝撃が薄らいできてデュレックは顔を上げた。額に汗が浮かんでいる。
だが、この痛みよりも気がかりな事があった。
自分がこの状態なら、ヴィヴィは一体どうなっているのか。デュレックの目の前で倒れ、真っ青になって痙攣していたのだ。
デュレックは痛みに眉を顰めながらも、ガースに怒鳴った。
「ヴィヴィは!私と一緒にいた女性は!」
「ああ、彼女でしたら」
「私ならここにいる」
突然、ガースの声を遮って後ろの方から冷静な声が聞こえた。デュレックは目を見開いてはっとし、振り向いた。
そこにはもう一台ベッドがあった。ヴィヴィの姿があった。
寝ていたのだろう上半身を億劫そうに起こしている。汚れてはいるが、格好はあの時のドレスのまま。仮面もしっかりとつけていた。
「ヴィヴィ!よかった。大丈夫なのか?」
「・・・・・・ああ」
幾分か疲れているようだが、ヴィヴィの声は何時もどおりのようだった。仮面で隠れてよくわからないが、唯一見えている口元は赤みがさして血色が良くなっている。見たところデュレックのように包帯も巻いておらず、大きな怪我もしていないようだった。
デュレックは心から安堵した。思わず口から息がもれた。
「あ~、良かった。倒れた時は、ヴィヴィが倒れた時は本当に、生きた心地がしなかったよ」
「私は大丈夫だ。それよりも・・・・・・、そこの騎士殿がもう少し遅ければ、お前が死ぬところだった」
「大丈夫だよ。ほら。一応、俺も男だしっ」
「そういう事ではない!」
「な」と続けようとしたデュレックの言葉は、ヴィヴィの大きな声にかき消された。
突然の事にジュエルとガースは驚いてヴィヴィを凝視した。デュレックもヴィヴィの仮面の顔を見た。そして、気がついた。
怒っている。
仮面で表情は分からないし、声も冷静である。だが、何故か。デュレックにはヴィヴィが怒っているように感じた。
変なところで言葉を切った状態の口のまま硬直しているデュレックにヴィヴィは静かに口を開いた。
「なぜ、逃げなかった」
「えっ?」
「あの時、逃げていればこんな事にはならなかった」
デュレックは眉を顰めた。
確かに逃げろと言われた。が、そんな事があの状況できるはずもない。
「に、逃げろといわれて逃げれないだろう。ヴィヴィを置いてなんて」
「だが、理性を失って敵に突進していくなど、馬鹿としかいいようがない」
「なっ!そ、それは!」
「王族ならば、もう少し冷静に行動してくれ、でないと・・・・・・」
「・・・・・・」
ヴィヴィの声はどこか苦しそうだった。
その声を聞いてなのか、デュレックは何も言えなかった。
確かに、もし、ヴィヴィの言うとおりにしていれば、デュレックは包帯だらけの体にはなっていなかったかもしれない。ヴィヴィもデュレックを庇って倒れなかったかもしれない。
あの時、デュレックはたしかに冷静さを失っていた。ヴィヴィの言葉に何故か頭に血が上った。悔しさと情けなさで心が支配された。
明らかにデュレックの失態だった。王族として失格だ。
もっとも冷静さを必要とし、時には苦渋の決断もしなくてはならない立場にあるものとしてありえない行動であった。
だが、ヴィヴィをそこに置いて逃げるなど、あの時のデュレックにはできなかった。考えられなかった。
しかし、結局は守りたいものをさらに傷つけただけに過ぎなかったのか。
デュレックは奥歯を噛み締めた。拳の手は、強く握りすぎて震えている。ヴィヴィはそんなデュレックをただじっと見つめていた。
暫く、重たい沈黙が続いた。
「まあ……。お二人とも今はそれくらいになさってください。殿下も。ヴィヴィ様も。今こうして無事でよかったじゃありませんか。後悔して、反省するのは後にして、今はともかく休息をおとりください」
「そうですわ。兄上も、ヴィヴィ様も今は体をお安めくださいませ」
見るに見かねて、こそっとガースとジュエルが二人の間に割って入った。
ジュエルはデュレックの側に来ると、強く握り締めている手に触れ、やんわりと解いた。
その手をじっと見てから、ちらりとヴィヴィに視線を向ける。
ヴィヴィはデュレックから視線を外して横を向いていた。
ヴィヴィから視線を外して顔を上げると、ジュエル、ガースと目があった。二人とも苦笑いだ。
デュレックもつられて苦笑してしまう。
そうして笑いあっていると、ふと、今まで気にしなかった疑問がデュレックに浮かび上がった。
「そういえば。どうして、二人ともここにいるんだ?」
ガースは何かの仕事で外に出ていたとしても、王族のジュエルまでもが一緒にいるのは不自然である。
明らかに城で何かあったのだと今更ながらに思いいたり、デュレックは焦った。
デュレックの側にいたジュエルは握っていた手をぎゅっと掴んだ。
「兄上、それは私からご説明いたしますわ」
そう言って、ジュエルは先日の夜に見て聞いたこと、国王の状態について、あまりにも危険なその内容のため他人には任せられず、自らガースに頼み城を出てきた事などをデュレック達に話した。
ジュエルの話を驚きつつも黙って聞いていたデュレックは、さすがにバンドットの名を聞いて動揺を隠せないでいた。
「……、バンドット卿が?」
「はい。暗かったため、顔は正確に確認できませんでしたが、一瞬、胸に着けている家紋は確認できました。あの薔薇の紋章はバンドット家のものです。あとでそれとなく確認してみましたので確かです」
「信じたくないが、お前がそういうなら、間違いないだろうな・・・・・・」
ガースは信用のおける人物だ。デュレックとガースは歳も近い事もあり、ともに剣術の稽古もしたことがある。デュレックにとって、バンドット親子の次に信頼の置ける近臣だ。
そのガースが確かだというのなら、まず間違いないのだろう。
バゼック王国の貴族達にとって家紋というのは重要なものである。それは家の象徴であり、権力の証。
家紋を常時、身につけていられるのは直系の男子にだけに限られていた。
デュレックは頭を抱えた。
森で壊れた橋を見ていた時は、地図を用意してくれたウィルを疑っていた。だが、ガースの話からすると父親であるバンドット卿が関わっている可能性も出てきた。
男兄弟もおらず、王族という立場上、父親に素直に甘えることが許せなかったデュレックにとって、二人は唯一、遠慮なく触れ合える男の家族であった。
その二人のどちらかが、国王とデュレックを殺そうとしている。または、共犯か。
デュレックはパニックに陥りそうな頭を必死に整理しようとした。だが、冷静になろうと思えば思うほど疑問の渦に巻き込まれていく。
くらっと眩暈もしてきた。デュレックは額に手を当てた。
「でも……、何が目的なんだ?」
どちらが犯人であろうと、一番気になるのは動機だ。情けない事に一番近くにいたはずのデュレックに心当たりが無い。
ガースとジュエルも首を捻らせていた。すると、意外なところから答えが返ってきた。
「おそらく、王位継承権だ」
いつの間にか、黙って聞いていたヴィヴィが静かに言った。ヴィヴィに三人の視線が向いた。ヴィヴィはじっとこちらを見て、静かにもう一度言った。
「彼らの目的は王位継承権だ」
「それは、ありえませんわ。父上や兄上を殺しても、バンドット叔父様には王位継承権はありませんのよ?」
ジュエルの言うとおりだった。
叔父であるバンドット卿は現国王の妹の夫であり、戸籍上は王家とつながりはたしかにある。だが、バゼック王国の王位継承権は王家の血を引く男子にある。しかも、直系の男子だ。国王の妹の夫と言えど、血のつながりがないバンドット卿は王位につく資格が与えられない。
「たしかに、彼には王位継承権はない。父上と俺を殺しても何の得にもならないよ」
「だが、息子はどうだ?たしか、王家の男児がいなかった場合には最後の国王に最も血の近しい男児に王位が移るはずだ」
ヴィヴィの言葉にデュレックとガースは目を見開いた。
「そうか……、そういうことか」
「たしかに、もしも、今、国王が崩御され、王位を継承する前に殿下が亡くなれば、王位はウィル様に移られます」
「えっ?どういうことですの?」
意味がわからず、ジュエルは混乱していた。
「ジュエル様。王典に王家の直系の男子が一人もいなくなった場合、最後の国王の血筋に一番近い国内の外戚の男児を次期王位につけるという法律があるのです。
もし、陛下が崩御されたとします。そして、殿下が王位を継承する前に亡くなると、最後の王は現陛下ということになります。
現段階で、国内に降嫁しましたジュエル様の姉姫様たちには男児のお子様がまだいらっしゃいません。となると、陛下のご兄弟、もしくはそのご子息達が陛下に一番血筋が近い男児となります。
陛下には男のご兄弟がおりません。すると、国内の貴族に嫁がれている陛下のご姉妹達のご子息に継承権が移ります。現段階で陛下も殿下も亡くなられた場合、王位に選ばれる可能性が一番高いのがウィル様なのです」
ガースの言葉を聞いて、ヴィヴィも頷く。
「その者のいうとおりだ。これは推測に過ぎないが、バンドット卿は息子が王位につけば王の父親となる。それに、そのウィル自身が王位を狙ってやっているのかもしれない」
「そんな……、信じられませんわ!あのバンドット叔父さまとウィル兄様が!?」
ジュエルは驚愕に目を見開き、口元を手で覆っていた。デュレックも、つねに側にいた二人だけに未だに信じられない気持ちであった。
また、眩暈がしてきてデュレックは額に手を当てた。
「兄上。大丈夫ですか?」
よほど、つらそうな顔をしていたのだろう、ジュエルがデュレックの顔を心配そうに見つめていた。
デュレックは久しぶりに妹の顔を見返した。そして気がついた。
年齢に似つかわしくない目の下に隈。薄く化粧を施しているのかじっと見ないと分からないほどであるが、以前のジュエルは化粧を施すことは無かった。
城を出る際にデュレックを一番初めに後押し、毅然と見送ってくれたジュエルの顔はまだ元気であった。
その後、苦労しただろう事は聞かなくても分かった。
末っ子として育ったが、20人も兄姉がいたせいなのか。何故か誰よりもしっかり者で他人に対して気を使える子であった。
本当は自分が一番甘えたい年頃であるだろう。だが、ジュエルは今まで一度も我が侭などを言った事がない。
恐らく、デュレックがいなかった分まで母達や姉達を支えていたに違いなかった。自身も辛いはずなのに。そして、今は兄の心配までしている。
「大丈夫だ。ありがとう」
デュレックはジュエルの頭をなでた。いままで、小さな体で支えてくれていた妹に謝罪と感謝の意を込めて。
ジュエルは突然、頭をなでられて目を見開いた。だが、徐々に泣きそうな顔で少し俯いた。
その顔を見て、デュレックは決心した。
今、こんなところで悩んでいる暇などなかったのだ。一国の王子とし、兄として、長男としてやらなければならない事がある。たとえ、それえがつらい結果だとしてもだ。
ジュエルの頭から手を離し、デュレックは一度を目を瞑ると、決断したように目を開けた。
「叔父上にしろ、ウィルにしろ。現在、父上が狙われているのは確かだ。こうしている間にも、命を狙われている。とにかく、一刻も早く城に戻ろう。そして、計画を止める」
デュレックの顔はそれまでの情けなさや辛そうな表情は一切無かった。それは、王族としての、決断を下した決意ある顔をしていた。
そんな兄の顔を見て、ジュエルは笑顔をほころばせて手を合わせて嬉々として言った。
「微力ながら、私も頑張りますわ!ねぇ、ガース!」
「ジュエル様と殿下のお心のままに」
ガースも畏まって胸に手を当てて騎士の礼を取る。
頼もしい二人を見て、デュレックの顔も自然と笑顔になった。ふと、後ろから視線を感じデュレックはヴィヴィに振り返った。
ヴィヴィは黙ってこちらを見ていた。仮面の下からの表情はまったく分からない。
「ヴィヴィ。最後まで一緒に来てくれるか?」
デュレックは仮面で実際には見えないが、その下にあるだろう瞳を見つめて言った。
感情が読めない。その事にデュレクは少し不安を覚えた声になってしまう。
ヴィヴィは少し動揺したように口を振るわせた。そして、なにかをあきらめるように小さくため息をつく。
「当たり前だ。その為にわざわざここまで来たのだから。国王の病は私が治す。私の仕事はやり遂げる。ただ、これだけは約束してくれ」
「……なんだ?」
「もう、二度と。私を庇って傷を負わないでくれ」
ヴィヴィは静かに、真っ直ぐにデュレックを見ていた。
デュレックもヴィヴィを見返した。唐突にさっき何故ヴィヴィが怒っていたのかを本当の意味で理解した気がした。
すると、胸がキュウと少し締め付けられるような切ない感覚だった。何故か妙に懐かしい気持ちだ。
「わかった。だけど、ヴィヴィも、もう俺を庇って逃げろとか言うな。俺も、ヴィヴィに庇われて怪我をされるのは嫌なんだ。どうせなら、逃げる時も戦う時も一緒にだ」
そう言って、デュレックは笑った。
「……ああ。分かった」
ヴィヴィも心なしか仮面の下の口元が笑っているように見えた。
と、ヴィヴィの後ろから、突然コンコンと何かを叩く音が聞こえた。デュレックは驚いて後ろの方に眼を向けるとそこには窓があった。
景色からすると、どうやら2階以上の部屋のようだ。だが、そこには何もいなかった。すると、また再びコンコンと音が聞こえそれに合わせて窓のガラスが振動した。
「あら、やっと帰ってきましたわ」
そう言って、ジュエルが窓の方に近づいていった。デュレックが危ないと思って声を上げる前に、ジュエルは窓を開けてしまう。
すると、部屋にバサバサと音を立てて黄色何かが中に入ってきた。その何かが、デュレックの目の前に降り立った。
「鳥?」
黄色と思われたのは金色であった。
デュレックとヴィヴィの間に降り立ったのは、カラスよりも少し小さい位の鳥。頭のてっぺんから背にかけて長い羽が数本生え、瞳の色がエメラルド色だ。小さな嘴には何かの植物の葉を咥えている。
その鳥はじっとデュレックを見つめていた。その視線につられてデュレックも鳥を見つめた。じっと互いに見つめていると、ふいに息を呑むような音が聞こえた。
デュレックはヴィヴィに目をむける。その様子を見て、目を見開いた。
ヴィヴィは珍しく口が絶句したように少し引きつっていた。
ヴィヴィがこんな表情(といっても仮面に隠れているので口元しかわからないが)を見るのは初めてだった。本人はまったく気付いていないのか、鳥をじっと見ているようだ。
明らかに何か知っていそうだが、聞いても返事は返ってきそうに無かった。仕方なく、デュレックは鳥を指差して後ろのジュエルを振り返る。
「なあ、ジュエルこの鳥はお前のか?」
だが、ジュエルもきょとんとして首をかしげた。
「あら?兄上達の小鳥さんではありませんの?」
「さあ、俺は知らないよ」
「そうですの?てっきり、ヴィヴィ様の使い魔なんだと思っていましたわ。私達、その小鳥さんに兄上達の所まで案内されましたのよ。ねぇ、ガース」
そう言って、ジュエルは横に立っている騎士を見上げた。ガースは腕を組んでその鳥を見つめて頷いた。
「はい。城を出て北の森の方面へ向かっていたのですが、その途中の、殿下達がいた森の中でこの鳥が現れたんです。何か、私たちを呼ぶように飛んでいたため、もしかしたらと思い、ついていったら殿下達が敵と対峙していました」
「湖が見えたとたん、急に空中に光る円の中に消えてしまったのでビックリしましたわ。でも、その鳥が消えたと同時に兄上を見つけたんですの」
「なるほどな」
デュレックは意識を失った直後のことを思い出した。
金色の鳥が突然現れ、少年が攻撃を止めたのだ。朦朧とする中、蹄の音が聞こえ少年は立ち去った。
今更だが、デュレックとヴィヴィのいた湖は森道から大分外れたところにある。わざと道を外さない限り、あの森の中でデュレック達を見つけるなど至難の業だ。
この鳥が、デュレック達の下まで案内でもしない限り、今こうして一緒にいることはなかっただろう。
デュレックは目の前にいる鳥を再び見た。鳥はまだじっとデュレック達の様子を見ているようだった。
魔方陣という事から明らかにヴィヴィの関係者、いや、関係鳥であることは間違いないだろう。
だが、ヴィヴィの屋敷でも、デュレックはこの鳥を見た事はまったくない。それに、気になることもあった。
フードの少年はこの鳥を恐れたように見えた。理由は分からないが、とりあえずこの鳥のおかげでデュレックたちが助かったのは確かだった。
デュレックは再びヴィヴィに目を向けると、先ほどと違って至極冷静に鳥を見つめていた。いや、冷静というよりどこか、呆れているように目の前の鳥を見つめているように見えた。
「ヴィヴィ、この鳥はお前の鳥か?」
「……、まあ……、なんというか……」
「ヴィヴィの使い鳥みたいなものか?」
「まあ……、そうだな」
珍しく、ヴィヴィは歯切れの悪い答えだった。というより、なんと言っていいのか分からないという雰囲気だ。すると、突然、鳥がバサバサと飛んでヴィヴィの膝に飛び乗った。
「ぴ~~~~~~、ぴ~ぴ~」
凛とした見た目に反して、高めの間延びした鳴き声だった。思わず脱力する鳴き声だ。
鳥はヴィヴィに何かを伝えようとしているように見えた。鳥が鳴いているのをヴィヴィはじっと見つめている。
一通り鳴き終わると、鳥は加えていた植物の葉をヴィヴィの手に落とした。
ヴィヴィは手に落ちた葉を手にとって見つめた。
「ヴィヴィ。その葉は?」
「薬草だ。解毒したとはいえ、まだ体内の毒が完全に消えたわけではない。だが、これで体内に微量に残っている毒も完全に解毒できる」
「そうなのか?すごいな」
「ぴ~~~~~ぴぴ」
心なしか、鳥はどうだといわんばかりに胸を張っていた。
「殿下。実は、私が治療する時も、その鳥が薬草を持ってきてくれたんですよ」
「えっ、そうなのか?」
デュレックが振り返ると、ガースは苦笑していた。
「はい。実を言うと私には何の毒かさっぱり分からなかったんです。どの解毒方法がいいのかすらもわからなくて。で、困っていた時にその鳥が薬草を持ってきたんです。初めは半信半疑だったんですが……。持ってきたのが、珍しい薬草だったんで、ためしにそれで解毒剤を作ってみたら殿下達の容態が良くなったんですよ」
「へ~、すごいな。ヴィヴィ、お前の鳥に助けられた。感謝する」
「……」
「ぴ~~~~~ぴ~~~~~」
デュレックの感謝の言葉に、何も言わない主人に代わって、鳥がまた間延びした声で答えた。なんだか、とても嬉しそうである。
対して、ヴィヴィはどこか疲れたように小さくため息を付いた。
「・・・・・・至急、解毒剤を作ろう。即効性だから直ぐに効く」
「そうか、なら薬を飲んだらすぐに出発だ」
と、デュレックはベッドから降りて立ち上がろうとした。だが、すぐにグラリと体がよろめき、ベッドに座り込んでしまう。すぐにガースが体を支えてくれたが、眩暈が酷かった。
ガースは心配そうにデュレックを見ていた。
「殿下。もう少し寝ていられたほうが宜しいのでは?」
「大丈夫だ……。何とか、今日中に出発しよう」
額に手をあてて眩暈が止むのを待つが、やはりくらくらしていて立ち上がれそうになかった。
「横になっていろ」
デュレックが視線を上げるとヴィヴィがベッドから起きて立ち上がっていた。ふらつく事もなく立ち上がり、ガースに視線を向けた。
「騎士殿、湯と道具はあるか?」
「ああ、それなら。さっき俺が使ったのがありますよ」
「そうか。なら、足りないものも集めてからなら、1、2時間はかかる。それまで、寝ていろ」
最後はデュレックに向かって言い、ヴィヴィは廊下へと続く扉に向かった。
「騎士殿。案内してくれ」
寝込んでいたのが嘘のようにヴィヴィはスタスタと部屋の扉の方に向かう。ガースは一瞬、呆気にとられていたが、すぐに後を追ってヴィヴィと共に部屋を出て行った。
デュレックは呆然と二人が出て行った扉を見つめた。
「ありがとう」
自然と、口から言葉がでていた。デュレックは少し眩暈が止んでから、ゆっくりとベッドに横になった。すると、側にいたジュエルがデュレックに顔を近づけてきた。
「兄上」
「なんだ?」
「ヴィヴィ様は本当に魔女なんですの?」
「ん?そうだけど。どうしてだ?」
デュレックは当たり前のことを聞かれて、首をかしげる。ジュエルはクスリと笑った。
「だって、想像していたのとなんだか違うんですもの」
「そうなのか?」
「はい。だって、物語の魔女っていうと、腰が曲がった鼻の大きな老婆や、怪しい美女で、冷たく残忍な者だと思っていましたの」
「そうか?魔女ってあんな感じじゃないか。まあ、冷たくて残忍ではないけどな」
「たしかに、そうですけれでも。ヴィヴィ様って、物凄く普通なんですもの」
「普通?」
デュレックはこれまでのヴィヴィを思い出していた。仮面をつけ、常時黒いドレスを身にまとい。表情は読めず、人里を嫌って野宿する。デュレックが知っている女性とはかけ離れている。
どこら辺が普通なのか。デュレックは自分の妹の『普通』の基準がどこにあるのか心配になった。
そんなデュレックの心配をよそに、ジュエルはクスリと笑った。
「ヴィヴィ様ったら普通の女性でしたわ。まるで、愛しい殿方を心配のあまり怒ってしまった、複雑な乙女の姿でした。お姉さま達も義兄様達を怒っている時はあんな感じですもの。兄上。ヴィヴィ様は素敵な女性ですわね」
と、ジュエルは意味ありげにニッコリとデュレックに笑った。デュレックは何故か顔がほんのりと赤くなった。それを、ごまかすためにわざと咳払いをする。
「そ、そうだな。ヴィヴィは素敵な魔女だよ。それに、勇敢な魔女だ。こうして、国のために森の外に出てきてくれたんだし、それに俺を守ろうとしてくれた・・・・・・」
「そうですわね。本当に感謝しなくては。これで、父上も助かりますのね」
そう言って、ジュエルはどこか安心したように微笑んだ。
と、その時だった。俄かに部屋の外の廊下が騒がしくなる。何人もの人が口々に声を上げているようだ。廊下を急にあわただしく駆けていく足音も響いている。
「なんだ?」
デュレックはゆっくりと起き上がり、扉に目を向けた。ジュエルも不安そうにデュレックに身を寄せてきた。
暫くじっと見ていると、誰かがデュレック達の部屋の前まで廊下を駆けてくる音が聞こえた。暫くして、部屋の扉がノックされ、デュレック達が許可を与える前にガースが入ってきた。
「ガース。何があった?」
「殿下。大変です」
そう言って、デュレック達の側にきたガースは焦りをにじませて言った。
「王室が。殿下の死を正式に告示しました」




