第9章 王都決戦Ⅱ
翌日。
王都は前の日の静けさとは打って変わり、王城前の広場には王都にいるほとんどの者達が集まっていた。
相変わらず広場の空は真っ黒な雨雲がかかっていた。
人々はみな神妙に静けさを保とうとしているが、これだけの人々が集まると、各々が抱えているはっきりとしない不安が互いに互いを意識し、刺激せざるを得ない。どことなく皆、落ち着くことなどできずざわついていた。
そんな中、広場中に高らかなラッパの音が響いた。
一斉に、広場にいる人々が静まり返った。
息を潜める静寂の中、広場から見えるバルコニーに静かに国の大臣達が現れた。誰もが黒い喪服姿である。そして、その後に女性ばかりが喪服を着て現れた。
中央に妃の冠をつけた女性が7人。そして、その後に数名の姫君達が並んだ。
並んだ王妃と姫達の顔は広場にいる国民達からはよくは見えなかった。だが、その身にまとう雰囲気は明らかに憔悴しているのがありありと伝わってきていた。
王妃達、姫達が定位置につくと、その後に二人の男が現れた。一人は若い青年であり、一人は小柄な老人の姿だ。二人とも喪服姿であり、胸にはバラの紋章が付けられ、手には金と銀で装丁された王典を携えて
いた。
彼ら二人は王妃、姫達に礼をすると、バルコニーの端。国民達から一番見える位置に立った。
国民達は目の前に現れた二人の男に視線が集中していく。
ふと、その光景を見た男の顔がニヤリと笑った。だが、それに気付くものは誰もいない。
時を少し遡る。
デュレック達4人は、すでに城の中にいた。
ガースを先頭に、ヴィヴィ、ジュエル、デュレックはバルコニーから一番離れた城の裏の回廊を歩いていた。もちろん、鳥もヴィヴィの肩に乗って付いてきていた。
城の中は式典の準備で忙しいのか。バルコニーから離れたこの場所は誰も歩いておらず静かであった。
「あとで、警備の見直しをしなくては……」
前を歩く、ガースの呟きにデュレックは苦笑した。
昨日、伝令隊の話を聞いたヴィヴィが提案したのは、なんと、式典の始まる直前に城に潜入するというものであった。ヴィヴィが言うには、そういう時にこそ、城の警備には穴があり、誰にも見つからず簡単のはずと主張してきたのだ。
勿論、この主張に王族の護衛騎士であるガースはそんな事はないと主張した。
だが、ガースの記憶を頼りに城の警備の予想を聞いたヴィヴィは、直ぐに城の裏手にある、バルコニーから一番はなれた棟から侵入しようと断言した。
ガースとデュレックが半信半疑のまま、結局当日を迎えて、ヴィヴィの言うとおりにここに着てみると、驚いた事に簡単には入れてしまった。
この場所は、使用人達が使用する区域であり、侵入した門は余り目立った場所にない。だが、普段はつねに人の出入りがあり、騎士も普段は一人は常駐しているはずだった。
だが、今日は国民全員が参加する式典があるためか、この目立たない使用人用の門の警備に割く余裕がなかったのか、騎士が誰もいなかったのである。しかも、式典に使用人達が全員借り出されているのか、棟の中は無人であり、もちろん、城との出入り口も誰もいなかった。
驚く事に門に錠もかけられていなかった。
デュレックは正直、こんなに簡単に入れるとは思いもしなかった。城に入れた事に安堵を感じるものの、簡単に侵入できてしまった事がなんとも複雑な気分にさせた。
ガースにいたっては、ショックを受けたのはデュレック以上であったらしい。先ほどから、警備の穴を見つけるたびに眉間に皺を寄せてはぶつくさつぶやいていた。
誰もいないとはいえ、いつ人と出会うとも限らず、4人と1匹は足音を忍ばせて城の廊下を進んだ。
城の裏の回廊を進む、そこは使用人達が働く区域だ。おもに、キッチンや水場、洗濯場、お針子場などなど、王族や城内に滞在する貴族達や騎士達の家事を一手に行っている場所である。
生まれ育った城とはいえ、デュレックは初めて入る空間に辺りを見回した。
何処もかしこも清潔に保たれている。他のところとは違う、小麦の匂いや、洗濯に使う糊の匂い、蒸気に融けた石鹸の香りなど、普段あまり嗅ぐ事のない匂いがそこかしこに漂っていた。
ジュエルももの珍しいのか、目だけは周りをきょろきょろしている。
ガースは時々来ているのか、迷うことなくどんどん先へと進んで行った。ヴィヴィもその後に淡々と付いていっていた。
と、暫く歩いていく内に、周りの内装が明るい白を貴重としたものに変わっていった。デュレックの足元が懐かしい柔らかな感触を感じる。
視線を巡らすと、そこはいつも見ている光景があった。今、歩いているのは王族の私的空間。いわゆる後宮と呼ばれるところである。
やはり、みんな式典の方に向かったのか、誰一人として人の気配が感じられなかった。
廊下の分かれ道に差し掛かりガースが振り返った。
「殿下。ここから先は、陛下の寝所と政務室に分かれます」
「ああ、じゃあ。計画通りに。ヴィヴィ、ジュエル」
昨日、城に侵入する際に決めた計画。ここからは、ジュエルとヴィヴィ、ガースとデュレックの二手に分かれての行動だ。デュレックはヴィヴィとジュエルに視線を向ける。
「はい。頑張りますわ」
「任せろ」
ヴィヴィは静かに頷いた。デュレックはそれを見て答えるように頷く。そのまま、真剣な顔をして頷いたジュエルに視線を向けた。
本当はついていってやりたい。そんな気持ちをこめてデュレックはジュエルの頭をなでた。
「ジュエル。お前に危害はないと思うけど。でも、気をつけろよ」
「大丈夫ですわ。兄上。私、必ず父上をお助けいたしますわ」
そう言って、ジュエルは気合を入れるように両手の拳を握った。すると、ガースがジュエルの前に跪いた。
「ジュエル様。けして、ご無理をなさいませんよう。危険だと感じたら直ぐにお逃げになってください」
ガースは心底心配そうな顔をしてそう言った。それにジュエルは少し頬を膨らませた。
「ガース。私の事は心配しなくても大丈夫ですわ」
「油断は禁物です」
「危険だと思ったらすぐに逃げますから安心して。もう、無鉄砲な子供ではありませんのよ」
「ですが」
「それよりも、兄上をお願いね」
ガースの言葉を遮って、ジュエルは目を見つめて言った。
その目をしばらく見つめたガースは小さく嘆息した。
「はい。承知しております。ヴィヴィ殿」
ガースは立ち上がり、ヴィヴィに向かって言った。
「ジュエル様を宜しくお願い致します」
「ああ。末姫の事は任せろ」
ガースはヴィヴィに向かって礼をし、そして、再びジュエルに向かって跪くとその手を取り、軽くキスを落とした。騎士の主に対しての忠誠と誓いの証だ。
慣れているだろうに、ジュエルの顔がそれをみて見る見る内に赤くなった。
ガースは顔を上げて真剣な顔で言った。
「ジュエル様。どうか、お怪我などなさいませんよう」
「わ、わかりましたわ。ガースも怪我などしないでね」
ジュエルの顔は真っ赤で動揺を隠しきれていなかった。それを見て、ガースは笑い、立ち上がる。
ジュエルは少し俯いて、熱を冷ますように頬に手をあてて、ちらりとガースをすこし恨めしそう見る。そして、そのまま隣にいるデュレックの方を見上げた。
「兄上も、ご武運を」
「ああ、お前も気をつけて」
デュレックはジュエルの様子に苦笑しつつ答えた。すると、横からかすかにクスリと笑う声が聞こえた。
見ると、ヴィヴィは僅かに口元を綻ばせていた。驚いて思わず、じっと見つめる。
それに気がついたのか、ヴィヴィはすぐにもとの無表情に戻り廊下の先を見た。
「時間が惜しい。そろそろ、行こう末姫殿」
「はい。では参りましょう」
ジュエルはヴィヴィを見上げて頷いた。
ガースが廊下の先の様子を伺って、誰もいないことを確認しジュエルとヴィヴィは足早に国王の寝所の方へと向かった。
デュレックはヴィヴィの後ろ姿を見た。ふと、誰かの姿とかぶった気がした。が、直ぐにその残像は消えてしまう。
無意識にデュレックの口から声を発していた。
「ヴィヴィ」
小さな声だったが、静かな廊下では思ったよりも響いた。ヴィヴィは立ち止まると静かに振り向いた。
じっと、仮面のしたからデュレックを見つめているのが分かる。
デュレックもその仮面の下にあるだろう瞳を見つめた。
「気をつけて」
ヴィヴィはデュレックを見つめて何も言わなかった。だが、暫くして小さく答えた。
「ああ、お前も気をつけて」
そう言って、ヴィヴィは背を向けるとジュエルと共に廊下を足早に行った。
ヴィヴィ達と別れた後、デュレックとガースは計画通りに普段、政務を行うための区域へと向かった。
昨夜、城へと侵入するにあたり、デュレック達はある計画を立てた。
まず、国王の治療、そして、バンドット卿達の計画の阻止である。
国王の治療の方はヴィヴィに一任する事になった。本当はデュレックも一緒に行きたかったが、そちらに行ったところでデュレックは何もする事ができない。
多少、心配ではあったがヴィヴィを国王の寝室まで案内する役をジュエルがすることになった。初め、ガースは心配していたが、ジュエル個人に危害が加えられる可能性は低かったのと、ヴィヴィを一人で行かせた場合、国王の近衛騎士や女官に阻止される可能性があったため、末姫であるジュエルの存在があったほうが事が円滑に進むと判断された。
そして、デュレックとガースはバンドット卿達の計画を阻止する事に回る。かと言って、式典にデュレックが登場すれば、たしかに計画は阻止できるが、それは一時的に収まったにしかならない。証拠がなければ、バンドット卿達を糾弾することは出来ないのだ。
すると、どうしようかとデュレックとガースが頭を悩ませていた時、ヴィヴィは声を落としたように言った。
「契約書があるはずだ」
「契約書?なんの話だ」
デュレックがヴィヴィを見ると、ヴィヴィはどこか思い悩むように顔を伏せていた。そして、少し言いにくそうに口を開いた。
「湖で、私達を襲ってきた少年は、必ず雇い主と言っていた。ならば、契約書があるはずだ。それは、魔力を込めた契約書だから、人の力では処分する事はできない。必ず、雇い主が保管している」
「たしかに、その契約書に殿下の暗殺のことが記されていれば証拠になります。今後の調査の足がかりにもなります」
ガースも納得して頷く。デュレックも顎に手をあて、湖でのことを思い出す。白いフードをかぶった少年の顔。あの少年の高笑いは忘れたくても忘れられないだろう。
と、あることに気がついて目の前にいるヴィヴィを見た。
「ヴィヴィ。あの少年の事知ってるんだな」
デュレックは断言して言った。湖に現れた少年は明らかにヴィヴィのことを知っている様子だった。
デュレックはヴィヴィの肩に乗って、毛繕いをする金色の鳥に視線を向けた。
少年は途中で現れた鳥を見て、攻撃を仕掛けるのをやめていた。そして、今のヴィヴィの発言。どう考えても知り合いの発言だった。
デュレックは再びヴィヴィに目を向けた。ヴィヴィは少し俯いているままだった。
「あいつは何者なんだ?あの黒いのは一体なんなんだ?あれも、魔法なのか?」
デュレックが矢継ぎ早に質問するも、ヴィヴィは暫く黙ったままだった。だが、しばらくして小さく息をつくと、顔をあげた。
「あの少年は私と同じ。魔法を使える。以前から、面識はあった」
「ヴィヴィ様以外にも魔法を使える方がいますの?」
「ああ」
ヴィヴィの言葉にデュレックは驚いた。だが、ウィルが持ってきた書物の中には、500年前4人の魔女が国に帰ったと書いてあったのを思い出す。
普通に考えれば、ヴィヴィのほかに3人いることに気がつくべきだった。なぜか、魔女はヴィヴィだけだと思い込んでいた。
質問したジュエルもガースも驚いていた。
「と、言う事は。あの少年は、500年前に来た4人のうちの一人って事か?でも女じゃないよな」
「魔法を使うものは男であっても魔女と呼ばれる事がある。それに、あの少年の魔力も実力も高い事は確かだ」
ヴィヴィはそれ以上は言わなかった。
それから、いろいろデュレック達が質問するも、ヴィヴィはどこか悩んだ様子みせた。時折、肩に乗る鳥に視線を向けながら、ポツリポツリと話すだけで、はっきりした事は言わなかった。
結局、少年の事については詳しくはわからないままだったが、デュレックとガースはまずその契約書を見つける事にした。
そして、次の問題としては契約主がバンドット卿かウィル、もしくは両方だったとして一体何処に契約書を保管するかという事であった。
王都にある邸宅も考えたが、二人は殆ど王城で部屋を貰い暮らしていたため、その可能性は低いと考えた。
それならば、その部屋かといわれれば、二人とも心配になるほどの仕事中毒者だ。デュレックの記憶では城に用意した私室には時々ゆっくり休む時に使うだけで、二人は殆ど政務室の中で1年を過ごしている。
特に、国王が倒れてからは殆ど私室に帰ってない。
契約書の内容からして、つね日ごろ目に付く場所に置いてある可能性は高かった。そこで、政務室にあるのではないかとデュレックとガースは踏んでいた。
デュレックとガースは後宮を抜け、国の政治の場の区域を足早に駆け抜けた。後宮とは違い、床は大理石などの石造りで走れば足音が響く。
柱に隠れながら進んでいるが、一向に誰かに会う気配はなかった。
大臣達の政務室がある階に到着し、ガースとデュレックは柱に身を隠し、様子を伺った。
様子を伺うガースは眉を顰め呟いた。
「変だ」
「どうした。ガース」
「殿下。いくらなんでも、人がいなさすぎではありませんか?」
「まあ、確かにな」
ガースは柱の影からでて、廊下の真ん中に立った。デュレックもその横にたち廊下の先をみる。
廊下は静寂に包まれていた。たしかに、いつも静かではあるが、それでも人の気配はいつも感じていた。だが、今は人の、生き物の気配をまったく感じない。
普通、国の行事が有ったとしても、ここまで城内が空っぽになる事はない。いくらなんでも、使用人の一人や二人はいるはずだし、城の警備をしている騎士が巡回しているのが普通だ。
あまりにも、人気がなさすぎた。
ガースは廊下の先を見つめて眉を顰める。その先は、バンドット卿とウィルの政務室があった。
「何か、意図的なものを感じますね」
「俺達は誘導されているって事か?」
「その可能性はあります。今のバンドット卿とウィル様でしたら警備体制に口出しできますでしょうし」
「という事は、俺らがここに来る事はすでに読んでいたと考えていいな」
「はい。恐らくは」
「・・・・・・契約書は存在していると踏んでいいな。だが、政務室にまだ、あるか・・・・・・」
デュレック達がこちらに来る事を読んで、わざと警備を置いていないとすると、政務室にそのまま契約書があるとは考えにくかった。このまま、先に進むべきか。それとも、別の場所に行くべきか。
デュレックは顎に手をあてた。
「殿下。いかがなさいます?」
「このまま、先に進んだら敵がいるかもしれない。だが、もしかしたら裏をかいて契約書を置いている可能性もあるか・・・・・」
デュレックが目をつぶって熟考する間、ガースは黙ってみていた。数分経過し、デュレックは目を開けた。
「よし、ガース。先へ進むぞ」
「承知しました。しかし、殿下・・・・・・」
「今、父上。国王ならこう言うだろう。『迷ったら先に進め』ってな。では、行くぞガース」
「御意に」
ガースはどこか嬉しそうに口元を上げていた。
ガースを先頭に、デュレックは後ろについて政務室へと向かった。
今までと違い、廊下の真ん中を堂々と歩いていくがやはり誰も出てくる様子がない。足音だけが響く中。目の前に重厚な扉が現れる。
デュレックは扉の目の前に立ち、上を見上げた。
そこには樫の木でつくられた、薔薇の紋章があった。ここは、バンドット卿の政務室である。
「まずはここからだな」
デュレックが扉のノブに手をかけ、ゆっくりと押した。鍵がかかっていると思われたが、扉は音もなくすんなりと開いた。
ガースがデュレックと場所を変わり、先に中の様子を確認する。
「誰もいません。入ります」
ガースが音もなく政務室へと入った。デュレックもそれに続いて部屋に入る。室内は薄暗くシンと静まりかえっていた。
デュレックは扉をゆっくりと閉め、部屋の中央に行った。
壁には大陸の地図が掲げられ、反対側には本棚があり、法律書や裁判の判例集、経済書、歴史書などなどあらゆる種類の本が並んでいた。中央にすこし大きめのソファーとテーブル。時々、このソファーで仮眠をしていたのをデュレックは知っていた。
そして、一番奥には少し大きめの執務机があった。机の上を見ると、ペンや書類などが乱れることなく整理されており、バンドット卿の真面目な性格が現れていた。
デュレックは机の上を見て、そして部屋をぐるりと見てため息をついた。
「この部屋のどこかに契約書があると思うけど、どこにあるのやら」
「バンドット卿の性格からして、机か本棚か。しかし、隠し金庫などあったらそちらに隠すのではないでしょうか」
「結局、部屋全部をくまなく探すしかないのか・・・・・・」
「とりあえず、書類を保管するような所から探しましょう」
そう言って、ガースは机に近づいてさっそく、引き出しを開けて探し始めた。意外と、その手つきが慣れている。デュレックはその様子をじっと見つめた。
「ガース。なんか手つきがなれてないか?」
「・・・・・・まあ、騎士ともなれば事件の捜査とかありますから」
何故だろう、妙な間があった。ガースにも過去にいろいろあったのだろうか。とりあえず、デュレックは今は追及しないことにして、自分は本棚に向かった。大量的にある本を見て思わずため息がでる。今になって胸と腹部のあたりがずっしりと不快感を感じた。
「まさか、家捜しみたいな事をする時がくるとは・・・・・・」
「まあ、これも経験ですよ。殿下」
机を探しているガースが少し可笑しそうに言った。
それを聞いて、また小さくため息が出る。とりあえず、今はこんな事で嘆いている暇はない。デュレックは早速、本棚を端から引っ張り出した。
本を一冊づつ出しては、めくり、中になにか無いか見て、次の本を取っていく。取り出した本棚の奥に何か無いかと探るも、普通の本棚の壁であった。
本棚の半分近く探しても、やはり何も出てこなかった。
ガースも机を探るのを終えたのか、次に反対側の壁にある地図や、戸棚などを探っていた。
とうとう、本棚も最後2つに差し掛かってもやはり何も出てこない。ガースも絨毯をめくったり、家具をひっくり返しているが、何も細工をした後が見つからない。
もしかしたら、バンドット卿は違うのかもしれないと思い始める。知らず、胸の不快感がすっとなくなったのを感じた。その事にデュレックは少し、安堵する自分がいることに気がついた。
頭では理解したとはいえ、心の奥底ではやなり犯人でない事を望んでいたのかもしれない。
とりあえず、最後まで本を見てみようとして、次の本に手をかけた。と、ふっと違和感を感じた。
妙に重い。
隣にあった本は同じ種類のものだったが、こんなに重さは感じなかった。知らず唾を飲み込み、デュレックは本を引き抜いた。
だが、本を棚から出す事は出来なかった。上のほうから抜き取ろうとしたが、本は途中でピタリと留まり、そして、不自然にカチリと音がなった。
すると、本棚の奥から歯車がなるような音が聞こえる。
デュレックは目を見開いて数歩後ろに下がった。
ガースも異変に気がついてデュレックの横に来る。
二人が声も無く見守っている中、歯車の音が止まった瞬間。突如、棚の中の本が動いた。何処をどう動いたのか、幾何学的に動いていく。
「な、何だこれは?」
デュレックはじっと動いていく本を目で追った。すると、本棚の中央付近がぽっかりと四角く空間ができた。ちょうど、両手で抱える箱くらいの大きさ。
本の動きが止まり、デュレックとガースはその空間を覗いた。少し奥の方に金庫の扉があった。丸い取っ手がついている。ダイヤル式だ。
「隠し金庫のようですね」
ガースは失礼と言って、金庫の前に立つとダイヤルに手を伸ばした。
カチカチカチと、ダイヤルをまわす音が聞こえる。
デュレックはそれを固唾を飲んで見守った。また、胸と腹部の中間くらいに不快な重さを感じる。心のどこかで開いてくれるなと思う自分がいることにデュレックは頭を数回横にふって打ち払った。
暫くして、ダイヤルがカチリと音と何かにはまったような音が聞こえた。
ガースの目が少し見開いた。ゆっくりと空間から扉が開く音が聞こえる。
「ありました」
そう言って、ガースは何かを取り出し、デュレックの前に出した。
それは、薄暗い室内の中、ほんのりと光輝いていた。小さく丸められた一枚の羊皮紙だった。
ガースに差し出され、デュレックは怠慢な動作でその羊皮紙を受け取り、ゆっくりと開いた。開いた羊皮紙は淵の方に見たことも無い文字が刻まれていた。
だが、その中央には、古めかしい言葉ではあるがデュレックにも読めるものであった。それを見て、デュレックの瞳が悲しみに揺れた。そこには、予想していた通りの契約内容が書かれていた。
そして、その下の署名を見る。
そこには、見慣れたバンドット卿の字で名と、血判が押されていた。
デュレックは知らず、唇を噛んだ。目は苦しげに、そして迷いを感じるように揺れている。黙って羊皮紙を見つめるデュレックをガースただ、じっと見つめていた。
デュレックは目をつぶり、静かに息を吐き出した。
しばらくした後、デュレックは目を開けた。その目には、もう先ほどの憂いや迷いなどは一切感じられなかった。
「証拠は手に入れた、急いで式典に行くぞ」
「はい」
固い決意を感じるデュレックの声にガースは静かに頷く。
デュレックを羊皮紙を再び丸めて、ガースとともに振り返ろうとした時だった。
「はははははははは。あれ?見つけちゃったんですね」
デュレックの耳に忘れもしない、笑い声が入った。驚きに目を見開いて、振り返った。
「ご機嫌いかがですか?デュレク王子さま?」
部屋の中央には、白いフードをかぶった、褐色の少年が白い歯を見せて楽しそうに笑っていた。




