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新年明けましておめでとうございます。

本日は2話更新します。

こちらは1話目更新分です。

 

 

 

「…………」

 

 目を開けると、見慣れた狭い視界と、天蓋を彩る鮮やかなレースと刺繍が見えた。

 

 体を起こそうと身じろいだつもりだったが、異様に体が重くて微動だにすることすら叶わなかった。

 

 呆然と天蓋を眺めていると、ようやく体が馴染むような感覚を覚えた。

 

 それと同時に、右手に暖かい感触があることに気付く。

 

 手を動かそうと意識すると、強張っていた指がピクリと動いた。それと同時に、手を覆っていた何かが小さく震え、それと同時にベッドの端で軋む音が耳元に届く。

 

「……ユイ」

 

 聞こえた清涼な声に反応しようとしても、強張った筋肉が言うことを聞かず顔を動かすことができない。視線だけでも動かそうしていると、視界に影が差すと同時に白金色の髪とライラックの瞳が映り込む。

 

「テ……オ」

 

 掠れた声は、殆ど空気しか吐き出せなかったみたいにか細い音しか奏でなかった。

 

 それでも、目の前の婚約者には届いたようだ。

 

「ユイ……っ」

 

 決壊したみたいにポロポロと零れだす涙を拭うこともせず、顔を歪ませて泣き出したテオの姿は、張り詰めたように悲し気で。

 

「ユイ!!」

 

 動けないユイを搔き抱きながら、テオは声を殺して泣き続ける。

 

 動かしたくてもまるで言うことを聞かない体は、どんなに頑張っても腕すら上がらなくて。

 

「抱き返したい、のに、動かなくて」

 

 せっかく抱き返すことを教えてもらったのに、何もできないことが申し訳なくて。

 

「いい……っいいよ」

 

 それなのに、ユイの代わりとばかりにより強く抱き締めてくれる。

 

「起きてくれた……それだけで、いいからっ」

 

 テオがこんなに取り乱すなんてと、ユイは思考の鈍い頭で思い返す。

 

 来た時は心を閉ざしているのかと心配するほどに無感情だった彼は、いつからか笑顔を浮かべるようになっていた。そして今は、こんなにも悲しそうな表情で涙を流している。

 

 きっと、たくさん心配を掛けてしまったんだろう。申し訳ないことをしたと、思う気持ちもある。

 

 だが、それ以上に。

 

 それだけ心を傾けてくれたことが、嬉しいと感じてしまった。

 

「テオ、ただいま」

「……おかえり、ユイっ」

 

 どう言う心境から出た言葉かも分からないだろうに、それでもテオは『おかえり』と返してくれた。

 

 だから結は、ユイとして生きようと思えた。

 

 

 

「ユイ!!」

  

 ようやく泣き止んだテオに解放されたタイミングで、知らせを受けたのかアロイスとコーデリアがユイの部屋に駆け込んでくる。

 

 テオに体を支えてもらって何とか上半身を起こしたユイを見て、コーデリアもまたその幼い娘を衝動のままに腕の中に抱き込んだ。

 

「良かった……っ」

「ユイ……!」

 

 アロイスもまた反対側からコーデリアごと抱き込んで、力強く抱き締めてくる。

 

 身動きが取れない程の抱擁は、少々痛いくらいなのに。

 

 それを上回るほどの暖かさと愛情が沸き上がり、それ以上の罪悪感が溢れ出した。

 

「お父……様、お母様っ」

 

 痛いほどの抱擁は愛してくれているからだと知ったからこそ、涙が溢れ出して止まらなくなる。二人に抱き締められるのはユイで、フィアナではない事実が心を抉る。

 

「フィアナが……っいない……の」

 

 二人が愛してやまない、ユイのただ一人の妹が、ここにいない。

 

「逝ってしまったの……っ生きたかったって、言ってたのに!」

 

 自分の浅ましい願いなんて投げ捨ててでも生きて欲しいと願ったのに。二人の元にあの子を戻してあげたかったのに。

 

 他ならぬフィアナ自身が、生きたいと願ってくれたのに。

 

 助けることはできなかった。

 

「ごめ……っフィアナぁっ」

 

 抱かれたまま腕すら動かせないユイは、抱えきれない悲しみを涙と共に吐き出すように泣き叫ぶ。

 

「ユイ……もういい、いいんだ。あの子のために死なないでくれ」

 

 声を震わせながら、アロイスの低い声がユイを諭すように囁く。

 

「フィーの死は心を裂く程に悲しい。だが……ユイがいなくなっても、同じことなんだよ」

 

 そんなアロイスと同じように、涙を流しながらコーデリアもまたユイを見つめて言葉を続ける。

 

「お願い、あなたまでいなくならないで」

「お母様……っ」

 

 動けないユイの体をアロイスが抱き抱えながら、コーデリアはユイの頬に両手をそっと添える。

 

「フィーが生きたいと……願ったのなら、それはあなたがいたからよ」

 

 その言葉に、ユイはフィアナの慟哭を思い出す。

 

「あなたがいなかったら、あの子は絶望のままに死んでいたわ。フィーの心を救ってくれたのはあなたなのよ、ユイ」

「……私、は」

 

 助けられなかった。それなのに……。

 

「フィーを想うなら、あの子のために生きてくれ」

「お願いよ……ユイ。せめてあなただけでも、幸せになって」

 

 その願いは、フィアナ自身からも願われたことで。

 

 そのフィアナからも、二人をお願いと託された。

 

「…………っ」

 

 家族にそんな願いを言われたら、もう、自分の身を犠牲にすることなんてできないと。

 

 もはや言葉にも表せない慟哭が、部屋の中に響き渡る。

 

 泣いて、嘆いて、苦しんで。

 

 この先続いていくだろう未来には、フィアナと言う妹は存在しないと痛感して打ちひしがれた。

 

 今だけは、感情のままに悲しみたかった。

 

 これから先、この体でユイとして生きていくために。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 暗闇の中に沈んだあの日、ユイは昏睡状態でテオに発見されたらしい。

 

 使用人達でも数人しか起きていないような時間帯になぜ彼が起きていたかと言うと、ウィスや邸に住まう妖精達に起こされたからだと言う。

 

 そうして事態を把握したテオがユイの部屋に飛び込んできて、バルコニーで倒れたユイを見つけたというわけだ。

 

「……心配かけてごめんなさい、テオ」

「…………」

 

 テオは顔をユイの肩に押し付けたまま微動だにしない。

 

 久しぶりに返答の帰ってこないテオの態度に、ユイは困惑していた。

 


 

 ようやく落ち着きを取り度したユイは、未だに言うことを聞かない体に戸惑いながらも両親とフィアナについて話し合った後、暫くは落ち着くまで休んでいるようにと言われている。

 

 実はユイが意識を失ってから、すでに五日も経っていたのだ。

 

 帰って来て早々アロイスにとんでもない心労を与えてしまったことに内心頭を抱えたが、当の本人は「こうして目覚めてくれたのならそれだけでいい」ともう一度抱き締めてくれた。そのせいで再び涙腺を刺激されることになったが、何とか耐えた。

 

 コーデリアも夫と意見は同じようで、誰よりも心配していたテオを慮るようにとだけ言い残して部屋を後にしている。

 

 そんなテオは、暫くは横になった状態のユイをじっと見つめていた。

 

 その視線に耐えられなくなったユイは、体を起こしたいから手伝ってほしいとお願いした。

 

 それがいけなかったのだろうか。

 

「え……あの、テオっ」

 

 体を起こすところまでは問題なかった、のだが。

 

 ユイの手を取って上半身を起こした後、おもむろにテオがベッドに乗り上げると、ユイを後ろから抱き抱えてヘッドボードに置かれたクッションにもたれ掛かった。

 

 結果、ユイはテオに完全にもたれ掛った状態となった。

 

「テオ!」

「…………」

 

 体が碌に動かない状態では、身じろぐことも出来ずに身を委ねる他ない。

 

 それがこんなに恥ずかしいことだと初めて知ったユイは、羞恥心で顔が真っ赤になってしまった。

 

 そんなユイの心情など知らず、テオはただただ抱き締めて離そうとしないどころか、顔をユイの肩にぐりぐりと押し付けるように埋めてくる。

 

 白金の柔らかな髪が首を撫でるのがくすぐったくて、それ以上に恥ずかしくて顔が熱い。

 

 こんな状態で自分はどうすればいいのだと、心の中で騒がしく葛藤した。

 

 そんなユイの耳元に、テオの息がかかる。

 

「ウィス」

 

 発せられた言葉は、ユイに向けられたものでない。

 

「もう、大丈夫?」

 

 ここに黒猫の姿はないのに、テオは問いかける。

 

『うん』

 

 答える者などいないはずの部屋に、不思議な声が響く。その声はどこかで聞いたような、不思議な声色をしていた。

 

「じゃあ、出てきて」

 

 テオの言葉に呼応するように体の中で何かが揺れた。それと同時に、ユイの目の前に淡い紫色の光が溢れ出し、それはその場で姿を変えた。

 

 光が収まると同時に、ユイの膝の上には見慣れた黒猫の姿があった。

 

「ウィス……?」

 

 一体どこから現れたのか、それを聞こうとしたのだが。

 

『ユイの馬鹿。君まで死ぬところだったんだよ』

 

 少年のような、青年のような、高さの違う音が二重に重なった独特の声色は、なぜか目の前の黒猫から発せられたように聞こえた。

 

「……喋った?」

『ユイはまずテオに謝って』

 

 心なしか憮然とした態度に見えるのは、ウィスと思われる黒猫の声が聞こえる弊害だろうか。

 

「テオ……」

 

 正直今の状況に全く着いて行けていないが、ウィスと思われる声の言うことが真実ならば、ユイは死にかけていたと言う話だ。それは聞き捨てならない。

 

「……心配かけてごめんなさい、テオ」

「…………」

 

 テオは顔をユイの肩に押し付けたまま微動だにしない。

 

「テオ」

 

 僅かに抱き締める力は強まったものの、テオは顔を上げることも声を発することもしない。困り果てたが、ユイが死にかけたことが原因なのは間違いないだろう。

 

 あるいは、ユイが死のうとしたと……思われたのだろうか。

 

「死なないよ」

「……っ」

 

 僅かに息を吞んだ反応から、確信を持つ。

 

「生きて……幸せになってって、フィアナに言われちゃったから」

 

 愛しい妹からの切なる願いを、結は託されたから。

 

「ちゃんとここで生きていくよ」

 

 フィアナのため、アロイスとコーデリアのため、テオのため。そして、自分のために。

 

「一緒に笑ってくれるんでしょ?」

 

 ようやく動くつもりになった両腕を、ゆっくり持ち上げて抱き締めるテオの腕に重ねる。

 

「……ユイっ」

「ごめんね、テオ。ありがとう」

 

 たくさん心配してくれたことに、心からの感謝を贈る。

 

「……ん」

 

 素っ気ないような返事だが、きっとそれしか言えないくらい感傷的にさせてしまったのだろう。

 

『テオが許しても、僕は許さないから』

 

 ユイの膝の上に座るウィスは、不満を隠しもせず尻尾をぶんぶんと不機嫌そうに振っている。

 

「……暗闇の中で聞いた声は、ウィスの声なの?」

『そうだよ。君が死にかけるから、僕は君の中まで迎えに行かなくちゃならなくなった。だからこれは不可抗力(・・・・・・・)だよ』

 

 そう言って、ウィスはユイの上から飛び降りるとドレッサーに飛び乗り、少しして再びベッドに戻ってくる。その口には手鏡を加えており、それをユイに手渡した。

 

 渡された手鏡を素直に見れば、そこには不思議な色が映り込んでいた。

 

「……紫色」

 

 視覚を失った虚ろな左目は、何故か淡い紫色に変化していた。その色はウィスの瞳の色によく似ている。

 

 なぜ突然、色が変わってしまったのだろうか。そして不可抗力と言うのが何によるものなのか。ウィスの伝えたいことが理解しきれず、ユイは首を傾げる。

 

「ウィスは……ユイの魂に、干渉した」

 

 そんなユイの心境を悟ったテオが、代わりに言葉を続ける。

 

「妖精が干渉……したことで、ユイは疑似的に、祝福を受けた状態に、なった」

『干渉した結果、左目に祝福が顕現して僕の声が聞こえるようなった。でも聞こえるのは僕の声だけだろうね。本来なら妖精は愛し子にしか干渉しないから』

 

 妖精は好いた人間の傍に集まるが、干渉することはない。だからどんなにユイに好意を持っていようと、自分達の存在を認識させるようなことはしないのだそうだ。

 

『その目は例外中の例外。だからこの一件を知る者以外には秘匿すること』

「分かったわ」

 

 すんなりと了承するユイに、ウィスはあからさまに疑うような視線を投げかける。

 

 こう言っては失礼だろうが、ユイからすれば瞳の色が変わったくらいの認識しかない。元々眼帯で隠していたのだから、今後も外さなければいいだけの話だ。

 

「テオやウィスと同じ色を貰った代償が隠し通すだけなんて、簡単すぎて逆に心配になるわ。本当はもっと代償を伴うものなんじゃないの?」

 

 例外中の例外とまで言うのだから、本当に隠し通すだけでいいのかと聞き返す。

 

『……ないよ。僕らは気まぐれなんだ。祝福だって、同族の中には簡単にあげちゃう奴もいるくらいだしね』

 

 ふんと顔を背けながらそう説明をされる。簡単に祝福をあげる妖精もいるなら、そういうものなのだろうかととりあえず頷くことにした。

 

「さっきまで体が動かなかったのは、代償ではないのね」

『あれは僕がそうしてたんだ。体と魂が定着しきれていなかったからね。無理やり動いてたらまた死にかけるところだったんだから』

 

 そう言うと、不遜な態度を咎めるようにウィスの両足がユイの顔に圧し掛かる。圧は感じるが肉球の感触に思わず頬が緩んでしまった。

 

『テオに心配かけといて態度がなってない!』

「ご、ごめんなさい」

 

 愛らしい黒猫に叱責されるなど、向こうの世界の猫好きなら恍惚として受け入れるだろうなどと考えつつ、これは間違っても顔に出してはいけないと頬のゆるみを引き締める。

 

 そんな二人の掛け合いに、ユイを抱いていたテオの体が少しだけ震えた。

 

「ふふ……っ」

 

 どうやら緊迫感のない掛け合いが面白かったらしく、初めて声を出して笑ったところを見た。

 

 そんな笑い声を耳元で聞きながら、ユイは心の中で理解した。

 

(フィアナ……あなたにも心配させていたんだね)

 

 こんなに心配してくれる人がいる。ユイの存在を受け入れ、喜んでくれる人が確かにいるだと、はっきりと自覚する。

 

 こんなにも多幸感をもたらしてくれる人達が、ユイと共に歩んでくれるのだ。

 

(頑張って生きるよ。いつか、恩を返せるように)

 

 

 やがてそれが、フィアナの大切な人達の幸せに繋がるように――。

 

 

 

 少しでも内容が気に入ったり興味を持って頂けたら、いいね・ブックマーク・評価をして頂けるととても嬉しいです。

 作品を書くモチベーションに繋がりますので、何卒宜しくお願い致します。

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