07_一生忘れない
翌日。
早起きして顔を洗ったヨハンナは、すぐにキッチンに入って、料理に取りかかった。魔法薬作りが得意なヨハンナは、料理もそれなりに得意だ。
持論だが、魔法薬と料理はよく似ていると思う。
まずはバターたっぷりのスコーンを焼く。
ボウルに小麦粉と少しの砂糖。一撮みの塩、ふくらし粉を入れてかき混ぜ、そこに、冷たいバターを混ぜる。
ざっくり混ぜ合わせたところで牛乳を足し、生地をまとめて綿棒で伸ばしていく。
伸ばした生地は、コップの口で丸く抜いて、鉄板に並べて熱した竈に入れた。
スコーンを焼いている間に、ジャムを煮よう。
摘み取ったベリーから丁寧に茎や葉っぱを取り除き、大きめの鍋に放りこむ。
そして、たっぷりの砂糖と水を少々。レモンの果汁をほんの少したらして、中火にかける。
スコーンの様子を窺いながら、丁寧に鍋のアクを掬っていく。
暫くすると、鍋から甘い香りが立ちのぼる。竈の方からも香ばしい匂いが漂ってきた。
ヨハンナはそっとうしろの竈を覗いた。素晴らしい。スコーンはきれいに膨らんでいる。
そろそろ頃合いだろう、と竈から鉄板を取り出すと、こんがり狐色に焼けたスコーンがお目見えした。
スコーンを冷ます間に、ジャムの鍋の確認だ。ヨハンナは榛色の瞳を嬉しそうに細くした。
ジャムの方もいい感じに煮詰まっている。とろみが出てつやつやしているし、ベリーの赤い色も鮮やかだ。
タイミングを見計らい、鍋の火を消して、こちらも完成。用意しておいた瓶に、とろりとした赤いジャムを手早く詰めていく。
大皿にスコーンを山盛りに乗せ、ジャムは瓶から取り分けて小皿へ。カップに温めたミルクを注いで、そばに添えれば。
何ということでしょう。
「朝ごはん完成、おいしそうです……!」
ヨハンナが自作のスコーンとジャムを自画自賛していると、「……良いにおいがするな」と言いながら、キッチンと続きのダイニングに大柄な騎士が入ってきた。
「丁度出来たところなんです。そちらの椅子に座っていてください、今運びますね」
「かたじけない」
渋い声で礼を言って、カディスはダイニングの椅子に腰かけた。
使い古した木製の椅子が、その重みに抗議するように小さくギシリと鳴る。
……ヨハンナにはぴったりな、その華奢な椅子は、長身のカディスが座ると相当な違和感がある。
子供用の椅子に大人が無理して座ってるような、そんなちぐはぐさが却って微笑ましい。
朝食をテーブルに運ぶと、カディスの鋭い眼光がギラリと光った。愛らしいふわふわのウサギの耳もピンと立っている。
……たぶんあれは、出来立ての朝食を見て喜んでいるのだろう。犯罪者をどう締め上げようか、とか、そういう物騒な事は考えてない……はずだ。
ヨハンナも席につく。二人は目を閉じて、神に祈りを捧げた。
食事前の祈りは、この国では身分に関係なく共通のマナーだ。小さく聖句を唱えた二人は、待ちきれないとばかりにパチッと目を開けた。
「いただこう」
「いただきましょう」
二人の声が重なる。
焼きたてのスコーンに、出来たてのジャムをこれでもかと乗せて、パクリと齧りついた。
「美味い…………魔女殿は、天性の料理の才能があるのだな。王都でも、これほど美味いものは食べたことがない」
「それは……さすがに誉めすぎではないでしょうか、ヴェルダー様」
「本当のことだ」
カディスはそこそこの大きさのスコーンをぺろっと一口で食べてしまった。
それからヨハンナの朝食を褒め称えた。
手放しの称賛にうろたえつつ恐縮していると、彼は次のスコーンを手にとって感慨深げに眺めた。
「今夜は、『満月の光を浴びた釣鐘草』を取りに行くのだったな」
「ええ、そうですね」
「では明日の朝、解呪に成功したら、俺はここを出て行かねばならぬのか。……ならばこのスコーンの味は、一生覚えておくとしよう」
その言葉を聞いて。
ヨハンナは思わず、齧ったスコーンをろくに噛まずに、ごくん、と飲みこんだ。
口の中がパサパサに感じられるのは、スコーンのせいだけではないだろう。
彼の言う通りだ。
今日は、カディスが来てから五日目。つまり、満月の夜だ。
今夜、釣鐘草を採取して、明日"解呪"に成功したら。
カディスはこの家を去ってしまう。




