05_神の獣
トンカントンカン……
一定のリズムで、金槌の音が聞こえてくる。
今朝方から、カディスは古くなった納屋の屋根に上って、雨漏りする小さな穴を塞いでくれていた。
ヨハンナの抵抗を押しきって滞在中の彼は、本人の宣言通り、目についた不備を片っぱしから修理している。
そのうち、二軒目の小屋まで建てそうな勢いだ。
意外なことに、彼は何をやってもそつなくこなす男だった。大工仕事にしても、丁寧で手際がいい。
理由を聞いてみると、
「騎士たるもの、戦いに赴けば、夜営や料理といった身の回りの事を全てやらねばならぬのだ。
そういう訓練の一環で、大工仕事も出来るようになった」
と、教えてくれた。
しかしそれは謙遜で、元々器用な人なんだろう。隙間風の通る小屋の壁をさくっと直したのとか、そばで見ていたヨハンナは感動した。
さらにカディスは、とても真面目な紳士だった。
当初から「未婚の婦人と一つ屋根の下で寝るわけにはいかぬ」と殺し屋のような目つきで主張し、「納屋で寝泊まりする」と頑なに譲らなかった。
ヨハンナが慌てて、「いや騎士団長閣下にそんなことさせられませんから!」と止めたのに、今も有言実行中である。
カディスとの食事も、ヨハンナにとっては何かと新鮮で衝撃的だった。
彼は、ヨハンナの料理をとても気に入ったらしく、毎回「美味い……」と呟きながら、残さずきっちり平らげる。食べてる間、ウサ耳がピコピコ動くのもかわいい。
食べっぷりも豪快だ。
鍋いっぱいに作ったシチューがあっという間に空になった時は、お腹に異次元空間に通じる穴があるのかしら……と本気で疑った。
要するに。
彼は顔こそ凶悪だが、中身はとってもいい人なのだ。
強面騎士との生活は、想像していたような殺伐としたものではなく、むしろ穏やかで、安心感すら漂う。
顔の直視はまだできないけれど、そこまでびくびくすることはなくなった。
何より、ウサギの耳はかわいい。とてもかわいい。
大事な事だから何度でも言う。
全身トゲトゲのウニになる呪いとかだったら、きっとこうはいかなかった。ほんとウサ耳でよかった。
そうして強面騎士が居ついてから、いつのまにか四日が過ぎていた。
誰かといると、時間がたつのが早い。
……カディスの金槌の音を聞きながら、ヨハンナは最後の瓶に魔法をかける。これで、魔法薬作りは一区切り。
そういえば、そろそろベリー摘みの季節だなぁ……
そんなことがふと頭をよぎった。
ヨハンナは、ベリーのジャムが大好物だ。毎年この時期になると、ベリーをたくさん摘んで、砂糖で煮詰めてジャムにするのだ。
森の恵みは早い者勝ち。ぽやぽやしてたら、小鳥やネズミたちに全部持っていかれてしまう。
ベリーの群生している野原は小屋からそう遠くない。天気もいいことだし、今日行ってしまおうか。
ヨハンナはキッチンに行って籠を手に取った。それから小屋の裏手にまわり、納屋の屋根にいるカディスに「ちょっといいですか?」と声をかけた。
騎士は金槌を持った手を休め、汗を拭って、ヨハンナを見下ろした。
「何だろうか、魔女殿」
「ヴェルダー様、私は今から、ベリーを積みにいくのですが……」
「手伝おう」
カディスは屋根からスタッと下りてきて、ヨハンナの手から籠をそっと取り上げた。
顔面凶器でありながら、紳士のお手本のような気遣い。魔女が相手でも、彼はその態度を崩さない。
やはり、最初に「魔女が嫌いなのかな」と思ったのは単なる誤解だったみたいだ。
とはいえ、ヨハンナは淑女扱いされた経験などほとんどなく、これはこれでうろたえてしまう。
籠がなくなって、空になってしまった手をさまよわせていると、そっと右手を取られた。
「俺が森で迷わぬように、握っていてくれたら嬉しい」
うわぁ……
低く渋い声でそんなことを言われたら、心臓がおかしくなるではないか。
いや、この動悸はアレだ。蛇を前にしたカエルの心境。捕食者と獲物……!
「では参ろうか、魔女殿」
「はいっ!」
低い声で促され、上擦った声が出た。
手汗かいてるかも、とムダに焦る。さりげなく手を離そうとしたのに、なぜかしっかり握りこまれてしまった。
ぎこちなく歩くヨハンナの右手を、剣の鍛練で固くなった大きな掌が包みこむ。
最初、複雑骨折ばりに強く握られたのと比べたら、小さなネズミをやさしく捕まえるていどの握力だ。
騎士団長閣下は、意外と繊細に力加減が出来るらしい。
獣道のような森の小道を歩くこと四半刻。
二人は野原に到着した。カディスの手が緩み、ヨハンナの手がするりと抜け出る。
何となくほっとしたのも一瞬で、ヨハンナの意識はすぐに鈴なりのベリーでいっぱいになった。
「……わぁ、たくさんなってますね!ヴェルダー様、籠をください」
「これが目当てのベリーか」
「はい!取れるだけ取ってしまいましょう。たくさん収穫できたら、ジャムを作りたいのです。そのジャムは私の大好物で、パンやスコーンにつけて齧ると最高においしいのです!」
「…………」
ウサギの耳を見ながらニコリと微笑んだら、真っ白な耳がせわしなくピコピコ動いた。
本体からのコメントは特にないが、ウサ耳の落ち着きの無さから察するに、カディスもベリーのジャムが好きなのかもしれない。
完成した暁には、ぜひ食べさせてあげたい。
籠を返してもらい、さっそくベリー積みに取りかかる。カディスも見よう見まねで、プチプチと赤い実を集めている。
ご機嫌な魔女と、愛想がないどころか凶悪な人相の男(ウサギの耳付き)の二人は、暫らく収穫作業に没頭した。
────ふと、空気が変わった。
何となく、誰かに呼ばれた気がする。
魔女は、手元のベリーの茂みから、ふっと顔を上げた。
目の前の木立の奥。そこに、こちらをじっと見つめる真っ白な雄鹿が立っているのに気づいた途端、からだが強張った。
あれは、
「聖獣…………!」
「魔女殿、下がれ」
思わず籠を取り落としそうになる。
白い獣の姿を認めるや否や、カディスは素早くヨハンナを背に庇った。




