04_五日間
──ヨハンナがこの地に住みはじめた当初も、馴染むまでに苦労した。魔法薬の売れ行きは芳しくなかったし、人びとに受け入れて貰えるまでにはそれなりに時間を要した。
勿論、みんながみんな魔女を嫌ってわけではない。だが、今でもヨハンナの魔法薬を買いたがらない者はいる。
そういう考えの人たちは、どんなに効能があっても「魔女が作ったものだから」と手に取ろうとさえしないのだ。
カディスも魔女が嫌いなのだろうか。……だとしたら少し寂しい。
でも、依頼は依頼だ。割り切るしかない。"解呪"が終われば、それきりになるんだし。
ヨハンナは何とか気分を切りかえた。
元の椅子に戻って、再び真っ白なウサギの耳に目を固定する。
これほんと癒されるなぁ……かわいい。
「ヴェルダー様、呪いの性質はわかりました。やはり、聖獣の呪いのようですね」
「何と……この短時間で読み解くとは。さすがは"解呪の魔女"殿」
カディス・ヴェルダーが鋭い目を見開く。
「……どのような種類の呪いだろうか。良ければ、お聞かせ願いたい」
「そうですね……平たく言うと、『オレの縄張りから立ち去りやがれ。さもなくばウサギにして食っちまうゾ!クソ野郎!』という感じでしょうか……つまり警告です」
二人の間に、静寂が落ちる。
騎士は少し沈黙したあと、重々しく口を開いた。
「それで俺は、ウサギの耳を生やされたのか」
「えぇと……まぁ、そうですね」
「…………あの白狼、しばいても構わぬだろうか」
地獄の底から這い上がるような声。
カディスの全身から殺気が吹き荒れて、ヨハンナは身を縮こまらせた。なにこのひと、こわすぎる……!
椅子の上で、ヨハンナは怯えながら後ずさった。怒れる魔神を静めようと必死に説得する。
「そっそれはやめておいた方が……!今度こそほんとにウサギにされて、食べられちゃいますよ!?」
「ぐぅ……」
騎士は悔しそうに唸っている。
カディスは確かに強いのだろう。だがあくまで人間だ。聖獣に手を出したらたいへんな事になる。
聖獣とは神に次ぐ存在であり、それをどうこうしようなんて考えない方がいい。その気になれば、彼らは天変地異だって引き起こせるのだ。
それに、朗報もある。
「ヴェルダー様、その程度の呪いでしたら、私でも解呪できます。なので、どうぞご安心ください」
「何、それは誠か……!」
カディスの瞳が、ギラッと光った。
よほど嫌だったらしい。ウサギの耳が。
かわいらしいのになぁ……と思いつつ、ヨハンナは力強く頷く。
「ええ、私にお任せください……ひぇっ」
「かたじけない、魔女殿……!」
よほど嬉しかったのか、カディスはガバッと身を乗り出し、こちらの手を取って力強く握りしめた。
「……ッ!!?」
痛い。握られた手が痛すぎて、声も出ない。
すんごい力だ。
呪いがどうとかいう前に、複雑骨折するんじゃないかこれ。
「いっ…………たいです」
「はっ、すまない。つい……!」
泣きそうになったヨハンナに気づいて、カディスは慌てて手を離す。
「魔女殿、ケガは……!?」
「……いえ、大丈夫です」
手をさすってみたが、とりあえず骨は折れてない。良かった。
手をふうふうしながら、閉じたり開いたりする。ふと顔を上げると、ウサギの耳が萎れていた。
カディスはひどくしょんぼりしているようだ。
ここでヨハンナは自分の思い違いに気づいた。
カディスは自ら手を握ってきた。という事は、魔女にさわられることがものすごく嫌、というわけではないのだろう。
さっきは緊張してただけかもしれない。
気分が明るくなって、ヨハンナの口元が自然と綻ぶ。
ヨハンナは、「ほら、問題ないですよ」と両手を見せて、安心させるようにニコッと笑いかけた。ふわふわのウサギの耳に向かって。
すると、カディスはビクゥっと腰を浮かせた。
なんなの、今の反応……
やっぱり魔女が苦手なのかな……?
まあいい。話の続きだ。
「……とにかく、呪いは必ず解いて差し上げますので、どうぞご安心ください。ただ、本当にすみませんが、解呪に必要な材料を切らしておりまして……」
「……つまり、今すぐは出来ぬのか」
低い声には、残念そうな響きがこもっていた。
「呪いは必ず解く」と言った瞬間、ピッと立ち上がった白い耳も、ペタリと倒れている。わかりやすく意気消沈した騎士団長に、ヨハンナは励ますように明るく言った。
「心配しなくても大丈夫ですよ。その呪いを解除するためには、満月の晩に咲く釣鐘草が要るのですが、次の満月は五日後です。
翌日には、解呪できるでしょう。長くはお待たせいたしません」
「五日後……」
騎士がぼそっと呟いた、
ヨハンナは考えを巡らせた。満月の夜を待つ間、カディスもヨハンナも特にすることがないので、彼は王都で待っててくれても構わない。
だがカディス自身は、ウサ耳の生えた姿を知人に見られたくないようだ。
それなら。
「待つ間、麓の町で観光などなさいますか?魔法で町にお送りしますし、満月の翌朝にお迎えに上がりますけれど……」
「いや……いい。この耳で町を歩くのは辛い」
背中をすっと伸ばしつつ、カディスは苦々しい顔で首をふった。そんなにか。
…………なら、五日間は宿屋かどこかにひたすら籠るしかなさそうだ。薬草茶を飲みながら、ヨハンナがそう思案していた時。
「……魔女殿、準備が整うまで、俺をこの家に置いては貰えぬだろうか」
「ぶっ」
思わず茶を噴きかけそうになった。
冗談だろう。
そう思ったが、カディスは真剣だった。
「え、え?」
「先程痛めてしまった手の詫びもかねて、何でも言いつけてくれ。たとえば……そこの壁に隙間が空いている。防犯上よくない。塞いでおこう」
「いえ、手は無事ですし、隙間も問題ないのでおかまいなく……!?」
「それでは俺の気がすまない。寝床は、裏手にあった納屋でよい。どうか、ここに置いてくれぬだろうか」
なんでそうなる……!?
この、魔神のような騎士団長を顎で使って、納屋で寝かせろ、と? 無理無理無理。
ヨハンナは激しく固辞した。
だが、凶悪な面構えの騎士団長に、直立から直角に頭を下げられ、強く懇願されてしまうと、小心者の魔女はうろたえるしかなかった。
最終的に、カディスの圧に負けて、五日間の滞在を許すことになってしまった。




