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第58話 尻尾



 その場ではかっこいいことを言ったとしても、やはり体の限界というものには抗えず、私はシンシア様に抱っこ──しかもお姫様抱っこされて屋敷に帰ることになった。



 使用人や両親は一歩も動けなくなっていた私に驚愕……いや、それ以上に慌てふためいていた。まさか私がシンシア様に運ばれてくるとは思っていなかったのだろう。……うむ、私もこうなるとは思っていなかった。



 シンシア様に事情を説明された父親の顔はなんとも微妙なものだったが、驚いたことに苦言は口にしていなかった。


 あの過保護な親のことだ。たとえ副団長が相手でも、彼ならめちゃくちゃ怒るのではないかと心配していたのだが、あの様子ではシンシア様の指南がスパルタだということを知っていたな?




 その後、ちょっと話をしてシンシア様は本部に戻り、直後屋敷は再び慌ただしくなった。

 まず私は沢山の侍女達にわっしょいわっしょいと担がれ、サロンへ強制連行。




「あ〜、気持ちがいいわねぇ……」


 リクライニングシートに横たわり、六人の侍女に囲まれた私は全身を揉みくちゃにされていた。

 いわゆる、マッサージというものだな。


「ここに来たのは初めてだけど、案外良いものね」


「そう言っていただけると、私どもも嬉しく思います」


「お嬢様はお若いので、肉体的な疲労はまだ大丈夫だと思っていたのですが……」


「今日の稽古は流石に厳しいだろうということで、念のために準備しておいて正解でした」


 どうやら、私がこのような状態になって帰ってくるのは予想されていたらしい。流石に全身を動かせなくなるまでとは思っていなかったらしいが、彼女達の対応はとても落ち着いていた。



「これから毎週お世話になるわ」


 シンシア様のことだ。来週に待ち受ける稽古では、今日よりエグい地獄──ゲフンゲフン。試練を課してくるに違いない。


 その度にマッサージしてもらわなければ、きっと私は次の日一歩も動けなくなってしまう。だから、稽古が終わった後はここでお世話になる日が続くのだろうなと、私は気が遠くなる思いだった。


「ええ、お嬢様を磨くのは楽しいですから、いつでもお待ちしていますわ」


 ふふっ、と微笑む侍女達。


 彼女達──称してエステ隊のマッサージはとても気持ちが良かった。上質なオイルが体を優しく包み込み、ついでに頭から爪先まで全身を磨かれる。部屋の中で焚かれているアロマの匂いにリラックス効果もあるらしく、稽古での疲れも相待って瞼が重くなる。



「ふふ、眠いのでしたら、どうか遠慮せずに」


「終わり次第、ベッドへ運ばせていただきます」


「……そう、それじゃぁ……よろしく頼むわ」


 エステ隊の言葉に甘えてゆっくりと意識を落とそうとした……その時だった。




「…………なに、この地響き……」




 ドドドドドドドドドッ! という地鳴りのような音が廊下から聞こえて来た。しかもそれは徐々に大きくなり、こちらに近づいて来ていることがわかる。



 ──バァアアアアアアン!!!


 そしてサロンの扉が勢いよく開いた犯人は──



「ティア! ティナ!」


 雪のように真っ白な尻尾をブンブンと振り回し、白狼族の双子が私の側に駆け寄って来た。



「「シェラローズさま! おかえりなさい!」」


「二人とも、ただいま。コンコッドとの授業はどうしたの?」


「ちゃんとやったよ!」


「シェラローズさまがかえってきたって、エルシアお姉ちゃんがおしえてくれたの!」


「だからがんばってテストおわらせてきたの!」


「……そう。頑張ったのね……偉いわ、二人とも」



 手に付いたオイルを拭き取り頭を撫でると、双子は気持ち良さそうに目を細め、喉をゴロゴロと鳴らした。

 まるで愛玩動物のようだと思いながら、私は手を止めなかった。寝る前にいつも私が二人の髪のお手入れをしてあげているので、触っているだけでふわふわした感触を楽しめて気持ちがいい。


 このまま触り続けていれば疲れも癒されるのではないかと、本気でそう思う。



「シェラローズさま。シェラローズさまは何をしているの?」


「私? マッサージをしてもらっているのよ」


「まっさーじ?」


 こてんっ、とティナは首を傾げる。



「ティア知ってる! つかれたときにやるやつだよね?」


 おお、ティアはマッサージを知っていたのか。コンコッドかエルシア辺りに教えてもらったのだろうか。


 ティナは知らなかったらしいが、ただ単に覚えていないだけだろう。双子は常に行動を共にしている。ティアがマッサージの話を聞いたのであれば、ティナも聞いているはずなのだ。


 物知りで偉いわね〜とティアを褒めると、ティナの方が少しむくれて頬を膨らませたが、すぐに表情を暗くさせて心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「シェラローズさま、つかれてるの?」


「ええ、少しね。頑張って動いたから、念のためにマッサージしてもらっているのよ」


 本当はすでに手遅れなくらい筋肉痛を感じているのだが、それを正直に言ってしまったら二人を心配させてしまうと考え、あえて念のためだと嘘を教えた。


「まっさーじ、きもちいいの?」


「ええ、とっても気持ちいいわよ」


「じゃあ! まっさーじ、ティナもやりたい!」


「ティアも! ティアもやりたい!」


「え? うーん……」


 マッサージに興味を示した二人に驚き、私はエステ隊に視線を移すと……彼女達は頷きで返してくれた。人数が増えても問題はないということだろう。


「それじゃ、お願いするわ」


「畏まりました。それじゃ、ティアちゃん。ティナちゃん。こっちに座ってねー」


 私と話す時とは別で、子供に話す時のように優しい口調で二人を誘導する侍女達。


 一応私も子供……もっと言ってしまえば二人よりも一歳年下なのだが、この違いは私がこの屋敷のお嬢様だからなのだろうと、そう思っておくことにした。


 私を子供扱いしてくれるのは、今となっては第二師団の者達だけだ。


 あの親馬鹿な両親でさえも、私が無邪気な笑顔で話しかけると「何を企んでいる?」と疑うようになってきた。……まぁそれでもウザいくらいに可愛がってくれているので不満はないが、それでもやはり思うところはある。



 やっていることが子供の範疇から逸脱しているというのは自覚している。

 自覚はしているのだが、それでも私の行動一つ一つを警戒されるほどではない。やはり私は子供で、子供に相応しい扱いを受けるべきだ。



 ──という話を前にサイレスに話したところ、とても微妙な顔をされたのは記憶に新しい。


 彼曰く、「自覚ない奴が一番厄介だ」とのことだが、一体どういうことなのだろう?





「ダメ!!!」


 と、突然聞こえた大声に、私は思考の渦から戻ってきた。


 何事だと声の下方向に首を曲げると、ティナが自分の尻尾を大事そうに抱えている姿が見えた。


「しっぽにさわっちゃ、ダメ!」


「ご、ごめんねティナちゃん! ちょっと退かそうと思っただけなのよ。本当にごめんね……?」


「むぅ〜……!」


 うっかり触ってしまったのだろう。侍女は慌てて謝っているが、ティナは全身の毛を逆立て警戒したように視線をキツくしている。側から見ても、話しが通じるような状態ではない。


「ティナ。彼女もわざと触ろうとしたわけじゃないの。だから、許してあげて?」


「…………わかったの。でも、もうさわっちゃだめ」



 獣人にとって尻尾は誇りなのだ。


 心から気を許した者にしか触らせないと言われているほど、尻尾は獣人にとって何よりも大切な一部となっている。不用意に触ってしまうと、最悪殺されることもあり得る。もっと面倒になった場合「責任を取ってもらうために結婚しろ」と身柄を拘束し、監禁生活のような暮らしを強いられることもある。


 これは古くから知られている有名な話で、余程傲慢な馬鹿や、獣人のことを知らない田舎者ではない限り、獣人の尻尾に気安く触れるような真似はしない。



 今回はただの事故だ。


 この屋敷に仕えている使用人は、成績優秀な者ばかりだ。

 獣人のことを知っておきながら触ってしまったのは、次女のミスだろう。


 だが、ティナも悪い。初めてのマッサージにワクワクしていたのはわかるが、それで尻尾を振り回してマッサージの邪魔をしたのだから。





「…………ん……?」





 そこで私は、重大なことに気が付いてしまった。


 ──私、普通に触ってないか? と。


 寝る前は必ず、癒されるからという理由で二人の尻尾を毎日堪能しているな。しかも両手で。最近はブラッシングまでやっているのだが、そこは大丈夫なのだろうか?


 本当は嫌だけど、親代わりだから仕方なく受け入れているだけなのかもしれない。


 ……後で二人に聞いてみよう。

 私は今更怖くなり、現実を忘れてマッサージを楽しむことにした。




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