第56話 深まる謎
馬車に揺られること10分。
私は騎士団本部に到着していた。
本部と言っても、王国に所属する全ての騎士が集っているわけではなく、ここは『第二師団専用』の本部ということになっている。
騎士なのだからもっと王城に近い場所に位置しているのかと思っていたが、違う。むしろ商店区の方が近く、その理由をシンシア様に聞いたら「買い物をする場所が近い方が、便利でしょう?」と当然のように言ってきた。
王城よりも買い物を優先するとは何とも自由だなと彼女に苦笑しながら、確かにそちらの方が効率が良いと私は内心納得していた。
騎士団は三つの部隊に分かれている。
そして、それぞれの役割も異なるのだ。
第一師団は主に王族と城の警備を任されている。他二つよりも規模が大きく、また王城に住み込み出来るということから人気だ。
第二師団は王都周辺の巡回を任されているらしい。魔物が大量発生している場所に赴き、それの調査や駆除をしている。そのため、忙しい時は王都を空ける日の方が多いらしい。
本来、魔物討伐は冒険者達の仕事なのだが、彼らでも手に負えない事態になった時は第二師団の出番というわけだ。だから暇な時は本当に暇なのだと、シンシア様が溜め息を漏らしていた。
最後の第三師団は……正直情報が少ない。言ってしまえば、第三師団の者達は上記の二つとは違って頭脳派。他国の情報収集や、万が一戦争が起きた時の下準備等々……どちらかと言えば、サイレス達のような暗殺者集団に近い部類なのだろう。他とは違って、騎士団というよりも特殊部隊と称した方が、まだ理解が早い気がする。
とまぁ話は大きく逸れてしまったが、第二師団の本部が商店区に近い理由がこれでわかっただろう。
王城は第一師団が警備しているので、第二師団、第三師団が王城に赴く必要はほとんどない。そちらに出動する時は、大きな式があった時や、本当の緊急時くらいだ。
であれば、買い物出来る場所が近い方が、すぐに用事を済ませられるので楽なのだ。
「お、シェラローズ様じゃないか!」
明るい声に振り向くと、私が屋敷の庭で最初に声をかけた騎士が、にこやかに手を降りながら歩いて来るのが見えた。
「久しぶりだな……って、すいません。ここに居るとつい素が出ちゃいまして……」
「構いませんよ。私は、皆様に教わりに来ているのです。そう畏まられると、こちらも遠慮してしまいます。なのでどうかいつも通り、仲間の方々と話すような口調でお願いします」
「お、そうかい? 助かるぜ」
私がそうお願いすると、すぐさま親しげな微笑みに切り替わる騎士。
「あ、そういや名乗ってなかったな。俺はバルクってんだ。ここの奴らの兄貴分をしてるぜ」
「バルク様ですね。よろしくお願いいたします」
「様はいらねぇよ。公爵家の令嬢に『様』なんて呼ばれた日には、変に痒くていけねぇや」
「そうですか? では、バルクさんと呼ばせていただきますね」
「おう。そうしてくれ」
ここで出会うのはベッケンの時に顔見知りになった者達がほとんどだ。
彼らとすれ違う度に、親しい笑みを浮かべながら軽く手を挙げて挨拶してくれるのを、私もニッコリと微笑み会釈で返している。
ここには彼らに教わる立場で来ているのだ。堅っ苦しい礼儀は不要である。それに、第二師団はフレンドリーな者達が多い印象だ。こうした気兼ねない挨拶の方が彼らも楽でいいだろう。
それは、バルクも同じことだ。
「というか、シェラローズ様はここに教わりに来たって言ったよな?」
「……? はい。騎士の皆様に剣術を教わりたく、少々わがままを言ってお父様にお願いしました」
「ははぁん、なるほどなぁ? 今日から誰かが剣術を教わりに来るってのは聞いていたが、シェラローズ様がなぁ……ハハッ、団長が張り切っていたわけだ」
予想していなかった名前が出て来たことで、私は目を丸くして首を傾げる。
「シルヴィア様が、ですか?」
「ああ、昨日はずっと浮かれていて、鼻歌まで歌っていたくらいだ。相当機嫌がいいぜ、あれ」
「そうなのですか?」
「おう、それはもう……って、これはどうでもいいか。やっぱり団長に教わるのか?」
「いいえ、私の指南役を務めてくださるのはシンシア様です」
笑っていたバルクの動きが、一瞬固まった。
「シェラローズ様に教えるのか? 副団長が?」
「……? はい。副団長様にご教授いただける貴重な機会なので、私張り切って頑張ります!」
「そ、そうか……うん、そうだな! んじゃ稽古頑張ってくれ! お、おお、応援してるぜ!」
バルクは途端に慌ただしくなり、手を振りあっという間に去ってしまった。
急にどうしたのだろう?
……まぁ、いいか。
それよりも彼の言葉の中に気になるものがあった。
「あの、シンシア様。シルヴィア様の機嫌が良かったとは、どういうことでしょう?」
「……あの人も、あなたのことを認めているのですよ」
「……?」
質問をしたはずなのに、謎は更に深まってしまった。
私のことを認めている。誰が?
シルヴィア様が…………なぜ?
あの作戦で良い結果を残したからだろうか。
……私と彼の接点は街でのことと、ベッケンの時くらいしかない。認めるとすれば、作戦のことくらいしか思い付かない。だが、それとシルヴィア様の機嫌か良いことと、なんの関係があるというのか。
私はわからず、首を傾げるのだった。
「さ、ここです」
とても広い騎士団本部を案内され到着したのは、これまた広い訓練場だった。そこにはすでに何人かの騎士達が朝練に励んでおり、その中にはシルヴィア様の姿もあった。
「お? 団長〜! シェラローズ様が来たぞ〜!」
私の姿に気付いた一人が声を上げ、シルヴィア様だけではなく、その場に居た全員の視線が私に注がれる。急に注目の的となったことに一瞬慄いたが、そこは公爵家にして魔王。すぐさま立て直し、ニコリとした微笑みをこの顔に貼り付け、訓練場に入る前に深々とお辞儀をしてから中へ踏み出す。
シルヴィア様は汗をタオルで拭き取ってから、私の元に駆け寄って来た。
「これはシェラローズ様。お出迎えが遅くなってしまい、申し訳ありません」
「おはようございます、シルヴィア様。急なお願いをしたのはこちらなので、どうかお気になさらず」
ああ、今日も素晴らしい笑顔──じゃなくて。
「今日からお世話になります。よろしくお願いいたします」
「はい。シンシアから聞いているとは思いますが、基本は彼女が指南役を務めます」
その瞬間、私達の会話を聞いていた騎士達の動きが止まったが、シルヴィア様との会話に夢中だった私はそれに気が付けなかった。
「シンシア様は副団長でもあるとお聞きしました。皆の憧れでもある副団長様にご教授いただけるなんて、とても嬉しく思います」
騎士団に所属する団長と副団長の計六名は、その類い希なる戦闘力から『化け物』と呼ばれているくらい、規格外の連中だと聞いている。平民や貴族達からの信頼も厚く、騎士や兵士達からは憧れや尊敬の目で見られる六人。
そのうちの一人から指導してもらえるのだから、これ以上ない貴重な体験となるだろう。それを決して無駄にはしない。教わったこと全てを吸収し、いつか彼らと並ぶくらいの剣の腕を持ちたい。
「暇が出来たら、私からも何かお手伝いをしようと思っているので、どうかよろしくお願いします」
シルヴィア様が何気無く言った言葉を聞いた私は、まるで雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
「シルヴィア、様……今、なんと?」
聞き間違いでなければ、シルヴィア様本人からもご教授してもらえると聞こえたのだが?
「はい。私も時間が空いたら、シェラローズ様に剣術を教えたいと思う、と……」
「本当ですか!? いえ、良いのですか!?」
「え、ええ……シェラローズ様が構わないと仰るなら」
「むしろお願いします! ああ、私はなんて運が良いのでしょう。シンシア様だけではなく、シルヴィア様にまでご教授いただけるなんて。私、全てを無駄にしないためにも精一杯頑張ります! シルヴィア様もシンシア様も、私が公爵家だからと思わず、新米騎士だと思ってビシバシと──ハッ! す、すいません。嬉しくて、つい……」
一頻り話した後、ようやく冷静になった私は慌てて謝罪を述べ、頭を下げた。
折角シンシア様から信用してもらえたところなのに、シルヴィア様から剣術を教わることが出来ると聞いた瞬間にこれだ。……これでは、シルヴィア様目当てだと思われてもおかしくない。
「──どうか、頭を上げてください」
シルヴィア様の優しい声が掛かり、私はおずおずと体を起こした。
「シェラローズ様がそこまで喜んでくれるとは思っていませんでした。これは私も、気合いを入れなければなりませんね」
──シェラローズの肉体に転生して良かった。
初めて、心からそう思えた瞬間であった。




