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第55話 お願い事




 私が騎士団本部に行くのは、父親へのお願いに関係していた。


 今の私は、魔法学のことならばほぼ理解している。

 これ以上は勉強ではなく、研究の域に達してしまうので、屋敷で堂々とそれをやるわけにはいかない。だが、それだけで満足する私ではない。



 ──限界のその先へ。

 それを目指し続けることが、一番大切なのだと私は思っている。



 だったら、私は何をすればいい?

 私が今までやってこなかったものはなんだ?


 色々考えた時、私は騎士団の皆を思い浮かべた。

 魔王になり、魔法を極めた私だが……そんな私でも手を付けていなかったものがある。




 それは──剣術だ。




 魔法ばかりでは近接戦に持ち込まれた場合、不利な状況になるというのは理解していたので、ちょっとした護身術ならば持ち合わせているが、武器を使った戦闘術というのはまだ習っていなかったと、思い出したのだ。


 だから私は父親に剣術の指導を願い、どうせならその道を極めている者達にご指導願いたいということで、騎士達の習慣である朝練の時間に合わせてなら、特別に指導してもらえることになったのだ。



「では、行ってきます」


「気をつけるのだぞ! シエラ!」


「怪我するような無理はしないでね! あなたの無事が一番なんだから!」


『行ってらっしゃいませ、お嬢様』


 そうして私は、号泣する両親と、大勢の使用人達に見送られて屋敷を出た。エルシアは門までお見送りに来てくれるらしい。

 本当は見送りに来てくれた全員が門までついてくる予定だったらしいが、それは流石に邪魔だということで、玄関までにしてもらったのだ。


 すでに迎えの馬車は門に到着していて、私は慌てて駆け寄り、迎えに来てくれた騎士にお辞儀をする。


「シェラローズと申します。……お待たせしてしまったでしょうか?」


「いいえ。時間より早めに来ただけですから、お気になさらず。むしろ少しでも待たせてしまったら、私が団長に怒られてしまいます」


 そう言ってやんわり微笑むのは、金色の髪を後ろに大きく一つに纏めた女性だった。金髪と言っても父親のような人の目を引く豪華な金髪ではなく、レモンのような大人しい色をしている。顔も整っており、同性にも好かれそうな雰囲気だ。


 戦闘が主流の騎士団に女性は珍しいと思ったが、彼女の洗練された熟練者の動きを見て、やはり人は見た目で判断してはいけないなと、私は彼女に感心を抱いた。



 ……にしても、シルヴィア様といいこの騎士といい、中性的な美貌を持っているのは羨ましく思う。私はまだ6歳ということもあり、ただ可愛らしいだけだ。彼らのような美しさというのも、今後は身に付けていきたい。




「では、行きましょうか」


「はい、お願いします」


 馬車の乗り込もうとしたら手を差し伸べられ、優しくエスコートされる。


 そういう紳士的な行動を当然のように出来るのだから、流石は騎士だな。その騎士が女性だったとしても、思わず照れてしまいそうになる完璧な気遣いだった。


「それじゃあエルシア。行ってくるわね。あの子達のこと、頼んだわ」


「はい。お気を付けて、行ってらっしゃいませ」


 玄関での出来事とは大違いの静けさでエルシアに見送られた私は、移り変わる景色を眺めていた。


「自己紹介がまだでしたね。私は王国騎士第二師団の副団長を勤めさせていただいています。シンシアと申します。シルヴィア団長より、シェラローズ様の指南役を任されました。どうかよろしくお願いいたします」


「シェラローズ・ノーツ・アトラフィードです。私のわがままを受け入れてくださり、騎士団の皆様には心から感謝しています。これからよろしくお願いいたします」


 私達は馬車の中でお互いに名乗り、お辞儀する。


 どうやら彼女が私の指南役になってくれるらしい。

 しかも彼女が第二師団の副団長だったのか。


 ……だが、あの作戦の時には見なかった。



「以前の計画の時、私は本部の方で運び込まれる罪人の整理や、状況の確認、陛下への報告書の作成をしておりました。顔を見なかったのは、そのせいです」


 必要以上に見ていたせいで、内心を見透かされたらしい。

 ……彼女がシルヴィア様のいない本部で指揮を取ってくれていたのか。


「あの時は、皆様のおかげでスムーズに事が進みました。改めて、感謝を申し上げます」


「いえ、私も私で考えがあり、そしてアレに協力することは私達にも大きなメリットがありました。むしろ、あのような英断をなされたシェラローズ様に、我らが感謝したいくらいです」



 英断……英断か。


 それほどのものではない。


 私はただ、あの双子を守りたかっただけ。私達の生活を脅かす敵を、徹底的に潰したに過ぎない。それに協力してくれた騎士団には、やはり感謝すべきだろう。


 だが、彼女の言葉の中に、どうしても気になる言葉が紛れていたのを私は聞き逃さなかった。


「……あの、シンシア様の考えと仰いましたが、それは?」


「…………シェラローズ様にはいつか見破られそうなので、言ってしまっても構わないでしょう」


 シンシア様は「どうか怒らないでください」と念押しして、言葉を続ける。


「正直私は、あなたを疑っていました」


「……え?」


「たまに居るのです。シルヴィア団長に近付きたいがために、親の伝を利用する方が」


 まぁ、それはそうだろうな。

 シルヴィア様はかなりのイケメンで、更に誰よりも紳士的で優しい。


 そんな人に一目惚れし、どんな手を使ってでもお近づきになろうとする令嬢は多いだろう。

 ……今回は、私もそれと同じだと疑われていた、ということか。



「ですが、仲間の感想を聞いて、シェラローズ様はそのようなズル賢い貴族令嬢ではないと判断いたしました」


「それは、ありがたいのですが……どうしてそう思われたのでしょう?」


「理由は二つ。シルヴィア団長を含めた仲間達の感想。シェラローズ様の采配は見事だったと、そう聞いております。普通はそのうち化けの皮が剥がれて行くものですが、あなたは最後まで仲間達と議論を交わし、最小限の被害で場を収めた」


 親の手柄を利用して近づこうとする者でも、流石に作戦会議にまでは参加出来ない。話を合わせることは出来るが、途中から理解が追いつかなくなってボロを出すものだと、シンシア様は言った。


「ですが、私はシルヴィア様を──」


「それは気にすることはありません。あれは団長が油断したのがいけないのです。首を切った程度で油断するあの人が悪いのですよ」



 いや、首を切ったら殺したと思うのが普通だと思うのだが……騎士団とはそこまで物騒なのか?

 い、いや、シンシア様が男勝りなだけかもしれないし、そう思うのはまだ早いだろう。


「そして二つ目。あなたはまだシルヴィア様の話題を、自分から話していません」


「…………」




 …………。


 ……………………。


 ………………………………。




「え、それだけですか?」


「はい。それだけですが?」


 何か? と首をこてんと横にするシンシア様。


「い、いえ……一つ目はちゃんとした理由が付いていたので納得しましたが、二つ目の理由が予想外すぎて」


「適当ではありませんよ。ちゃんと理由があってのことです」


 シンシア様は二つ目の理由を話すため、口を開く。


「シルヴィア団長に会いたいだけの者は、まず初めに団長のことを触れます。それはそうです。だって、団長に会いたいがために行動するのですから」



 ……お、おう…………間違ってはいない、のか?



「でも、あなたはまず初めに感謝を述べた。それだけでも十分信用出来る方だと判断しました。後は……」


「…………後は?」


「女の勘ってやつです」


 コケそうになるのを、ギリギリのところで我慢した。そんな私を誰か褒めてくれ。


「なので、シェラローズ様の指南役も喜んで受けさせていただきました」


「ちなみにお聞きしますが、私がシルヴィア様目当てで剣術の指南を願った場合、どうなっていましたか?」


「その場合はプライドごとズタズタに引き裂いていました」






 ──ん?






 今、とてつもなく残虐的な言葉が聞こえた気がするのだが?


「えっと……? プライドごとズタズタに、と申しますと?」


「そのままの意味です。泣くことも忘れるほどの恐怖を植え付け、二度と軽い気持ちで団長に近づかせないように叩き潰す予定でした」


 今日、わかったことがある。

 ──シンシア様を怒らせてはいけない。絶対にだ。




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