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第54話 別れの言葉は未だ遠く



 あの事件から一ヶ月が経った。


 シルヴィア様に掛けられた呪いは私が解呪した。しかし、彼は呪いの影響で身体共に憔悴しきっており、一週間ほど治療生活を送っていたが、今は無事に回復し、現場に復帰している。


 私と彼が出会った『謎の男』については、再び襲撃があるかもしれないとしばらく警戒がされていたのだが、なにも音沙汰が無いことから完全に国外へ逃げたと判断されたらしく、最近は奴の話はもう聞かない。



 男、ラヴェットはすでに私の手で葬ってある。記憶から忘れられた方が、私にとってもありがたい。


 奴が魔族だということは、誰にも話していない。正直に話したのであれば、父親含む今回の関係者の魔族に対する敵対心が刺激されてしまうと予想した。これは魔王である私の、今出来る最大限の温情である。



 それと、闇ギルドに対して行った強行手段について、他の貴族からあった反発も完全に収まったと父親から報告を受けた。どうやら、私とサイレスが入手した書類が、彼らの不満に対して大きな手助けをしてくれたらしい。私のやったことに意味があったのなら、私はそれで十分だ。



 騎士団本部に捕らえたベッケンとその部下は、正式に王城の牢獄へ移送され、ベッケンは死罪、部下達は無期限の牢獄生活を言い渡されたらしい。


 ちなみに今回の活躍を賞して、国王陛下から私へ何か褒美を与えると父親から聞かされたのだが、表向きでは父親が発案したとしてあるので、褒美を受け取るのならば父親の方にしてくれと私はそれを断った。


 私は目立とうとして行動したわけではなく、何か褒美を貰おうとしていたわけでもない。

 逆に目立つのは嫌いなのだ。秘密裏に褒美を贈呈されると言われても、やはり受け取る気にはなれなかった。



 だが、父親はそれで満足しなかった。


 どうしても今回一番頑張った我が子に何かご褒美を……と一向に譲らず、事あるごとに私に何かご褒美を与えようとした来たのだ。流石にうざくなった私は、ならばと父親にお願い事を言ってみた。



 それを聞いた時の彼の反応は──今思い出しても笑ってしまいそうになる。








「──お嬢様」


 朝一のホットミルクを楽しみつつ、もう過去のものとなった事件を思い出していた私に、エルシアの声が掛かる。


「そろそろお時間です」


「ええ、わかったわ」


 残り僅かだったミルクを飲み干し、私は外に出るため暖かいコートを着込んだ。


 もう季節は『冬』に片足を突っ込んでいる状態だ。まだ完全な冬とはいかないものの、朝はかなり冷え込む。冷気で動きが鈍らないよう防寒するのは当然のことだった。


 準備の音に気が付いたのだろう。ベッドの方で、もぞもぞと動き出す影が二つ。



「ん、んにゅ……しぇら、ろーず、さまぁ……?」


「しぇらろーずさま、おはよぉ……」


 寝起きのせいで雪のように真っ白な尻尾と耳は垂れ下がり、しょぼしょぼした目をゴシゴシと擦るのは、私が親代わりとなった白狼族の双子。ティアとティナだ。



「おはよう、ティア。ティナ」


 双子の頭に手を置き、ゆっくりと動かした。

 ふわふわの感触はいつまでも触っていたい気分になる。


 エルシアが呆れている様子から、今の私は令嬢には相応しくない表情をしているのだろう。自分でも顔の筋肉が緩んでいると自覚している。


「シェラローズさま、お出かけ……?」


「……する、の……?」


 私が普段着ではないことを察したのだろう。

 二人して腕に抱きつき、懇願するような視線を向けてくる。


「いっしょに行っちゃ……」


「…………だめ?」


「え? ……うーん、二人はコンコッドとのお勉強会があるでしょう?」


 その言葉に、二人は難色を示した。

 声には出していないが、不満を言いたげだというのは良くわかる。


「遊びに行くわけじゃないのよ。私も、私のお勉強をしに行くの。だから二人もお勉強を頑張って。ね?」


「……ん、わかった」


「おべんきょう……がんばる……」


 頭を撫で続けていると、二人して気持ちが良くなったのか、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。



「ほら、眠るなら横になって…………おやすみなさい、二人とも」


 可愛らしい双子に微笑み、私は部屋を出て玄関に向かう。




 すると、そこには大勢の使用人と、覚悟の色を瞳に宿じた両親が待ち伏せしていた。



「シエラ。行ってしまうのだな」


「シエラちゃん……」


 両親は私に歩み寄り、小さな体を抱いた。


「覚悟は決めていた、のだがな……やはり、寂しくなってしまうな」


「……やだ、私ったら、お別れの時は泣かないって決めていたのに……」


「カナリア……私同じ気持ちだよ」



 今度は二人して慰め合い、悲しみの雰囲気を全身から表現している。


 そんな姿に感化されたのか、側に立っていた使用人達も「しくしく」と涙を流し、酷い者は嗚咽までしていた。ギリギリ泣かなかった者も俯き、プルプルと肩を震わせている。


「だが、子供を見送るのに、涙していてはシエラも不安になってしまう。そうだろう?」


「…………ええ、そうね。こういう時こそ、笑顔で見送るのが親の務めよね」


 二人は頷き合い、そして私に向き直った。


「シエラ、私達のことは気にせず、行ってこい」


「あなたの無事を祈っているわ。元気でやってくるのよ」


「…………く、──っ、やはりダメだ!」


 涙は流さないと言っていた父親は、やはり我慢出来なくなったのは涙腺を崩壊させ、情けなく「カナリアァアアア……」と母親に抱きついた。彼女も拒絶することはなく、同じように涙腺を崩壊させ、泣き崩れる。




「お父様、お母様……」


 そんな彼らの様子を見つめ、私は一言。





「騎士団本部にお邪魔する程度で、大袈裟です」





 今日も両親は、相変わらずの親馬鹿であった。





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