第49話 夜の対面
「一応聞いておくけど、すでに掴んでいるでしょう?」
目的の場所に向かう道中で、私は少しばかりの情報共有をしていた。
「ああ、勿論だ。シェラローズと別れた後、すぐに何人かを尾行に向かわせた。今もそれは続いている」
「本当に、出来た従者達ね。尾行がバレている可能性は?」
「…………それは、どうだろうな。標的に目立った動きはないが、それがまた怪しい。すでに気付いた上で俺達を自由にさせている可能性もあるし、本当に気付いていない可能性もある。だが──」
「ええ、考えられるとしたら前者でしょうね」
サイレスは難しい顔で静かに頷く。
あの男の隠密魔法は素晴らしいの一言だった。油断していたとはいえ、私が気付かなかったのだ。そのような者が尾行に気付かないわけがない。
奴は、私以上の傲慢だ。
私達の反応を知りながら、どう動くのか楽しんでいる。
なんとなく、そう思ってしまうのだ。
「まぁ、知った上で放置しているのなら、それに甘えましょう」
奴が用心深い性格であったのなら、すでにこの国から逃れようと動いていたことだろう。そうなれば面倒なことになっていた。だから逃げずに留まってくれているのは、こちらとしては嬉しい誤算だ。
「……シェラローズ。これは俺の予想だ。お前が求めているのは、あの黒い玉だろう?」
「そうよ。どうして……と聞くまでもないか」
「あれを見た時から、お前の雰囲気がガラリと変わった。まるで別人のようにな。……あれはなんだ?」
「さぁ、なんでしょう? 当ててみて?」
私は人差し指を唇に当てて、パチンと片目を閉じた。
「ふざけている場合では──」
「まだ話す覚悟が決まっていないの。だからまだ予想の範疇ってことにしておいて」
「っ……わかった。だが、後でちゃんと教えろ」
「わかっているわよ。教えるわ……全てを」
男──魔族が隠れているのはスラム街でも特に人の通らない場所だ。
入り組んだ地形と、周りには酷く濃厚な『死』の臭い。誰も近づきたくないと思えるその場所は、潜伏するには一番適しているのだろう。
「酷い臭いだ」
「ええ、全くね」
暗闇で全ては見えないが、周りには多くの死体が積み重なっているだろう。
私が把握している地図上では、ここはスラムで死んだ者達を運ぶ──言わば『死体遺棄場』のようなところだった。
濃厚な臭いの正体は、血と腐敗臭の混ざったものだ。
これには流石のサイレスも顔を顰め、鼻を腕で覆っている。彼の気持ちは私も同じで、私の周囲に清潔な空気を生み出す魔法で凌いでいる。
「それはズルくないか?」
「ズルくない。培った知識を有効活用していると言ってほしいわね」
「頼む。俺にも掛けてくれ」
「最初からそう言えばいいのよ」
私はサイレスにも同じ魔法を唱え、半透明な幕が彼の体を包み込んだ。
「かなり楽になった。助かる」
「どういたしまして」
私達は死体の中を進む。
奥に佇む建物の中に入り、罠などに注意しながら進むと、やがて光の漏れ出している部屋の前に行き着いた。
私達は互いに頷き、サイレスが率先してドアノブに手を掛け──
「やぁ、待っていたよ」
開くと同時に投げかけられた声。
相変わらず飄々とした態度で部屋の一角に腰を下ろすのは、白髪赤目の男だ。
「朝ぶりかな?」
「ええ、あの時はどうも」
「よくここがわかったね、と褒めた方がいいかな?」
「結構です。あなたに褒められるのは、気持ち悪すぎて虫酸が走ります」
互いに軽口を言い合う最中だろうと、警戒は怠らない。
一瞬でも気を抜けば、その隙を突かれるのは明白。私は男を常に視界に入れながら、部屋の中をぐるりと見回した。
──罠は無い。
念入りに魔力感知で調べてみたが、それらしき反応は皆無だった。
ならば、本当に無いのだろう。
「罠を探してる? 安心していいよ。そんなつまらないものは用意していないからね」
「……そのようですね。あなたがうっかり自分の仕掛けた罠を踏み、つまらない幕引きになることを期待していたのですが……残念です」
男の眉がピクリと僅かに動いた。
貼り付けた笑みも若干歪み、目だけが笑っていない。
「それで、僕に何の用? 朝方のあの騎士。あの人を治してくれとお願いしに来た?」
それは無駄なことだ。
呪術は特殊な魔法であり、術者だろうと解呪は出来ない。
だが、それはもうどうでもいいことだ。
「シルヴィア様の呪いは、もうすでに解かれています。あなたの手を借りる必要はありません」
最後の挨拶の時、彼の魔力を解析して邪魔な異分子を取り除いた。
あれで呪いは消え去ったはずだ。
去り際に振り返った時に見たシルヴィア様の安らかな表情からは、もう苦しんでいる様子は無かった。……と言っても、体の負担まで治せるわけではないので、目を覚ますのはまだ先だろう。
「……へぇ……まぁ本当だとしても、嘘だとしても……僕は解呪出来ないからどうでもいいけどね」
男は笑う。
「それじゃあ、ここに来たのは何の用だい? 騎士の仇を討とうと思った? それこそ無理な話だよ。……こう見えて僕は忙しいんだ。右回りして帰ってくれると嬉しいんだけど、な!」
ノーモーションで放たれる凶刃。
それは私の心臓を精確に狙い、真っ直ぐに飛来する。
私はそれを、何事も無く掴んだ。
鋭い痛みの後に何かが私の体に侵食する感覚がして、体が急激に重くなる。全身を貫くような激しい痛みが、絶え間なく私を襲う。
「あははっ! 無駄だよ、無駄! それは触れただけで成立する呪法なんだ! ねぇ、お付きの人。今どんな気持ちなの? 大切なご主人様が呪われて、どんな気持ち!?」
「………………」
「言葉も出ない? 何も出来ない自分が不甲斐ない? あははっ、油断しているからだよ! この間抜け!」
「……………………」
サイレスは何も言わない。
静かに目を閉じ、ジッとその場に立つ。
「そろそろ何か言ったらどうだい! ほら、早く逃げないとご主人様が死んじゃうよ? まぁ、逃がすつもりはないけ」
「──全く、ギャーギャーとうるさいわね」
「ど……っ、どうして!?」
男は驚愕に目を開き、言葉を遮って声を発した私に意識を向けた。
「馬鹿な! 呪術は問題なく発動したはずだ! どうして絶叫しない、どうして痛みを感じない!?」
「一つ、訂正させてもらうわ。痛みは感じている。大声で叫びたいくらいの激痛よ。目眩も、してきたわね……」
「だったらどうして……!」
「この痛みを、噛み締めているのよ。私の大切な人を苦しめた、憎きこの痛みを」
ああ、これが呪術の痛みか。
シルヴィア様を苦しめた痛みか。
私の不注意のせいで、彼にこのような地獄を──許せないな。
「…………うん、もう十分味わった。もうこれは必要ない」
私を苦しめる異分子を体から取り除き、一息つく。
自分の魔力は自分が一番よく知っているので、シルヴィア様の時よりも楽に消去することが出来た。
もう痛みは感じないが、その代わりに疲れがドッと押し寄せてきた。痛みのせいで印象が薄くなるが、体への負担も異常だな……。
「なっ……!? どうしてお前が呪術を!」
「シルヴィア様の呪術は治した。と言ったでしょう? もう忘れてしまったのかしら?」
男は、他に呪術を癒せる者がいると思っていたらしい。
だが残念。シルヴィア様を治したのは私であり、他人を治せる私が己を治せないわけがない。
「何なんだ! お前は、一体何者なんだ!?」
自慢の呪術があっさりと対処されたこと事実は、男に大きな衝撃を与えた。先程までの余裕はどこへ行ったのか、半狂乱になり、私を指差す。
「私が何者か、ですって? ……そんなの、どうでもいいでしょう?」
私は薄く笑い、右手を差し出す。
「『深遠なる宝玉』を返しなさい。それはあなたに相応しくない物よ」




