第50話 復活の時
「深遠なる、宝玉……だって……?」
返ってきた言葉は、私が想像しているものとは少し異なった。
驚いて「なぜそれを知っている!」とか、「渡すわけがないだろう!」とか言ってくるものだと思っていたが、私の言葉を聞いた男の反応は、眉を顰めて怪訝な表情をするのみだった。
「あなたが城から盗んだ漆黒の宝玉。それを返しなさいと言っているの」
それでようやく理解したらしい。
男はニヤリと笑い、ポケットから『それ』を取り出した。
「これかい? 残念だが、これは深遠なる宝玉とかいう物じゃないよ。これはね、もっと別の──君が思っている以上の素晴らしい物なんだ」
男は顔を輝かせ、宝玉を天に掲げる。
──まるで自分に酔っているようだなと、私は場違いな感想を抱いた。
「これは魔王の核だ! これこそが魔王そのものであり、魔王に至るための道しるべとなる!」
これさえあれば僕は魔王になれるんだ! と、男は興奮したように頬を赤く染め、早口に言葉を並べた。
「──、」
後ろの方から息を飲む音が聞こえる。
サイレスも、あの宝玉が魔王へと至るための物だとは思っていなかったのだろう。いつも通りの無表情を貫こうとしているが、その瞳は驚きを隠せないでいた。
対して私は──
「へぇー、そう」
内心、とても静かに──激怒していた。
「私の、私だけの宝玉が、魔王に至るための道しるべだと?」
──ふざけるな。
我が『深遠なる宝玉』がその程度なわけないだろう。
あれは確かに私が魔王である唯一の証に他ならない。
私が勘違いをしているのではなく、あの男が間違っているのは明らかだ。どこでそれを間違えて認識したのか。どうしてその程度の情報に惑わされたのか。
正直、そんなことはどうでも良かった。
それ以上に見過ごせないことが、私の視界に映っている。
「そのような勘違いのために、汚らしい手で私の宝玉に触れているのか?」
私はすでに、感情を抑えられるほど冷静ではいられなくなっていた。
この300年。どこでそのような勘違いが生まれたのかは、知らん。知りたくもない。だが、その下らない勘違いのせいで、我が神聖な宝玉に触れられることだけは、どうしても我慢ならなかった。
──ふざけるな。
私は再び心の内で呻き、この時代に産まれて初めて、己の真なる魔力を解放した。
ドス黒い魔力は私を包み、すぐに部屋全体を支配する。私の魔力に触れた建物は軋み、揺れ動き、パラパラと崩壊を始めた。
立っているのもやっとな激しい振動に、私はバランスを保つのも億劫になり、指を鳴らしてその場に椅子を作り出した。
それは私の魔力と同じ漆黒の色をしており、見る者を恐怖させる禍々しい装飾が施されている。天井すれすれまである背もたれと、魔力に呼応して浮かび上がる複数の骸を見た男は、へたりと地面に腰を付く。
6歳の少女には不釣り合いな『王座』にどっかりと腰を降ろし、頬杖を付きながら足を交差させ、狼狽える男を視界に入れた私はゆっくりと口を開いた。
「貴様ら、王の帰還だ──祝福せよ」
亡霊は嘆きと悲しみ、そして喜びの唄を歌い、骸骨の瞳が紅く光り、嘲笑うかのようにカラカラと歯を鳴らす。無数の骨片が私を包むように形成され、亡霊はその周りをぐるぐると飛び回る。
座に封印されている死霊達が、主人の帰還を祝福しているのだ。
久しぶりに聞いた骸どもの宴に、私はその顔に薄い笑みを浮かべる。
──心地良い音色だ。
皆もそう思うであろう?
我が問いかけに、死霊達は更なる不協和音で応える。
「良いな。今日という日を迎えられること、とても心地が良い」
私はひとしきりに笑い──だが、まだやらねばならないことがあると、目を細めて正面を見据える。
「我が宝玉に、いつまで触れているつもりだ?」
「──え」
「腑抜けた面を我に見せるではない。──いつまで我が物に無断で触れているのだと、問うているのだ。無礼者」
私は軽く腕を振る。
たったそれだけの動作で、王座を包む骨は意思を持ったように蠢き、あっという間に男を拘束した。
「それを、こちらに」
男の手から『深遠なる宝玉』が奪われ、私の前に恭しく差し出される。
「ああ、この時を待ちわびたぞ」
宝玉は漆黒に輝き、私が触れた瞬間──形が崩れて私の中に入り込んだ。
──ドクンッ! という心臓の脈動。
「感じる。感じるぞ……!」
私の中の全てが、別の物に塗り替えられていくのを感じる。熱が身体中を這い回り、急激に増幅する魔力に視界が点滅する。
そのことを不愉快には思わず、私はその感触を歓迎し──笑った。
──ようやくだ。
「ようやく私は、我の力を取り戻したのだ!」
笑いが止まらない。
わざわざ私が王城へと侵入しなくても、宝玉は自分から我が元に届いた。
このことを笑わずして、何とする。
先程までは我が宝玉に触れていた無礼者に憤りを感じていた。どのような処罰を与え、殺してやろうかと考えていたが、今となってはそんなものどうでもいい。
思えば奴が運んでくれたのだ。むしろ褒美を与えなければならないだろう。
全てを許せると思えるほど、今の私は気分が良い。
だが──
「返せ! それは僕のだ!」
笑いと嘲笑、振動、軋む音。
全てがピタリと止んだ。
「今、何と?」
「返せと言ったんだ! それは僕の物だ! 魔王になるのは僕だ! 僕こそが相応しい!」
「………………」
一瞬、私は理解が追いつかなかった。
返せ? 僕の物? 魔王になるのは僕だ? 相応しい、だと?
「くくっ、はは──」
「「「「「ハハハハハハハハハハッ!!!!」」」」」」
私だけではなく、亡霊や骸骨達でさえも声を大にして笑ってしまった。
この時代に生まれて一番の冗談に、私は足を叩いて爆笑する。
「何がおかしい!?」
「いや、素晴らしいと思ってな! 過去を遡っても、ここまで面白い冗談で我を笑わせたものはいない。貴様、漫才師の才能があるのではないか? なぁ死霊ども。貴様らもそう思うだろう!? ──ハハハハッ!」
馬鹿にされたと思ったのだろう。
男は顔を真っ赤にして、私を強く睨みつけた。
だが、男は全身を骨で拘束され、身動き一つ取れない状態だ。
その者が放つ殺気など、何も怖くない。
「決して馬鹿にしたわけではないぞ? むしろ感謝している。我のために動き、危険を犯してまで宝玉を取り戻してくれるなど、流石は我が配下だと賞賛してあげよう。我への忠誠は、300年経った今でも衰えていないと見えるな」
私の皮肉に、男は顔を歪めた。
「配下だって? 忠誠だって? 一体、何を……」
「ふむ。まだ理解しないか? やはり、300年経ったことで、人間だけではなく魔族すらも衰えてしまったか。何と勿体無いことだろうか。……なぁ? 貴様もそう思わないか?」
「言っている意味が、よくわからないな」
「わからぬか? ……愚鈍で愚劣な配下とは、我は悲しいぞ」
芝居めいた動作で悲しみを表現し、私は「まぁ、いい……」と男に向き直る。
「ここまで我が宝玉を運んできた貴様への褒美として、我自ら名乗ってやろう」
私は大仰に両手を広げ、声を張り上げる。
「喝采せよ。恐怖せよ!」
亡霊が歌い、王座から生み出された骸骨達が手を叩く。
負のオーラが全てを包み、建物は再び激しい音を立てて揺れ始める。
「我が名はグラムヴァーダ。
原初の王にして、頂点に君臨する絶対の支配者。魔王グラムヴァーダである!」




