第48話 夜の街
暗闇が王都を支配する時間帯。
アトラフィード家が誇る警備が、最も手薄になる時間だ。
私は幻惑魔法で姿を消し、双子を起こさないよう静かに開けた窓から庭に飛び降りた。私の部屋は二階にある。着地と同時に魔法で衝撃を軽減させれば、音は出ないし痛みも感じない。
「……ごめんなさい。お父様」
父親と約束した二つのこと。
──危険なことはするな。
──何かやる時は誰かを連れて行く。
「その約束、守ることは出来ません」
これから起こることは、誰にも見られてはいけない。誰にも知られてはいけない。それは両親にも、エルシアにも、あの双子にも……知られたが最後、アトラフィード家に私に居場所は無くなってしまう。
「これは私の問題。誰も巻き込みたくない……」
黒幕が魔族で、白狼族を実験台に欲していた。
それだけのことならば、まだ良かった。まだどうとでも対処出来る。
しかし、最後にあの男が取り出した球体。
「あれを見逃すことは出来ない」
魔王グラムヴァーダの力の源にして、王たる証。
我が心核──深遠なる宝玉。
あの男は第二師団が動き出したことで手薄になった王宮の警備を掻い潜り、地下に封印されている宝玉を持ち去ったのだろう。
今も騒ぎになっていないことから、何一つの証拠を残さずに潜入したと考えられる。今の時代は全体的に技術が退化しているため、男の隠密技術ならば十分あり得る話だ。
男が『深遠なる宝玉』を奪った理由は、予想が付く。
だが、奴の思惑や理想なんてどうでもいい。
私がこうして無茶をしてでも動こうとしている理由は、ただ一つだった。
「あれは私のものだ。あれに触れていいのは、私だけだ」
私の全てにして、私が私であるための宝玉。
決して、他の誰かが気安く触れていいものではない。
あれに触れることが出来るのは、私の真正面から打ち倒した勇気ある者のみだ。
それ以外が私の『核』に触れていいわけがなく、気安く触れることは私のプライドを刺激するのと同位。
それは竜の逆鱗であり、許されぬ罪なのだ。
「──どこに行くつもりだ」
門を潜り抜け、闇夜の街に繰り出そうとした私の正面から、無機質な声が掛けられた。
「…………サイレス」
数少ない街灯に照らされて姿を現したのは、黒いローブをその身に纏う暗殺者だった。
「幻惑魔法は、掛けていたはずだけど?」
「主人の考えることくらい、わかっている。そして、そろそろだろうと思っていた」
「……そう。流石ね」
予想だけで行動の全てを見通し、時間ピッタリに当ててくるとは……これには私も驚いた。そして、驚くと同時に内心舌打ちする。
「行かせてもらえる……わけじゃぁ、無さそうね」
「行かせると思うか?」
街灯の光に、キラリと反射する小さな光。
サイレスは力づくでも私を行かせないつもりらしい。
その覚悟が本気だということは、雰囲気からも魔力からも、私を見つめるその瞳からも伺えた。
「私のことを見逃しなさい」
「それは出来ない」
「たとえ、主人の命令だとしても?」
「……ああ」
「そう。残念よ」
私は一息、殺意を込めた魔力をサイレスにぶつけた。
「そこから退きなさい」
「出来ないと言っている」
「退いて」
「無理だ」
「……どうして?」
私はわからなかった。
まだ彼との付き合いは短いが、ここまで自分を貫くような男ではなかったはずだ。なのに今、サイレスは私の魔力を全身に受けてなお、一歩も動こうとはしなかった。
覚悟以上の信念を感じ取った私は、狼狽える。
「確証は無い。だが──」
サイレスはそこで言葉を区切り、一呼吸。
「ここでお前を行かせたら、お前はお前ではなくなってしまう。そう思った」
「──っ!」
サイレスは気付いていたのだ。
私があの時何を思い、何を考えたのかを。
そして彼も考えた末に、『私』というものを失わせないために抗おうとしている。
「お願いだから、退いてよ……」
「お願いでも、通すわけにはいかない」
「退け」
「退かない」
ギリッと、歯を強く噛む。
「いいから退けと、言っている……!」
「……公爵家の令嬢が使っていい言葉では無いな」
呆れたように呟かれた言葉に、私はハッと顔を上げた。
「それが、本当のお前なのだな」
「…………見損なった?」
「いいや。そんなわけがない」
「どうして?」
「俺が好きになったのは、シェラローズの気高い心だ。口調が変わったところで心までは変わらないだろう?」
はぁ……と、私は大きな溜め息を吐く。
「──全く、敵わないな」
誰にも邪魔はさせないと思っていたのに、こんなにも早く邪魔されるとは、私も丸くなったものだ。
最近の生活が平和すぎて、感覚がダメになっているのだろうか。……だが不思議と嫌ではない。本当に、不思議なこともあるものだ。
「サイレス。これから起こることは、全て他言無用よ」
「了解した」
「このことが出回ったら、私はあなたを殺すことになる。この国も滅ぼす」
「ああ、わかった」
「……本当にわかっているの?」
如何せん全てに感情が乗っていないせいで、本当に理解しているのか怪しい。
今になってサイレスのことを疑うつもりはないのだが、ここまで単調に返事をされると心配になってしまうのは当然のことで、私はジト目で彼を見上げた。
「俺は昔から口が堅いんだ」
「あ〜、うん。何でだろう、すっごくわかるわ」
私はもう再度、溜め息を吐き出した。
「サイレス、命令よ。私と──共に来なさい」
「承った。我が主」
サイレスも意外と乗り気なのだろう。
口角を僅かに吊り上げ、恭しく頭を下げるのだった。




