第31話 望まぬお客様
それは庭で白狼族の双子と遊んでいた時のことだった。
「…………、……チッ……」
不意に嫌な気配を感じ取った私は、ある方向を見つめて舌打ちした。
こちらに向かって一直線に向かってくる反応が複数。
まだ距離は離れているが、反応の速さからしてここに到達するのは、三分後か……。
「シェラローズさま?」
「こわいかお、どうしたの?」
「──、何でもないわ。ちょっと、ここで待っていて」
二人の頭を軽く撫で、立ち上がる。
「エルシア。二人の側から絶対に離れないで」
「お嬢様? 一体何を……」
「お客様よ。絶対に守って。出来るわね?」
「──っ、かしこまりました」
数少ない言葉だけで理解してくれた忠実なる専属メイドに感謝しつつ、私は「行ってくる」とその場を離れる。
しかし──
「「シェラローズさま!」」
後ろから両手を引っ張られる感覚。
首と上半身だけを動かして振り向くと、双子が泣きそうな顔で私の腕を片方ずつ握っていた。
「いっちゃ、だめ」
「いかないで……」
白狼族は身体能力が飛び抜けているだけではなく、非常に勘が鋭い。
私がどこに行こうとしているのかを、何と無く察したのだろう。
ティナはいつも私に「大好き」だと、とても明るい笑顔と共に言ってくれる。
ティアも恥ずかしがっているのか口数は少ないが、その代わりスキンシップで好意を示してくれる。
──このまま強引に引き剥がしたら、きっと二人は泣いてしまう。
それほど二人は私に『依存』している。
唯一の母親代わりなのだから当然と言われればそうなのだが、だからこそ私は行くべきなのだ。
私は二人を育てると言った。
こんなところで邪魔されるわけにはいかない。
「お願い。エルシアと一緒に居て?」
「でも……そっちは、だめ」
「いっちゃったら、あぶない」
「私は大丈夫。ちょっとお客様と話してくるだけだから。怪我なんてしないわよ」
「ほんとう?」
「ほんとうに、あぶなくない?」
「ええ、本当よ。お話だけで終わらせるわ」
私は小指を差し出す。
最初はその意味がわからずに首を傾げる双子だったが、すぐに理解したらしく二人分の指が絡みついた。
「けが、したら……はりせんぼん!」
「やくそく、して!」
「ええ、絶対に……守るわ」
私達は指切りをした。
…………さて、これで絶対に約束を守らなければならなくなってしまったな。
反応は多数。漏れ出る魔力からかなりの実力者達であることは確実。私が出会った人攫いの三人とは比べ物にならない。
……その中でも別格の魔力を放つ者が一人、おそらく彼らの頭だろう。
エルシアに視線を移す。彼女はゆっくりと頷いてくれた。
「……頼んだわよ」
「はい。お嬢様に代わり、命をかけてお守りします」
その言葉に満足した私は、屋敷の大門にて望んでいないお客様を待ち伏せしていた。
あちらも私の存在に気付いたのだろう。反応が一瞬揺らいだが、そのまま強行突破を決めたようだ。
相手が一人だからと侮ったか? ……いや、腕の立つ者が、その程度のミスを犯すわけがない。なのに私に真っ直ぐ向かってくるということは、奴らは私に用があるのだろう。
そして、それは当たっていたらしい。
急接近していた反応が──止まった。
それは私の前で、ピタリと。
私は閉じていた瞼を開き、お客様をこの目に捉えた。
目に見えるのは一人。黒装束を全身に包み、顔まで隠した暗殺者風の者だ。姿を見ただけでは男か女かの判断はつかない。女のように華奢な体つきをしているが、見た目で判断してはいけない異常な魔力量が、奴の周りに黒いオーラとなって滲み出ている。
はっきり言って不気味だ。
奴がこの襲撃者達のリーダーだというのは、嫌でも理解出来た。
「シェラローズ・ノーツ・アトラフィードと申します。襲撃者の皆様、どうぞよしなに」
私はドレスの裾を摘み上げ、優雅にお辞儀した。
その間、奴らは微動だにしていない。
待ち伏せていたのが女……しかもこんなに幼い少女だとは思っていなかったのだろう。そのような戸惑いの色が見え隠れしていた。
「ふふっ、そんな緊張せずにもう少し肩の力を抜いたらどうかしら?」
「…………お前は、何者だ」
「それはこちらの台詞だけど……まぁいいでしょう。教えてあげる」
私は瞬時に魔力を練り上げ、事前に詠唱を終わらせて待機させていた魔法を発動させる。
「──あなた達を捕える者よ」
次の瞬間、周囲からドサドサと木の上から何かが落ちるような音がした。
視線だけを動かすと、潜んでいた侵入者の全てが地面に倒れ伏していた。立ち上がる様子は無く、ピクリとも動かない。
「っ、お前──!」
「ああ、安心して。殺していないわ。ちょっと、眠ってもらっているだけ」
「……シェラローズ・ノーツ・アトラフィード。アトラフィード家の一人娘。病弱と聞いていたが?」
「つい先日元気になったわ」
「…………」
顔は見えないが「嘘つけこのやろう」と言いたそうにしているのはわかった。その反応に笑いそうになるが、今は楽しくお話をしている暇はない。
「あなた達の目的を聞いても良いかしら?」
「ああ、教えよう──これを、避けられたらな!」
予備動作なしで暗殺者の手元から、キラリと光る何かが放たれる。
それは糸で結ばれているかのように、迷いなく私の脳天目掛けて飛来した。
「おっと危ない」
私はそれを──二本の指で摘んだ。
「短剣、しかも毒入りか」
その毒もかなりの危険性を持っていた。少しでも擦ればそこから爛れ続ける。そんな劇薬だ。
今の暗殺者はこのような危険な物を平然と扱うのか……。
今後、こういう相手を敵に回す場合は慎重に行動しなければならないな。私一人ならば問題なく対処出来るが、他の者……エルシアや双子も一緒だと、守りながら戦うのは骨が折れる。
「どう、してだ……!」
と、暗殺者の呻くような声が耳に届き、私の思考は中断させられた。
「どうして貴様は──それを平然と手に持っていられる!?」
暗殺者が指差すのは、私の手にある短剣だ。
私は遅れてその意図を理解し、それを適当な場所へ投げ捨てた。
「脳天に来たから掴んだ。それだけの話だけど?」
「それだけの話、だと……? 意表を突いたはずだ!」
「ええ、ちょっと驚いたわ」
「…………うそ、だろう……そんな馬鹿なことが……」
暗殺者は頭を抱え、狼狽の声を上げながら後ずさる。
確かに短剣が投擲されるのは予想外だった。あそこまで圧倒的な戦力差を見せつけても尚、歯向かってくるとは思っていなかった。
──だが、それがどうした。
ずっと驚いているわけがないし、意表を突かれたところで負ける私ではない。
「絶望的状況でも、仲間を置いて逃げずに立ち向かうその勇気は賞賛に値するわ。でも、もう一歩足りなかったわね」
私は双子と約束したのだ。
怪我せずに帰ってくると……。
だから、この程度で怪我するわけにはいかなかった。
「子供相手に真正面から圧倒された挙句、敵に賞賛される、か……」
呆れたように呟いたその言葉は、とても弱々しいものだった。
暗殺者は腰を下ろし、首を下に項垂れる。
「…………殺せ」




