第13話 信じている
質疑応答を交えながら授業を進めること二時間。
そろそろ昼食の時間になる辺りで、コンコッドによる一日目の授業は終わりとなった。
「本日の授業は終了です。お疲れ様でした」
今日の授業は、はっきり言ってしまえば復習だった。
すでに知っている知識をもう一度習うのだ。その言葉が一番相応しいだろう。
「誰かを教えるのは久しぶりだったので、緊張しました」
「……いいえ、本当に分かり易かった。これからもコンコッドに授業を頼みたいくらいよ」
「お嬢様にそう言っていただけたのですから、使用人冥利に尽きるというものです」
すでに様々な魔法と魔術を極めた私から見てもコンコッドの説明はとてもわかりやすく、一つ一つが要点を捉えていたので、そこで何が一番重要なのかを見極めることが可能だった。
「コンコッドは本当に多才ね。お父様との契約が無ければ、きっと素晴らしい教師になっていた。……正直、勿体無いわ」
「そうですね。もしこの仕事が約束されていなければ、私は教師を目指していたのかもしれません」
「…………後悔、してる?」
「シエラお嬢様……少し失礼します」
コンコッドは立ち上がり、私の両脇に手を伸ばして小さな体を持ち上げた。
「後悔はしていません。むしろ感謝しています」
「……え?」
「ここは素晴らしい仕事場です。どこよりも温かく、人に恵まれている。そして何より……」
コンコッドの手が伸ばされ、私の頭を撫でる。
ガラスを扱うかのような丁寧な撫で回しは、それだけで私を大切に思ってくれているのだと理解出来た。
「こんな可愛らしいお嬢様相手に教師役を勤められる。今はそれが嬉しく思います」
「コンコッド……これからも、お父様のことを頼んだわ。あの人は、その……少し危ないところがあるから」
「──ぷっ、ははっ! そうですね。あいつは少し危ないところがありますね。……にしても、まさかあいつも娘に言われるとは思っていなかったでしょうね」
コンコッドはおかしそうに笑い、私の言葉に同意した。
普通に危ない人だから心配してのお願いだったのだが、どうやらそれは彼にとってのツボだったらしい。
ひとしきり笑った後、満足気に私の頭をポンポンと優しく叩き、静かに私の体を地面に下ろした。
「ええ、シエラお嬢様に誓いましょう。あなた様が成し遂げた頑張りを無駄にしません、絶対に」
私の前で片膝を付き、手の甲にキスをしてそう誓ったコンコッドの瞳は──とても綺麗だった。
いつもはニコニコと柔和な笑みを浮かべている彼の、ひどく真剣な眼差し。それは魔王である私がドキッとしてしまうほど、魅力的に感じられた。
「……はい」
普通ならば令嬢の方が照れて誓いどころではないのだろうが、それは彼の決意を無駄にする行為なのだと理解していた。
──だから、ここで狼狽えることはしない。
私は騎士のように忠実な従者の手をぎゅっと握り、微笑みを持って答える。
「信じているわ、コンコッド」
「………………」
「えっと……コンコッド……?」
コンコッドからの応答がない。
彼は呆けた顔を晒し、私を見つめたまま固まっていた。
そろそろ大丈夫かと心配になって目の前で手をブンブンと振ると、ようやくコンコッドがこっち側に帰ってきてくれた。
「す、すいません! 使用人ともあろうものが、お嬢様に見惚れてしまうなど……!」
「まぁ……私に見惚れてくれたの?」
「──ハッ! も、申し訳ありません! これは違くて、ああでも違くはないのです!」
コンコッドは誰の目から見ても焦りまくっていた。
「ふふっ、あははっ……!」
初めて見た彼の情けない姿を見た私は、吹き出してしまった。
イケメンが本気で焦りだすとこうなるのか。それは何百年と生きていた魔王でも知らなかった。
新たな発見と意外な人物のそのような姿。笑うのを我慢するのは、無理な話だった。
「あは、はは……ごめんなさい。コンコッドのそういう姿を初めて見たから、つい……。ふふっ、あなたも焦ることがあるのね」
「面目ないです。お嬢様に恥ずかしい姿を見せてしまって……」
「いいえ、とても新鮮だったわ。私はそういうの好きよ? これからも見せてくれると嬉しいわ」
「…………勘弁してください」
悪戯っぽく笑う私に、コンコッドは困り顔でそう言ったのだった。
◆◇◆
「シエラ、授業はどうだった?」
家族三人で取る昼食。
そんな時にふと、父親がそう聞いてきた。
やはり気になっていたのだろう。
その言葉に反応したのは、母親とメリダ、そしてコンコッドの三人だった。
「……コンコッドの教えは素晴らしく、私でも問題なく理解することが出来ました。彼はこれ以上にない教師役を勤めてくれると期待しています」
「そうか、それならば良かった。コンコッドは昔から教えるのが上手でな。私も学生時代は世話になったものだ」
「あら、そうなのですか? てっきりお父様も問題なく学業を収められたのかと思っていました」
父親は小さな頃から公爵家当主になると決まっていた。
だから必死に勉強したのだと思っていたが、コンコッドの表情を見る限りそうではないようだ。
「旦那様は学生時代はとてもやんちゃはお方で、定期テストが近づく度に泣きついて来たものです」
「ちょ、コンコッド!? それは言わない約束だろう!」
「ふふっ、申し訳ありません。つい口が滑ってしまいました」
「……ったく……まぁ、そういうわけでだ。シエラも気をつけるのだぞ」
「はい。心配には及びません。私もいつか当主となる身、今の内から学べるものは全て学んでおきたいと思っていますので」
私がそう言うと、食事の場が静寂に包まれた。
……何か、おかしなことを言ってしまっただろうか?
そう思って見渡すと、全ての顔に「驚いています」と書かれていた。
「さ、」
「さ、」
「さ、」
──ん?
「流石は私の娘だ!」
「流石は私の娘ね!」
「流石はお嬢様です!」
三方向から同じことを言われた私は、咄嗟に仰け反った。
「父親として鼻が高いぞ! なぁ、カナリア!」
「ええ、あなた! シエラちゃんがそれだけ強く思ってくれていたなんて……本当に良い子に育ってくれて、私……うぅ……」
「旦那様、奥様、落ち着いてください。今日は赤飯にしましょう。いえ、もういっそのことパーティーを開きましょう!」
いつもの三人が騒ぎ始めた。
貴族らしい優雅な昼食の雰囲気が、一気に崩れ去った瞬間であった。
「……?」
対して私は、どうしてこうなってしまったのかを理解出来ず、訳がわからないまま首を横に傾げるのだった。




