第39話〜崖の上の教会
「……で、私をどうする気なの」
あのオークションが終わり、俺たちは商品と代金を交換しに来た。
少女の姿は、他の奴隷とは違いそのままの装備で、昔の日本にいたと言われているクノイチを連想させる装備だ。
「なぁ、こいつ奴隷のくせに生意気じゃね?」
「まぁまぁ、落ち着けグリム」
こいつの表情は常に恐怖している顔だ。
両手両足に枷をつけられ、2人の男から見下ろされれば恐怖もするだろう。
特にグリムなんかは3m越えの巨人で、そこそこ人相も悪いし、言葉遣いもあまり丁寧でない。
「…怖いか?」
「………………」
「…だってよ、グリム」
「…って、俺かよ!」
それはそうだろう。
俺みたいな一般人に恐怖することなんて何もないからな。
でも、こいつの心情はどうでもいい。
俺は自分の中の疑問を解消し、また、新たに色々な情報を得ることが目的だ。
「……なぁ、シャーペンって知ってるか?」
「え?え、知ってるけど」
「どんなのだ?」
「カチカチ押したら芯が出て、それで紙に文字とかを書くものでしょ?」
「決まりだな」
「……え?」
今の質問を受けて俺がもしかしたら日本勢って疑問が浮かんでこないこいつは異常なくらいの馬鹿だが、俺はこいつの返答で確信した。
この女は俺と同じで異世界転移者だ。
でも何でこんなところに?しかも女で、全然強そうな感じがしない。
ここはアイリスからも王都からも相当遠い港町アルトラだ。
あの時の生き残りがここまで来れるとは思えない。しかも1人で。
何者かの手引きがあれば脱出も可能かもしれないが、確かあそこには巨大ワイバーンの時もいたヒストリアという女性がいた。
並みのものでは手も足も出ないと思う。
「お前はどこから来たんだ?」
「…分からない。気づいた時にはもう森にいて、それから…人がたくさん死んで…」
「どこでだ?」
「詳しくは分からないけど確か森の中…白い獣に襲われて、助かったと思ってたら1人が単独行動した瞬間に女の人が変身して……ここまでしか覚えてない」
ああ、こいつは俺がいた所の生き残りだ。
もしかしたら、この世界にはまだ別の転移勢がいる可能性があったが、こいつはどうやら違うらしい。
確かに俺はもう1人が誰なのか分からなかった。しかし、こんなところで会うなんてどうな偶然だ?
「グリム。鍵を貸してくれ」
「お?良いけどよ。どうす…おい、まさか」
「予想どうりだから鍵を貸せ。俺のだぞ」
「チッ!へいへい」
俺は3種類の鍵で彼女にしてある枷を解いていく。
すると彼女は手首を優しく擦りながら、少しずつ俺とグリムから距離を取っていった。
「ど、どういうつもりなの?」
「簡単だ。お前の言っていた単独行動者は俺のことだ」
「………へ?」
真顔の状態から「ありえない」みたいな顔つきに変わった。
すると彼女は顎をさすり、少しの間考えたのちに手のひらをポンと叩く。
「あ〜!あなたも日本人なわけね」
「そういうことだ」
「おいおい、俺は話についていけないぜ…」
隣の大男は情けない言葉を発しながら俺の肩を叩いてくる。
グリムの低スペックな脳みそはよく理解しているが、この件に関してはグリムの言葉は至極当然のこと。
分かるのは、俺たちと同じやつらだけだ。
「さっきの質問を少し変える……どうやって来た?」
「……どうやって?」
こいつもグリムと同じくらい脳みそのスペックが低いな。同じ日本人とは思えない。
それともとぼけているのか?
「とぼけるな。ここはそう易々と来れるような場所じゃない。誰とどうやって来た?1人なわけないよな?」
「え、ええ…どうやって来たかはよく分からないけど、確かに2人で行動しているわ」
「よく分からないけど2人で行動?お前は大丈夫か?知らないやつと行動して」
「大丈夫よ!助けてくれた人って自分で言っていたもの」
「…はあ?自分で何言ってるか分かってるか?」
「な、何か間違ったこと言ってる?」
頭の悪い以前にどんな教育を受けてきたんだ。
知らないやつについて行ってはいけない。これは誰もが知っている常識だ。
こいつは頭が悪いんじゃない。頭がおかしいんだ。大切なネジが何本も飛んでいる。
いや、こんな世界だからこんな風になってしまったのかもしれない。普通あの光景を見れば誰でも良いから頼りたくなるのは一般的には当たり前だろう。
「で、女か?まさか男じゃないよな?」
「ん〜とよく分かんないね。顔見たことないし、声も変えてるみたいでちょっと間抜けな声なの」
「得体の知れないものだな」
「おいレン。こいつは結構ヤバいぜ?」
「こんな幸せな思考してるから奴隷なんかにされそうになるんだ」
まったく…本当に金の無駄だったぜ。
でも、俺の喉に引っかかっていた疑問を解消できたのは大きな成果だと思う。
こいつは他に使い道がなさそうだな。
「もう良い、行っていいぞ」
「え?」
「ま、マジかよ!こんな上物…」
「黙れグリム。これは俺の物だ。どうしようと俺の勝手だ」
「ちっ!もったいねぇ」
別に気分転換以外の目的であんなとこには行っていない。もともとは奴隷を買うなんてつもりは微塵も無かったのだから。
でも、目の前に何か重要な物が転がっていると手を伸ばしてしまうのは当たり前だろう。
そんなことを思いながら、彼女の背中を見送る。
すると不意に振り返り、何かを思い出したように話し出した。
「あ!助けてくれてありがとう!」
「気にするな。助けたわけじゃない」
「私の連れはね、確か教会に居るって言ってたの!お礼に私のお金あげるから会いに行ってみて!その人が全部管理してるから!」
連れられてるのはお前の方じゃないか?とは思ったが、話が進まないので黙っておくことにする。
「あのな…お前も来なくちゃ意味ないだろ?」
「それもそうね。じゃあ!明日現地に集合しましょ!」
明日…確かにそいつのことはだいぶ気になるが、今更ながら面倒になってきた。
それに教会としか聞いていないため、その教会がどこにあるのかは分からない。
「なぁ、それってどこに…」
「もう行っちまったぜ?」
「まったく…」
あいつ本当にバカだな…目的地も言わずに去っていくとはありえない。
それにあいつは明日集合と言っていた。
でも、そいつが教会に行くと言っていたのは今日の話。2日続けてそいつが教会に足を運ぶ保証はどこにもない。
「とりあえず宿に行こう」
「お、賛成!」
「お前は早く働けよな…」
「分かってるって」
甲斐性なしのグリムを少しだけ責め、歩き出す俺たち。
明日になればいろんなことが分かる気がする。




