第28話〜マリーフィア家の夜(後編)
顔を赤らめ、扉からゆっくりと姿を表す少女。
その姿は、ボディラインを強調する白い服。
「お、お前は…」
いろいろなところに目がいってしまう。動揺していることがバレバレだ。
すると彼女はそんな俺を見ながら、その豊かな胸を抱きかかえ、上目遣いで一言。
「ハンター様…抱いて…下さい…」
「---ッ!」
そんな彼女に思わず手を伸ばしてしまう。しかし、俺は唇を噛み締め、手を思いっきり握り、これを必死に耐える。そして…
「スペル・ウォーター…冷たっ!」
水の呪文を唱え、俺の頭上には青い球体が現れる。そしてそれは俺の意志に従い頭に落ちて爆発する。
「クソッ!」
俺は冷静になった一瞬で窓辺に駆け寄り、勢いよく窓を開ける。
これは恐らく性欲を増進させる薬だ。
あの老紳士、侮れない。
そんなことを考えている俺は窓辺で深呼吸している。この中よりはマシだろうと思ってだ。
しかし、そんな俺に彼女はさらに追い討ちをかけてくる。
「なっ!…」
「ハンター様…」
俺の腰から腹にかけて細い腕が回ってくる。そして背中に当たる柔らかい感触。おまけにこの誘う様な甘い声…
俺は自分の中で起こる気持ちを抑えるので精一杯だった。
「ハンター様…この様なところでは何もできませぬ。早くベッドの方へ…」
「うる…さい…俺から離れろ…」
そう言いながら俺は彼女の手を掴む。しかし、俺の力が入っていないせいか全く解ける気がしない。
いや、これは俺のせいだけじゃない。だいたいこんな細い腕、力の入っていない俺でも少しくらいなら動かせるはずだ。
しかし、彼女の手は全くビクともしない。
「無駄ですわ…」
「うぉ!」
空を見ていたはずの俺の視界は、一瞬にして部屋の天井を見ていた。
「な、何が…」
「私…他の人より力が強いのです」
天井を見ている視界に彼女の姿が映る。
今俺たちは、俺が仰向けになり、彼女がその上に四つん這いで乗っている状態だ。
両手は彼女の手に抑えられていて全く動かない。足も同様に。
「では、始めましょう…私こう見えても初めてなので、手取り足取り教えてもらえますでしょうか?」
彼女の赤い顔が徐々に俺の顔に近づいてくる。
だが、こんなにも積極的な彼女の手は震え、平静を装っているが少し恐怖の色が浮かべられている。
唇と唇が後数センチでくっついてしまう。しかし、このままで終わる俺じゃない。
「ハンター様…って痛ッ!」
「ふぅ…」
俺は彼女の唇とともに近づいてくる額に思いっきり頭突きを食らわす。
すると彼女はよろめき、「い、痛いですわ!」と言って俺の上から離れる。
しかし、現状を打開できてはいない。薬の効果はまだ俺の体内には薬の効果が残っている。
ゆえに彼女の性を想起させる格好は俺にとって毒だ。
「はぁ、はぁ…なんでこんなこと…」
彼女は自分の赤くなった額を押さえながら、俺の顔から目をそらす。
「それは…あなたに惚れてしまったのです…」
「嘘だな」
「う、嘘ではありません!」
「じゃあ、なんで震えていた?怯えていた?俺だってこの行動が不本意であったことくらいわかる」
一瞬だけムキになりかけたが、俺のセリフを聞いた後すぐに目をそらす。
「やはり王国か?」
「い、いえ…違い…ますわ」
「だいたい予想はついていた。おかしいだろ?どんな理由があれ、一介のハンターが貴族のパーティーに呼ばれるなんて」
彼女は恐らく嘘がつけない。後ろめたいことがあると行動に出てしまう様だ。だから、俺が王国の話に触れた時とっさに目を逸らしたのだ。
「はぁ…じゃあ交渉だ。お前が真実を話せば…その、そういうことにしてやる」
「ほ、本当ですの?」
「ああ、だから…本当のことを言え。それならお互い得だろ?」
俺は平静を装うので精一杯だ。薬の効力がどんどん治まってきているが、彼女がもっと大胆に攻めてきたら確実に手を出してしまう。
恐らくこれがあの老紳士、いや、王国の狙いかもしれない。やはり、貴族のお嬢様に手を出したのならタダじゃ済まないだろう。
彼女はしばらく顎に手を当て、考えるとこちらを向き、口を開く。
「ふふ、気に入りましたわ…確かにあなたの言う通りですわ」
彼女は口元に手を当て、上品に笑う。
「あなたの言うことは確かにあっています。しかし、全てではありませんわ」
ここで彼女の家のことが話される。
このマリーフィア家は他の上級貴族と比べ、
不利な立場にある様だ。
なぜ、王国一の財力を誇るマリーフィア家が不利な立場にあるのか。確かに財力だけで言えば右に出るものはいないだろう。
しかし、他の貴族には武力で圧倒的に劣っているところがあるのだ。
この国には魔導騎士という制度がある。その魔導騎士はこの国最強の騎士の称号である。
その魔導騎士たちはくらいの高い貴族、王族の後ろ盾としてつくことになっている。
なぜなら権力者というのは財力も武力も圧倒的でないといけないからだ。
だが、魔導騎士は現在6人。しかし、王族、上級貴族は全部で7人。
なので今、マリーフィア家には後ろ盾がいない状態。力で言葉を通されれば、このマリーフィア家は言うことを聞かざるを得ない。
「王国から下された命令はただ1つ。あなたの機嫌を取れ…と…」
「体を売れと言われたのか?」
彼女は目をつぶり、ゆっくりと首を縦にふる。
「これが私たちの知る全てです」
「全て?」
「はい…なぜ、この様な命令をされたのかは、私たちにも知らされていません」
恐らくこの家は俺に近いからだろう。だから、感づかれるのを恐れて使えなかったのだ。
話し終えた彼女は、申し訳なさそうに手を挙げる。
「あの…怪しまれないためにも、今夜ここで寝てもいいですか?」
「ああ…」
やむおえない。真実を話せばそういうことにすると言ってしまったからだ。
「では…」
そう言いながら、彼女は俺の横に寝転ぶ。
「仕方ないな」
俺はそう言って目を閉じる。
すると横から…
「私は、先ほど紹介しました。マネア・マリーフィアですわ」
「ああ、通りで見たことあると思った」
そんな他愛もない会話をしながら俺たちは朝を迎える。
---あの夜、この部屋に差し込んできていた月の光は、すっかり消え、青空が窓から見えた。
俺は起き上がり、横で気持ちよさそうに寝ているマネアの顔を見る。
恐らく薬の効果は切れた。どこから漂ってきたか分からないが、元も効力を失ったのだろう。
「はぁ…散々な夜だった…」
俺が頭を押さえていると、ドアがノックされ、そっと開かれる。
「あのぉ…レンさん?お部屋ここって聞いたんですけ…ど…」
入ってきたのはルナだった。ルナは入ってきたと同時に俺と目があう。
「え…いや…レ、レンさん…」
やばい、これはあらぬ誤解が今生まれようとしている。なんとか、誤魔化さねば…
「ち、違うんだ。これは…」
俺がそれを言おうとすると、横から袖を引かれる。
「すみません…この屋敷内では言わないでもらえますか?」
「いや、しかし…」
俺たちが小声でこそこそ話しているのを見ながら、ルナはポカンと開けた口で喋り始める。
「レンさん…ミーナさんと先に宿へ帰ってますね」
口元を少し緩めた。だが、全く笑っていない。特に目が…なんだか死んでいる様だ。
「お、おい…」
「ではごゆっくり!」
ドアが壊れてしまうくらい強く扉を閉める。
俺も話を聞かないままその場を去ってしまった。
「ふふ、随分と好かれておいでですわね」
「そうか?」
「苦労しそうですね」
「……………」
これはどちらに向けられた言葉なのかよく分からない。
しかし、ただ1つ言えることがある。
これは面倒になったな…
俺は荷物をまとめ、まだ寝転がっているマネアに一言挨拶をし、マリーフィア家を後にした。




