番外編1〜イビルアイの誕生
この国、いやこの大陸には幾つもの街がある。そのまちの名前はその街の領主の家名と同じになる。
それを踏まえた上で聞いて欲しい。
これは昔々の物語。現在の宿場町アイリスがまだスレートという街だった頃の話。
その街は当時から栄始めていた。人々は他の街との交渉を活発化させ、徐々に壁を拡張していき、街を発展させていた。
確かにこの頃の街は休む暇もないくらい大変な日々だった。だが、人々はとても生き生きとしていた。もちろん発展していく街の様子を見る事に生きがいを感じているものもいたが、もう1つ理由があった。
「リリィちゃん!エールもう一杯!」
「お、俺も!」
「じゃあ!俺も!」
「はーい!」
ここに昼間から大繁盛する酒場がある。そこには壁の拡張に携わっている大工や仕事終わりのハンター。挙げ句の果てには別の酒場の店主までいる。
この異常とも言えるほどの客足にはちゃんと理由があった。
「はい!お待ち!」
ドン!と机に置かれるエール。しかし客が見ているのは酒場の店員だった。
その銀の長髪は人の目を惹きつけ、その完璧とも言える容姿は人々を虜にする。そしてその愛らしい立ち振る舞いは誰もが愛でるのも無理がないほどに美しい。
そう、これがこの街が活気にあふれているもう1つの理由。
それはこの街で知らないものがいない程有名な美少女の存在だった。
彼女の名前は【リリィ・マクミル】…この酒場には彼女目当てで足を運ぶものがほとんどだという。
「リリィちゃん〜俺と南山まで行かない?」
彼女は美人で性格もいい。これを放っておく男はまずいない。ゆえにこれはいつものように繰り返されるやりとり。
その度に彼女はこういうのだ。
「ダメです!私の家は貧しいのでたくさん働かないといけないので行けません!」
「え〜」
彼女の家が貧しいのは本当だ。
彼女の両親はもともとあまり体の強くないため、たくさん働く事ができないのだ。
「すみません」
「じゃあ!俺が養う!」
「いや!俺だ!」
「またまた冗談ばっかり」
彼女は口を手で覆いながら優しく微笑みそう言う。そんな彼女の言葉を訂正するものはいない。
「養う」というのは本心だが、誰もがその笑顔を魅了され言葉が出ないのだ。
「どうしたんですか?」
「「「い、いや何でも…」」」
まぶしすぎる彼女のことを直視できない男たちはみんな一斉に違う方向を向く。
「あ、そう言えば南山には何かあるんですか?」
「あ、ああ、さっきのことか…実はな最近突如あの山の中腹に花畑ができたらしんだ。だから…一緒に行こうかと…」
「ほ、本当ですか!?」
目を輝かせながら男に彼女の顔が近づく。その男はバタンと後方へと倒れてしまった。顔を真っ赤にして。
「だ、大丈夫ですか!?」
この時この酒場の全員が思った事があるという。
(自覚がないのが恐ろしい…)と
リリィは次の日の早朝酒場の店主に呼ばれた。
その内容とはリリィに1日休みをくれるというものだった。理由は簡単。彼女はその不思議な花畑の話を聞いた時の態度にあった。
まるで子供のような表情だったからだ。そんな表情をされては店主もかなわないと思ったのだろう。
「い、いいんですか?」
「あぁ、街は少し寂しくなるがな。楽しんでこい!」
店主は笑いながら親指を立てる。
そんな自分より小さな男ににっこりと笑いかけ、早速荷物の支度をしに帰る。
「やっぱり行かせるんじゃなかったなぁ」
微笑みかけられた店主は赤くなった自分の頬を掻きながらそう言った。
---少女はお気に入りのカバンに本と食べ物と紙とペンを入れ出発する。もちろん通行証もしっかり持って。
「行ってきます!」
「「行ってらっしゃい」」
優しい両親の声を聞きながら元気よく出て行くリリィ。
手を振り、目的地を目指す。
そのあとの街の様子はご想像の通りである。
リリィはもう既に街の外へ出ていた。
爽やかな平原の風を感じながら南山まで目指す。彼女の心の中はワクワクでいっぱいだった。
「楽しみだなぁ」
高鳴る胸を抑え、再び歩き出す。
南山とはレンたちが最初に転送されてきた場所である。しかし、昔の南山の表側、アイリス方面は比較的安全だったらしい。昔の話だが…
だからこそ少女1人での外出もこの時までは許されていたのだ。
「ついた…」
彼女は少し抜けたところがあった。
あまりにも急いで来たため、自分のスカートが長いことを忘れていたのだ。普通なら30分の道のりを彼女は1時間かけて登ってきたのだ。
しかし、そんなことは苦にならない様な光景が広がっていた。
視界一面には様々な季節の花が咲き乱れていた。
今は春なのに対し、夏や秋や冬の花が目の行くところ全てに咲いていた。中には見たことのないものもあった。
「なんて綺麗な光景なのかしら…」
彼女の言葉はたったこれだけだった。まるで花に取り憑かれている様に花畑の中心へと足を運ぶ。
そして座り込み花の1つに手をかける。
すると
「キャッ!」
「ブワッ」と彼女とこの花畑を抜ける強い風が吹く。
するとどこからともなく声が聞こえてきた。
『誰じゃ?妾のものに手をかける輩は』
「え?」
リリィは首を左右に振り、この花畑一帯に誰もいないことを確認する。
「フゥ」っと耳元に息がかかる。
リリィは恐怖で動けない。声も出ない。
『何じゃ?怯えおって…ん?」
やはり周りには誰もいない。だが、次の瞬間いきなり顎が上に持ち上げられた。
『お主…美しいの…妾のこの花畑が霞むほどに…』
「そ、そんなことは…」
『ふふ、声が震えておるわ。お主怖いのか?』
目をキョロキョロさせるが目の前にいるはずのものはいない。もし、後ろから来た手だとしてもその様なものは見つからない。
声の主が分からないこの状況はリリィを簡単に恐怖に追い込んだ。
こめかみを伝ってくる汗。中心へと力の入らない足。震える手。いちいち鮮明に伝わってくるその感覚は彼女の恐怖心をさらに煽る。
「はぁ、はぁ…」
『よし、お主に決めたわ」
「え?」
その言葉が聞こえた瞬間リリィの視界は真っ暗な闇の中へと誘われた。
バタッとリリィはその場に倒れた。
(ここで死ぬんだわ…きっと…ごめんなさい。店主さん。ごめんなさい。街のみんな。ごめんなさい。父さん、母さん…)
薄れ行く意識の中彼女はそんなことを思った。そんな彼女の彼女の頬には涙が伝っていた。
---リリィが目覚めたのは自分のベッドの上だった。
なぜ彼女がこんなところにいるかというと花畑に行った彼女を追いかけて行ったハンターがその花畑があった場所に倒れているリリィを見つけ、ここまで運んできたためだ。
その時、花畑は既になかったという。
しかし、今の彼女はそんなことに頭を使っているほど余裕はなかった。
激しい目眩と吐き気。そして寒気。呼吸は荒く心臓の音が耳元で鳴っている様な感覚。
自分の体が自分のものでない様に動かない。
すると扉の向こうから自分の両親の声と話している声が聞こえた。
「娘は治らないんですか!?」
「すみません…我々も原因が分からないのです。我々3人は医者を続けて長いですが、こんな症状は見たことない」
「症状自体は他の病気でもあり得ることです。しかし、この様に寄せ集められたのは見たことないです」
「そんな…」
リリィは重い瞼をあげこう思った。
自分はここにいていいのか、ただでさえ貧しいうちの家庭に医者なんか呼んで大丈夫なのか。
歪む天井。これは病気のせいじゃない。こみ上げてくる涙のせいだ。嬉しさ半分罪悪感半分の悲しい涙だった。
次の日には町中に噂が立っていた。
「リリィは呪いにかけられた」「リリィは神に魅入られた」などと…そして誰もリリィには近づかなくなった。
呪いというのはこの当時から知られていた。
しかし、これは現在になっても真相は分からずこの時も自分にリリィの呪いがうつらないよう誰も近づくものはいなかった。
街の人も、医者も、最終的には両親さえもリリィに近づこうとはしなくなった。
彼女は頼るあてのないままベットに寝込み続けた。不思議と空腹や便意などは全く起こらなかった。
リリィが呪いにかかって約一週間が経った。
未だリリィの熱は下がらず体も思うようには起こらなかった。
時が止まったような彼女は何も考えてはいなかった。食事も何も必要ない。周りに自分を見てくれる人もいない。
そんな悲しい時の中にいる彼女はいつしかこう思うようになった。
「死にたい…」
するとバタンと扉が開いた。
誰もろくに開けはしなかった扉が突然開いた。そこからは暖かい光を背にして立っている1人のドワーフの姿があった。
「だ、誰?」
その声にハッとしたそのドワーフは急いで駆け寄り持っている医療道具箱を開いた。
「大丈夫!君は私が助ける!」
当時彼は医者の卵だった。隣町まで医者の勉強をしていた彼はこの街の噂を聞き、急いで駆けつけたという。
街の医者は全員さじを投げ、街のみんな両親を含め全員が彼女のことを見限った。
恨まれても仕方ない。どんな暴言も暴力もまとめて受ける覚悟できた。
ここで彼女を救わなければ自分は医者失格。
心も体も救ってこそ自分は胸を張って医者と呼べる存在になれるのだと。
だが…彼女から出てきた言葉は予想からかけ離れているものだった。
「はや…く…逃げて…下さい…あ、あなたに
もこの…呪いが…移ってしまいます…」
「---ッ!」
そのドワーフの目から突如熱いものが頬を伝ってきた。やりきれない気持ちに一杯になり、胸を思わず抑える。
(あぁ、なんて優しい子なんだ…こんな状況に置かれてまで他人のことを心配するなんて…)
「駄目だ…まだ喋るな。きっと私が助けてみせる…だから絶対に諦めないでくれ…」
もう、ドワーフの涙は止まらなかった。
優しい彼女に心を打たれ、絶対に治してやりたい。しかし、その想いとは裏腹に一向に何もわからない。
どんな薬を調合すれば良いのか、魔法は使っても良いのか…原因は何なのか…その全てが謎に包まれていた。
「そんなに…泣かないで…下さい…」
「無理だ…」
このドワーフは己の無力さを知識のなさを呪った。こんなにも優しい少女を助けてやれない、楽にしてやれない自分を…
そんな日が3日続いた。
彼女は確かに弱っていく。見ていればそれはよく分かる。だが、絶対に死なない。食事もとらない。何もしない。
「どうなってるんだ…」
もう、全く自分の頭がついていかなかった。
どうすれば良いのかさえ…簡単な看護しかしてやれない自分の無力さを悔やんだが、心の片隅に諦めを感じていた。
「ありがとう…ございます…」
いつものように額のタオルを取り替えてやる。その度に毎回お礼を言ってくる。
ドワーフはこの度に心を傷める。
(どうすれば良いんだ…)
『何じゃ?たった3日で限界か?小僧よ』
「え…」
どこからともなく女性の声が聞こえてきた。
その声は少しバカにしたような、でも、なにかに期待をしているような声だった。
『小僧…何故この娘を助けようとする?』
なぜ?それは考えたことがなかった。今まで彼女を助けるのに必死で原因の究明に一生懸命になっていたためだ。
『ふふ、面白い小僧じゃ。確かにこの呪いは他のものにはうつらん。しかし人はそのことを知らん。お主も今までそうじゃったじゃろ?』
「ど、どこだ!お前なのか?この人に呪いをかけたのは!」
周りを見渡すが誰もいない。部屋の中なので声が反響して声の方向もわからない。しかしそのドワーフは必死に探した。彼女を助けるための鍵となるかもしれないからだ。
『ふふ、下等なお主らでは見ることは叶わんよ。して、答えよ。なぜこの娘を助けようとするのか。自分の身を危険にさらしてまで』
「助けるのに…理由はいるのかよ!」
『まぁ、お主ならそういうと思ったわ。じゃがしかしお主はまだ気づいておらん。自分の中にある感情がそれだけではないことに』
ドワーフは混乱していた。
(自分の中の感情…それ以外…)
『困惑しておるのぉ。まぁ、それだけお主は必死だったということじゃな』
するとおもむろにそのドワーフは両手を地面につき、頭を擦り付けるように地面へと叩きつけた。
「頼む!この人を治してやってくれ!」
『そう焦るでない。確かに妾が呪いをかけた。でも、死ななかったであろう?それは生かしておいておいたからじゃ』
「じゃあ、何のために…」
『気に入ったのじゃ。この娘が…じゃが、死にたいと思えば死なせてやろうとも思った。
お主が来た日、この娘は死にたいと願ったのじゃ。だから死なせてやろうとしたところに小僧が来た』
訳が分からない…気に入ったから苦しませる?どんな利益があるんだ?いや、そんなことよりもどうやったらこいつに治させるか…
『小僧…お前はなこの娘に希望を与えたのじゃ。死にたいと思っていたあの時からたった3日で生きたいと思わせるようになった』
「………………」
言いたいことを抑え、黙って聞く。
『つまりな、小僧はこの娘に愛されたのじゃ。お主も愛しておるのじゃろ?』
この時ドワーフはそうかも知れないと思った。
確かに最初は助けるために必死だった。しかし、だんだんと一緒にいるうちに愛おしくなっていった。
不謹慎かも知れない。人がこんなにも苦しんでいる時にもっと一緒にいたいだなんて…
この娘を治すのに自分の感情が入っていた。
今思えば純粋な気持ちではなかったのかも知れない。
『妾は美しいものが好きじゃ。この娘に呪人の試練を与えたのもそのためじゃ。でもな、もっと美しいものを見させてもらった』
「え?」
『この娘にイビルアイの能力を与える。試練に打ち勝ったのだからな』
「もっと美しいものって何なんだ!」
『もう、気づいておるんじゃろ?』
その言葉が発された瞬間部屋の中の空気が変わった。例えるなら朝の空気。爽やかな湿っぽい空気だ。
「あ、彼女は!?」
彼女の様子を見ると心拍は安定し、呼吸も正常な状態に戻っていた。熱も下がり、ぐっすりと気持ちよさそうに眠っていた。
「よ、良かった…」
そのドワーフは安堵し、その場に座り込みそのまま寝てしまった。
それから実に180年…
そのドワーフはこのアイリスという街でまだ、医者を続けていた。
当時のスレート家は領主から後退させられた。その時の領主の息子ダルカン・スレートが、イビルアイと婚約したためだ。
その時次の領主に選ばれたのがアイリス家。
後退する時にダルカンはその時の話をした。そしてその呪をかけたものが最後に言ったこと。
『もし、この娘の血が絶たれる時、この街には疫病が蔓延するであろう』
この言葉を最後に伝へスレート家はひっほりと街の中で暮らしたという。
リリィとダルカンはひっそりと診療所を開いた。確かに領主としての支持はなくなったが、呪いをはねのけたダルカンの医者としての評判は高くなった。
地味な生活だったがとても幸せだった。
お互いがお互いを愛し、娘もできた…
「リリィ…君がいなくなって実に160年。私の人生は刺激のないものになってしまった」
ドワーフは他の種族と血が混じると薄まってしまうという。よって今のダルカンの子孫との血のつながりはほとんどない。
しかも、ダルカンの子孫というのは今知っているルナまで全員女性だという。
「リリィ…わしらの子達は…本当の幸せ…愛を知らぬまま死んでいった」
イビルアイの血を絶やしてはならない。
このことはダルカン。そして歴代の領主達しか知らない。
領主達はイビルアイの子孫を無理やり結婚させていた。だから、今まで子孫を繁栄させることができた。
しかし、時に暴力。時に周りからの視線により、みんな気を病んでしまい、長くは生きられなかった。10代で死んだ者もいるという。
「リリィ…わしらは出会わなければ良かったのだろうか…こんなにも娘達を苦しめて…」
ダルカンは窓のそばから離れ自分のデスクに置いてある小さな絵を見ながらそう語る。
「あぁ…きっとルナも望まぬ相手と…」
ダルカンは目の前の絵をパタンと倒した。
「街なんか…人々なんか…どうだっていいんだ。わしらの娘が本当に幸せになってくれるなら」
その時急に扉が勢いよく開いた。
「おーい!ダルカン!俺たちはしばらく王都に行くから…世話になったな!」
レンだ。図々しくもダルカンの診療所に居座っていた居候だ。
そしてその後ろレンの影から覗く2つの影。
1つはミーナ。もう1つは…
「あぁ…リリィ…」
そこには満面の絵目で笑うルナの姿があった。
イビルアイは不吉の象徴。本来ならどうにかして隠すものだ。今までもそうやってきた。
しかし、ルナの目にはすでに包帯はなかった。その紅い瞳をあらわにし、嬉しそうに幸せそうに微笑んでいる。
そんな光景にダルカンはかつてのリリィの姿を重ねていた。
(我妻、リリィ…わし達の子孫は本当の幸せを見つけたようじゃ)
声には出さず、あふれる涙を堪えながら背を向ける。
「全く…頼んだぞ。小僧」
「どうしたんだ?ダルカン?まぁ、いいか。じゃあな!また来た時は泊めてくれよ」
「じゃあね!ダルカン!」
「では」
「いいやつを見つけたの…」
「「「はい?」」」
この呟きは真相を知らないレン達は理解できないだろう。当然ルナは自分のことを言われているなんて夢にも思わないだろう。
だが、ダルカンは満足していた。
「ドワーフの平均寿命は約300年…リリィ…もう100年でお前にまた会えるよ」
遠くを見つめ、そんなことを口走る。するとどこからともなく声が聞こえてきた。
『リリィの伴侶ダルカンよ…妾は満足じゃ。
疫病のことは忘れよ。良いものを見させてもらったからな』
「え?」
それから声は聞こえなかった。しかし、ダルカンは思った。
(美しいものとは愛なんてものじゃなく、一緒に生きる決意なんだ)と……




