第10話〜至福のひと時
適当な店で布の服を買う。欲を言えばこの時に戦闘用の装備を調達したかったが、ここの相場も良いものも分からないのでこれはまた後日にする。
「寝間着よし、タオルよし、この前みたいなことに備え土のエンチャント魔法も覚えた。
完璧」
土のエンチャントは電気に耐性をつけることができる。しかし、俺は混浴に入るつもりはない!っと思ったのだが…
「男湯銅貨3枚!?」
「そうだよ」
俺と会話するのはふくよかなおば様。カウンターにやる気なく肘をついている。
やだなぁ、とは思いつつも今から換金所に行くのも面倒くさい。仕方なく入るとするか…
いや、しかたなくだからね!
俺も一様は男だ。今まで馬鹿みたいに真面目にやってきたからこういうのには目がいかなかっただけで…もし女性がいたらすぐに出よう。
服を脱ぎ、タオルで前を隠し浴場への扉を開ける。
そこは初日と同じ光景が広がっていた。揺らぐ水面に映る満月。真ん中にドンと置いてある邪魔な岩。立ち上る湯気…
一回深呼吸して体を洗う。
洗い終わり、湯船に浸かろうと浴槽に向き直る。
そこには銀髪のショートの人。体格からして女性だろう。その女性は空を見上げ、月を見ている。月明かりは銀色の髪の美しさを極限にまで高めている。
その時、俺が彼女をずっと見ていることに気づいたのかこちらをゆっくりと振り返る。
「「あ…」」
目が合った…あってしまったがこの違和感は何だろう?どこかで見たことがある様な…
「ハ、ハンターさん?」
「え、はい」
ハンターなんてこの世に何人もいると思うし
俺も駆け出しではあるがハンターだ。はい以外には答えられない。
「いえ、先ほどお話ししたものですが…覚えて、いますか?」
ここで思い出した。これは俺に依頼をしに来た人だと。両目は包帯で隠されていたので一目見ただけでは気づかなかった。
銀髪の美少女。その瞳は血の色の様に真っ赤だった。これがイビルアイなのだろうか。
「あの、その…あんまりジロジロ見られると…その…恥ずかしい…です」
頬を自らの目の様に真っ赤に染め、下を向く彼女。ここは冷静に流すべきだと考えたが、俺は冷静ではなかった。
「あ、そうだな!」
やばい何か言い訳しないとドンドン彼女は下を向いてしまう。何か…何か…そうだ!
「いや〜、き、君があまりにも綺麗だったからつい見とれてしまったよ〜ははは…ははは……うん、すまん…」
彼女はとうとうお湯の中へと使ってしまった。しかし、目だけはこちらを見ている。
ブクブクブク…ブクブクブク…
お湯の中で何か喋っているのは分かるが何もわからない。せめて口は出して欲しい。
だが、水の中では呼吸はできない。しばらくすると出てきた。
「ブハッ!く、口説いているんですか!」
「え〜、コレだけで…」
そっぽを向いてしまった。扱いづらすぎる。
「あ、あのな!えっと、依頼の内容を教えてくれ!」
沈黙に耐えかね俺はミーナに厄介だと言われていた依頼を聞いてしまった。行くつもりはないが、このまま去ってまた明日改めて会うのは気まずい。
「え、私の依頼聞いてくれるん…ですか?」
「あ、ああ勿論!……話だけな…」
「ん?」
彼女に聞こえないくらいの声で後の言葉を言った。彼女は不審に思いながらも口を開く。
その表情はまさに真剣だ。さっきまでの時間は嘘の様に悲しい表情になった。俺もつられて笑顔が消える。
「ル、ルナの願いはただ1つです」
「ルナ?って誰だ?」
「あっ、えっとまだ言ってませんでした。えと、【ルナ・フォード】って言います」
明かされた彼女の名前。自分のことをルナって呼んでいる。
「あの、ですね…グリム…グリム・ハーヴェーを倒してもらいたいのです」
グリムという言葉に体が反応する。怒りがこみ上げてくる。俺の初クエスト初クリアを奪った張本人だ。
「あの、どうかされましたか?」
自分では気づかなかったが凄い形相になっていたらしい。
「勿論報酬もしっかり出しますし、懸賞金はハンターさんが全て受け取ってください。だからどうか…どうか…母の仇を…」
突如泣き出しそうになる彼女。だが、俺はそれどころではない。
泣き出しそうなルナ。怒りを燃やすレン。隣同士に座り違う感情が同じ空間に渦巻く。
「ヤッホー!レン!」
そんな空気をぶち壊しながら突如響く聞き覚えのある声。
ニコニコしながら前にタオルを当て、片手を振りながら入ってくるミーナ。
「あ〜、酔っ払ってるよ…スペル・グランド
エンチャント」
ゆっくりと自分に雷耐性のある土魔法のエンチャントで身を固める俺。過去の失敗は2度と繰り返さない。
「もー何やってるの〜。浮気は感心しないぞ」
酒で酔っているミーナはいつもとは違う。絡み方がまるでおっさんだ。そして、目覚めると記憶がないし、その場の状況を把握できないのでとりあえず魔法を打ってくる。
「ルナ、気をつけろよ。こいつはタチの悪い酔っ払いだ。だから今すぐこの風呂場から出て行くんだ。そして明日の夕方にギルドに来てくれ。報酬もな」
「う、受けてくれるんですか!?」
「その話はまた明日だ。今は逃げろ…俺の予想どうりなら」
ミーナはお湯ではなく、水の方へ桶を持って向かっていく。やっぱりそうだ。こいつ間違えて水を頭から思いっきりかぶるんだ。
そして、酔いが覚める。1番最初の時もそうだった。
「もー、全く何を言って…冷たッ!…へ?」
本当ギルを尊敬するぜ。こんなのに2年間も耐えるなんてな。
ガラガラと扉が閉まる音が聞こえる。おそらくルナは行ってしまったのだろう。
正気に戻りやはりこちらに構えるルナ。片腕を前に突き出し呪文を唱える。
「今回は違うぜ!」
打ち付けられた黄色の球体は、水を伝わり俺を包む。だが、全く痺れもしないし、気絶なんてする気もしない。
「レン!ここで何をしてるの!?…痛ッ!」
「こっちのセリフだ!」
軽くゲンコツをくれてやる。
「湯冷めしない様にしっかりあったまれよ。
俺はもう上がる」
「う〜…はーい」
頭を押さえながらお湯をかぶりに行く。そして俺は今日の完全勝利の味を噛み締めながら風呂を出る。
ーーーキンキンに冷えたエールを飲む自分の姿を想像しながら脱衣所を後にする。頭を拭き、タオルを乗せる。
「おい、父親より長く入っているなんていい度胸だな?ルナ?」
「すみません」
風呂場の暖簾をくぐると目の前では叱られているルナの姿があった。父親と名乗っているやつはメガネを上にあげ、今にもブチ切れそうだった。
「何してやがった?」
「すみません…」
男の質問攻めに謝ることだけをするルナ。しかし、それが癇に障ったのだろう。次の瞬間男はとうとう手を挙げた。
「痛ッ!」
ルナに向かって思いっきりビンタした。全く容赦のない一撃。ルナの頬は赤く腫れあがる。
「何だ?文句でもあるのか?」
頬を押さえるルナに対し、冷たい言葉を投げかける男。もしこれが前の世界だったら俺はこいつをボコボコにしていただろう。
「あ、ありま…せん」
「おら、行くぞ」
「はい」
その紅い瞳に涙を浮かべ悲しそうに去っていくルナ。ふと振り返ったルナと目が合った。
彼女は無理に笑って最後に会釈をして去っていった。
世の中にはいろいろな事情を抱えた家庭がたくさん存在する。だか、それは俺には関係ない。とは思いながらも自分の中でモヤモヤしている感情を感じながら俺は今日という1日を終える。




