クロコダイルの入塾生 No.2
今日は放課後、家に真っ直ぐに帰らずに図書館に寄っていくことにした。
小学生の頃からよく利用している市の図書館は、手芸本や料理本の取り揃えが多い。
また、市のものなので色々なところから人が集まっているうちの私立中学の生徒に会う確率は極めて低いのだ。
もう検索をかける必要もない、頭に完璧に入っている手芸本コーナーに一直線に向かう。
読みたかったものがあるのを確認してから、手をのばす前に一度周囲を伺うのがいつもの癖だ。
別に悪いことをしているわけじゃないのに、いつもそうしてしまう。
「後は、レース編みのデザイン画集と‥」
欲しかったものが全て揃って、笑みをこぼしながら「ガチスタディ」にはいる。
「よいしょ‥‥‥」
扉を開けた瞬間、こちらも、向こうも、固まった。
「‥‥」
「‥‥えっと、」
「‥‥うん」
ーおかしい、なんでだ、本当になんでだ!?
塾の生徒は全員把握しているつもりだし、うちの中学の生徒がいないこともわかっている。
‥はずなのに。
なんで、なんでクラスの一軍、佐々木がいるんだよっ!!
「えとさ、‥手紙‥みた?」
「え、手紙ってなんだy‥ですか?」
「今日渡したじゃん!筆箱に!!」
「筆箱!?」
何を言っているのだろう。記憶がない。
驚きのあまり本のことも忘れてがさがさ、カバンの中を漁りだす。
「あっ」
数冊の本が床に散乱する。
なんとか、なんとか誤魔化さなければ。
「えと、これはその‥妹のやつです!」
「妹いるんだ?」
「あ、いや、うん」
嘘つくのが下手すぎるだろ、自分!
「一人っ子っぽい顔じゃん」
「顔からバレた!?」
どうしよう、佐々木は顔からそんなことがわかる天才だったのか‥。
「あっはは、冗談だし。‥それじゃあやっぱ瀬戸の?」
「‥うん」
もう誤魔化しはきかなさそうだ。
あの父が編み物してるわけないし。
「へぇー、編み物できるんだ!」
「‥笑わないんだ‥‥ですか?」
「どこに笑う要素わかんないよ」
笑いながらテキストを片付け始めた佐々木がなんだかものすごく眩しかった。
勝手に毛嫌いしてた自分が恥ずかしすぎる。
佐々木は‥あの子じゃないんだから。
「あっそうだ、手紙!筆箱って言いましたっけ?」
「うん、その黒い大きなやつ!」
細い筆箱のファスナーを開く。
中には少し潰れてしまった小さな紙が入っていた。
ノートを切ったのか、端が整っていない。
「『クロコダイルの少女が誰か、気がついた!?』‥」
こちらに駆け寄ってきながら、
「そう、気がついた!?」
「いや‥、なんでクロコダイルの子のこと知ってるんですか?」
「あ‥」
自分からネタバラシしにくるタイプだ‥。
すぐ横でしょんぼり悲哀の表情を浮かべられると、こちらが申し訳ないような気になってくる。
「っと、塾に通ってるのバレたくないからクロコダイルの少女とかいうのに変装してたんだよね?」
「うん‥」
「でも僕の反応から、佐々木がクロコダイルだって気づいたって思って、この手紙入れたんですよね?」
「そう。それ読んだ後の瀬戸の反応見たらわかるかなぁって」
「でも、この手紙を書いた時点でバレちゃいますよね!?」
「‥おっしゃる通りでございます!!」
あれ、佐々木って案外喋りやすいじゃないか。
あれ、佐々木って案外バカで阿呆じゃないか。
「ふっ」
「あ、笑った!!」
「ごめんごめん。‥でも、なんであんなことしてたんですか?」
どんなふうに接したらいいかはまだわからない。
「親に塾に無理やり行かされてるんだけど、どうせいくならここがいいって私がここ選んだの。
‥‥‥‥あのさ、Jkってさ、資格なんだよ」
「JC?資格?」
何を言ってるんだろう。
「女子高校生でいるためには、理想の女子高校生像でいなくちゃいけないの。
こういう私がー塾とか、真面目に勉強とか‥似合わないってこと!
まぁ、男子の瀬戸にはわからないだろうけ‥」
「わかる。相手から見られている、相手が求めている姿じゃないと生きていけないんだ。世の中何て」
男はこう。女はこう。
若者はこう。大人はこう。
そのほか色々なものでそうやって分類された世界に僕らは生きている。
生きていくしかない。
「‥なんか、深いね!でもそういうこと!」
「じゃあさ、佐々木。取引がある」
「取引‥?」
「佐々木が塾に行ってること誰にも言わない代わりに、僕の本のこと誰にも言わないでほしい!」
こんな頼み事は初めてで、思わず俯いてしまった。
顔が赤くないか不安になる。
「オッケー!二人だけの秘密だね!」
悪い笑顔で微笑んでいそうな佐々木の明るい声がなんだか眩しい。
そのまま僕は顔を上げられないまま、彼女は帰って行った。
「やっぱり瀬戸君だ、あの人」
まだ少し肌寒い春の空気に、佐々木舞雪の呟きは溶けていった。




