⑶ めずらしいですねえ
9月に入った。
朝食を終えると、明里が遠慮がちに、たずねてきた。
「あの、ここに友達、呼んじゃだめですか?」
「いや、別にかまわんが……」
「友達と、前期試験の過去問の答え合わせをしたいんだけど……」
「ああ、自由に使ってくれてかまわない。 8月中に終わらせるって言ってたよね」
「ええ、なんとか終わらせました。 学校の図書館では私語厳禁だし……」
「そうだよね、話し合い出来る場所、大学にないの?」
「いつもは、空いてる時間の食堂使うんだけど、夏休み期間はやってなくて……」
「なるほど、ここなら毎日、自由に使っていいから、何か美味しい物でも用意して、楽しくやるといい」
「ありがとうございます」
明里は嬉しそうに言った。
「ああ、それと、今後ちょっと遅くなる日が続くと思うから、その都度連絡する」
「了解しました。友達とは遅くても8時前には解散します」
「試験まで、1ヵ月無いよね。がんばって」
「はい、おじさんも体を壊さないように、気を付けてください」
「ありがとう」
そんな会話を交わして、私は会社に向かった。
・・・・・・
出社すると、上司の部長に呼び出され、第3研究棟に向かった。
部長室に入ると、1人の男性が居た。
水色のネックストラップをさげている。
この色、第2研究所の人間だ。
私が部屋に入るなり、その男性は、
「では、私はこれで失礼します」
と、部長に挨拶し、その後私にも会釈して退室した。
第2研の人間が、ここに来るのは珍しい。
研究開発と言っても、第1研は研究職的色合いが濃く、第2研、第3研は、開発職的色合が濃い。
研究とは、ゼロから新しい物を生み出す仕事と、ここでは言われている。
そして、開発とは、既存の物と既存の物を組み合わせて新しい物を生み出す仕事。
今回の私のプロジェクトも、第1研が作り上げた2つの液体αとβを使い、それと既存のインクジェットプリンター技術を応用して、3Dプリンターを作るといった内容である。
よって、第1研と第2研、また 第1研と第3研の交流はあるが、第2研と第3研の交流は、あまりない。
私は部長に話し掛けた。
「めずらしいですねえ、第2研の人が、ここに来るのは……」
「ああ、まあ、君を呼び出した用件だが」
……あれ? 部長、何かごまかしたような?
「今、担当してもらっている3Dプリンターのデモの予定だが、9月21日でどうだろうか?」
「はい。了解しました」
「……大丈夫か?」
「え~色々問題をかかえていますが、なんとか見せられる所まで持って行きます」
すると部長は、重々しい表情で言った。
「実は今回のデモ、事業部の上層の人間、それと、取締役の面々まで見にくる」
「えっ」
私は、一瞬固まった。
「もちろん、即商品化という所まで仕上げてくれと言ってる訳ではない。会社は君の3Dプリンターのデモに注目している。だから押さえてほしいポイントだが、これ本当に完成出来るの? といった疑問の声が上がってはまずい」
「はい。もちろん完成出来ないデモでは意味がありませんが、『現在こんな感じです』といった軽いデモと捉えていました。改めます」
「ああ、よろしく頼む」
そのような話を受けて、私は研究室へ戻った。
部長から伝えられた事。
1つは、デモの日程が9月21日に決まった事。
2つめ、このデモ、今までと違い、大きな意味を持っている事。
本来、この事を、みんなに伝えなければならない。
情報の共有は鉄則である。
しかし、私はこの話、伝えるタイミングを選んだ。
今伝えると、みんなの発想が縮こまり、無難な発想に傾いてしまう。
今は、できるだけ伸び伸びと、大胆な発想を提案して欲しい。
私は、人間の思考には、2種類あると考えている。
1つは、ロダン作成の『考える人』のように、一点を見つめて脳を絞るようにして考えるような姿勢。
もう1つは、大平原に大の字に寝て、流れる雲を眺めながら考えるような姿勢。
前者はこの先必要になる姿勢だが、今は後者の姿勢で考えて欲しい。
定時を過ぎた。
ほっておくと、みんな夢中になって、帰る事を忘れてしまう。
いずれ、泊まり込みになってしまうかもしれないが、今はまだ、その時期ではない。
私はみんなを、適当な時間で解散させた。
・・・・・・
私が帰宅したのは、9時前だった。
明里は早速、キッチンテーブルを片付けて、夕食を準備してくれた。
8時過ぎたら先に食べていてくれと言い渡しているが、明里は、食べずに待っていてくれた。
それで、今後は帰宅時間が10時を過ぎる場合、連絡を入れる事にさせてもらった。
この先、泊まり込みになる事も、あるかもしれない。
少し遅い時間になったが、明里と一緒に夕食を頂いた。
夕食を食べながら、明里が話をしてくれた。
「今日、一緒に勉強している友達の女子2人、ここに招いて過去問の答え合わせをしました」
「どーでした」
「最初にやった問題、今から1ヵ月以上前で、みんなも どうやったか忘れちゃってて、答え合わせしながら……いい復習にもなりました」
「それは良かった」
「問題全部で約400題。今日1日で50題ほど答え合わせ出来たから、今週と来週、ここ使っていいですか?」
「ああ、積極的に利用しなさい」
「みんなもここ、誰も居なくていいわ~って、気にいられちゃいました」
「それは良かった」
「再来週から大学が始まって、最初の1週間が質問を中心とした授業。その次の一週間が前期試験です」
「がんばって下さい」
そんな話をしながら、夕食を終えた。
部長……何か隠している?
次回:デモに向けて




