⑸ 私の役割
出社すると、今日はインテリ君がホットプレートで何やら作っている。
驚いたのは、その後ろでエプロン付けた千広がそのレシピを学んでいる。
海鮮焼ソバとの事だ。
あんの作り方、片栗粉の溶かし方、とろみを付ける分量。
隠し味に昆布茶を入れる……千広はメモを取っている。
やれやれ『あなた達はいったい何なんですか!』と言っていた千広は、いったい何処へ行ってしまったのか?
大変結構である。
研究開発の仕事は特殊である。
1年かけて解決出来ない問題を、たった1日で解決してしまう事がある。
そこには運が作用する。
ここでの運とは、ひらめきがやって来るか、と言った方が良いかもしれない。
このひらめき、ただ待っていてもなかなか訪れない。
そこで、私のチームはコミュニケーションを大切にしている。
私は、仕事の中で議論する事を、積極的に行うようにしている。
その中で、お互いに相手の感性を刺激する。
ここで重要な事は、討論ではない。勝ち負けではない。相手を論破する事ではない。
先日、冷蔵庫等を買いに行った時、私はある物を注文した。
それは、スキャナー付きの縦長ホワイトボードである。
研究室にホワイトボードは、あたりまえの備品だが、1人1台用意した。
そのホワイトボードに、図や数式を書きながら伝える。
本日、注文したホワイトボードが到着した。
各自、机、ボード、机、ボード、・・・という風に配置した。
早速、ホワイトボードの前で議論が始まった。
私のここでの役割の1つは、議論の最中、感情的にならないように誘導する。
真剣になると、つい熱くなってしまう。
そんな時、笑いを取って冷笑させる。
そして最大の役目は、議論の中で話を弾ませ、感性を刺激する。
いかにして、みんなを乗せるか。
奇想天外な話を持ち込む。
また訳の解らない事を……といった空気が、もしかして……という空気に替わった時、そこからは、ひらめきの神様が降りてくる。
優秀なメンバーがこれだけ集まっている。
その感性を刺激し、才能を引き出す。
それが私の役割である。
いかにして、相手から刺激を受けるか。
いかにして、相手に刺激を与えるか。
そこには、お互いの仲間意識が重要であり、普段からのワイワイガヤガヤが重要である。
しかしながら、このような研究室、受け入れられない事、承知している。
結果を出せなければ解体される。
その時は、私1人が責任を取れば良い。
どのみち結果を出さなければ解体される。
早いか遅いかの違いでしかない。
そのように、私は自分自身に言い聞かせている。
・・・・・・
会社から帰ると、明里が話しかけてきた。
「明後日の14日から、2泊3日、天文研の合宿が予定されているんだけど……」
「そ~なんだ~」
「場所は、長野の野辺山、ペルセウス座流星群を観に」
「今後も天文研には、過去問等でもお世話になるから、顔は繋いでおいた方がいいよね」
「行っても……いい?」
「もちろん」
……等と、物分かりの良い大人を演じたが、小心者の私は心配で仕方ない。
天文研?
2人で抜け出して、綺麗な星、観に行かない?……とか。
明里みたいな娘が参加したら、食べられてしまうのではないか?
私は平静を装い、私の心配を明里から探った。
「ふ~ん、で、何人ぐらいで行くの」
「今のところ、参加者は、女性12人、男性3人」
「あ~そのくらいの人数なんだ~」
「天文研って、女子が多いの、他にオシャレな部が、あまりないからかな~ 部員は40人ぐらい居るんだけど、今年の合宿参加者は、そんなところ」
「そ~なんだ~」
……ちょっと安心。
よし、けどられないように、少し話題を変えよう。
「流れ星は、今まで見た事は?」
「ないの、だから楽しみ」
「標高の高い所だから、曇ってなければ見えるよ」
「願い事、用意している」
「いや~速くて、実際は願い事なんて出来ないよ」
「そうなの?」
「で、願い事って?」
「秘密。話したら叶わなくなるって」
私は、また平静を装い、私の心配を探った。
「で、どうやって行くんだろう?」
「男性は、天体望遠鏡を乗せて車で行くって」
「天体望遠鏡?」
「400㎜のドブソニアン天体望遠鏡って言ってた」
「400㎜?」
「男性部員の自作って言ってた」
「自作? 主鏡は?」
「アメリカから取り寄せたって」
……いくらぐらいしたんだろう。
私は、その時確信した。
何の心配もいらない。
彼らはDT君だ。
何故ならば、彼らは昔の私だからだ。
「女性は、どうやって行くんだろう?」
「みんなで、電車で行く」
「そうなんだ~ 何か清々しい部だね~」
「乙女が寝ている所、男性部員に見られたくないからって」
「あ~徹夜での観測になるからね~」
「そのような事らしいです」
……何だろぅ……私は電車の中で、集団で寝ている女子大生達を想像してしまった。
次回:会社で朝食




