⑷ 今日一番の目的
研究室で食べ物を作るようになってからは、昼休みも研究室で過ごすようになってしまった。
好きな物を買ってきて、温めて食べて。
しかし、あまりそれも良くないと思い、私は提案した。
「ラボメシもいいですが、昼休みはみんなで食堂へ行って、またテーブルを囲みませんか」
碧が言った
「そうですね、ここに閉じこもってばかりというより、昼休みはこの部屋から出ましょう」
みんな賛成した
「お昼休みは食堂へ。ここでのおやつは3時の休憩」
等とリーダー君が言ったが、みんなの反応は微妙だった。
昼休みになった。
リーダー君が声を掛けた。
「じゃあ、行きますか」
私は千広に声をかけた。
「さあ、佐伯さんも一緒に」
千広は少し驚いた表情を見せた。
「……私もですか?」
「もちろんです」
みんなは扉の所で待っている。
「さあ」
「……わかりました」
・・・・・・
食堂に着いて大テーブルを囲んだ。
ここは第1研究棟の食堂。
みんな青のストラップをぶらさげている。
我々は千広以外、よそ者の紺色ストラップ。
その我々が大テーブルを囲って幅をきかせている。
「このテーブルを6人で囲むと、いい感じですね」
「今までは5人でしたからね」
いつものように訳の解らない話をしながらの食事である。
私は問題を提起した。
「うちの会社は何をつくるべきか」
私はそれだけ言って、後は無言のまま、話の流れを見守った。
インテリ君が言った。
「ここは公の研究機関ではありませんから、企業の目的は利益を上げる事です」
碧が訊いた。
「利益を上げるとは?」
リーダー君が答えた。
「良い物、売れる物をつくる事です」
綾乃が訊いた。
「良い物とは? それが解りません」
千広が発言した
「そもそも、良い物が売れるとは限りません」
よし! 千広が話に加わってくれた。
私にとって、今日一番の目的だった。
それからは、社会の中での会社の役割までさかのぼり、野を越え山を越え、たどり着いた結論は、
『会社は、良い物を生み出せる人間をつくる(育てる)事』という事で収まった。
食堂でのまわりからの視線、ちょっと恥かしかった事は内緒だ。
・・・・・・
自宅へ帰ると明里はキッチンテーブルで過去の問題に取り組んでいた。
既に夕食の下ごしらえは済ませているようで、私が着替えている間にテーブルを片付け、夕食を準備してくれた。
明里と一緒に夕食を頂きながら前期試験勉強の進捗を聞いた。
「どうですか?」
「はい。もらった過去問ですが、問題数として400題近くあります」
「それは大変」
「8月中に終わらせて、9月になったら友達と答え合わせをする事になりました」
「すばらしい」
「7月22日から始めて8月31日までの40日間で400題。ですから1日10題。1時間に1題」
「進捗は?」
「今日は8月10日で20日目ですので、目標の200題に対して現在250題完了!」
「すばらしい」
「出来るのからやってるから、これからが大変です」
「うわー」
夕食を済ませると、明里は再びキッチンテーブルで過去問に取り組み始めた。
ここでいつもなら、勉強している明里を見ながらお酒を飲むという、至福のひと時を過ごすのだが、私は気になって明里に聞いた。
「この過去問に1日何時間ぐらい向き合っている?」
「んー10時間ぐらい」
明里の言う10時間とは、実際は12時間から14時間だろう。
私は明里に提案した。
「よし、これから夜の散歩に行こう」
「え?」
「職場でも、研究室に閉じこもってないで、昼休みは部屋から出ましょうという事になった。明里は最近この部屋に閉じこもってるんじゃないの?」
「いえ、毎日食材買いにスーパーへ行ってます」
「いーから、行くぞ!」
「でも……」
明里は出来ない問題が心配のようだ。
「いーから!」
「わかりました。ちょっと待ってて、着替えて来ます」
明里は部屋へ入った。
待つ事5分ほど、部屋から出て来た明里は浴衣を着ていた。
「おー」
思わず声が出てしまった。
紺色に染めた生地に紅色のラインが入っている。粋な柄だ。
「おじさんのネックストラップと、お揃いだよ」
「なるほどーよく見つけたねぇー」
「スーパーの売り出しで、たまたま見つけて買っちゃいました。おじさんと、どこかの夏祭りに行きたいなーと思いまして」
「いやー」
「ダメですかぁ?」
明里は上目遣いで訴える。
「いきましょー」
今は午後9時前。
私は明里を連れて大通りへ出て、タクシーに乗って○○公園へ向かった。
公園に着いた。
夜風が気持ちいい。
明里は気持ち良さそうに私の前を歩く。
明里が石段を登る際、足を上げる。
そのたび、後ろの生地がピンと張られ、その輪郭を露わす。
その時、私の心拍数は一気に跳ね上がった。
そこには、下着のラインが無い。
広い芝生が敷かれたエリアに出た。
緑の芝生がライトアップされている。
アイスクリームの自販機があったので、2つ買ってベンチに腰掛けた。
遠くに見える高層ビル群と、目の前に広がる緑の芝生。
その夜の景色を眺めながら、二人でアイスクリームを食べた。
明里が言った。
「あーやっぱり、こうして頭の中をからっぽにする事って、大事ですねー」
「ああ」
等と言っているが、とんでもない。
私の頭の中は、明里の浴衣の中の事で一杯である。
気になる……
明里に聞いてみるか?
「あ、明里さん?」
「はい?」
「今、明里さんは、下着付けてますか?」
すると明里はクスッと笑って答えた。
「さあー どっちでしょー」
この、笑った表情は……付けていない?
ヤバい、ヤバい、ヤバい、
それって、相手が私だからか?
明里が私を、チロッと見た。
あ゛ーっ、
頭の中が……ぶっ飛びそうだ。
その時、溶けたアイスが私の私自身の上に落ちた。
「あ゛っ!」
慌ててハンカチで前を拭いた。
私は座ったベンチで、ぐったりと うな垂れた。
明里は気持ち良さそうに、アイスを食べながら芝生の上を歩き回っている。
今日は、残り少ない私の元気、全て明里に持って行かれた。
次回:私の役割




