⑵ 幸せな時間
いつものように碧を含めて5人で昼食を取っていた。
碧が尋ねた。
「現在、どのような問題に取り組んでいるのですか?」
担当している仕事については守秘義務があるのだが、社内の人間であれば問題ない。
私のグループでは、検討会議を開き、各自担当している問題を説明する。
進め方に誤りがないか等、意見交換を行い、アイディアを出しあう。
インテリ君が担当している内容と、抱えている問題を説明した。
私は碧に言った。
「そう、その部分、難航してるんです。水瀬さん、何かいいアイディアありませんか?」
「はぁ……難しい問題、担当されているのですね」
昼休みが終わり、私が席に着くと碧からメールが届いた。
『さしでがましいようですが』といった前置きから、さっきのインテリ君の問題に対する碧からの見解が書かれていた。
そして最後に『主任は部下に解決させるお考えと思いまして』と書かれていた。
碧の指摘した内容、非常に興味深い。
部下を育てる為に部下に解決させる。
その考えはあるのだが、今の私のグループには、そんな余裕はない。
解決出来るのであれば解決したい。
碧があの席で私案を披露しなかったのは、私の顔を立てて、私から伝えて欲しいとの事だろう。
どうするか、今すぐインテリ君に伝えるか……。
いや、明日の昼までは、インテリ君に検討させよう。
・・・・・・
次の日の昼食も5人でテーブルを囲んだ。
私は昨日のインテリ君が抱えている問題に対して、私に送られた碧の私案を話した。
碧は私の話に焦った表情をみせた。
インテリ君はそれを興味深く聞いている。
私はその件に関して3人に話した。
「水瀬さんは私の顔を立てて、私に私案を送ってくれました。私のグループではそれが誰のアイディアでも、利用出来るなら利用したい」
私は碧に言った。
「今後、何か気付かれた事があれば、直接伝えてあげて欲しい。私の顔を立てる事に気を配るようでは、貴女を私のグループへ受け入れる事は出来ません」
私の言葉に3人は驚いている。
その中で、碧は私に目を合わせて笑みを浮かべた。
そう、私は来年度、碧を引き抜く事を決意した。
それについて、私なりに想定される全ての事を覚悟した。
その覚悟を、碧は読み取ってくれたようだ。
・・・・・・
次の日から、ランチタイムは抱えている問題の検討会に変貌した。
碧に対してそれぞれが説明する。
それに対して、碧は進めるべき方向性を提案する。
まるで女神様にまつわる信者のようだ。
2週間遅れのスケジュールが、あっという間にオンスケジュールとなった。
碧がいてくれれば、部下の能力を引き上げる事が出来そうだ。
・・・・・・
会社から帰宅して、いつものように明里と夕食を頂き、入浴を済ませた。
寝る前に軽く飲みたい気分になり、リビングへ行くと明里はリビングテーブルで大学の専門書とノートを広げて勉強している。
冷蔵庫からビールを取り出すと、
「あっごめんなさい。テーブル使いますよね」
明里はテーブルの上を片付けようとした。
「いや、私は空いてるスペースで飲んでるから」
明里はすまなそうに頭を下げた。
「何か、おつまみになるもの、作りましょうか?」
「いや、おかまいなく……そーだねー受験勉強の時は、私と一緒にこのテーブルで勉強していたけど、これからは明里の部屋に、机が必要だね」
私の話に対して明里は遠慮がちに言った。
「あのー迷惑かけないようにしますから、今までどおり、このリビングテーブルで勉強してちゃだめですか?」
「いや、私はかまわないけど、明里は自分の机、あった方がいいんじゃない?」
「ここで勉強していれば、今みたいにおじさんと一緒にいられますし……このテーブルの方が、いいなー」
「……わかった」
了解すると明里は笑顔を返してくれた。
私は勉強している明里の脇で、ビールを飲み始めた。
……なんだろう、この感じ。
そう、以前私の友人がこんな事を話していた。
彼には小学校2年生のお嬢さんがいる。
彼が仕事を終えて自宅に戻り、夕食を取る時、そのテーブルの脇で娘さんが勉強している。
2桁の足し算、引き算の演習問題を一生懸命やっている。
彼は娘さんを見ながら頭の中で、ガンバレーと応援しながら、ゆっくりとお酒を飲んでいる時、たまらなく幸せを感じるとの事だ。
私はその話を聞いた時、そんなもんかなーと思っていたが、今ならわかる。
まったくその通りだ。
何という幸せな時間が流れているのだろう。
明里が勉強している専門書を覗き込んだ……ローレンツ変換。
私は明里に声をかけた。
「どお?」
明里が顔を上げて答えた。
「うん、おもしろいです」
やれやれ、今日は飲みすぎてしまいそうだ。
明里が一生懸命勉強している脇で飲むお酒、なんて美味しいのだろう。
これからは、何かつまめる物を買って用意しよう。
また1つ、私の中で楽しい事が増えた。
次回:(第6章 終話)さて、なんででしょう




