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⑵ 社員旅行

 私は、明里から渡された封筒を開けた。

 中に入っていたのは、衣類に入れる防虫用ナフタリンだった。

 ……私に悪い虫がつかないように?

 今時の娘は、こんな事をするのだろうか?


 私は簡単に荷物をまとめ、お昼過ぎに出発した。


・・・・・・


 社員旅行のホテルに着いたのは、4時をまわった頃だった。

 泊まる部屋は決められており、荷物を置いて浴衣に着替え、大宴会場に向かった。

 200席ぐらいだろうか、既に半分ぐらいの人が席に着いている。

 席はあらかじめ決められており、自分の部所と名前を探して席に着いた。


「よう!」

 同期の人が声を掛けてきた。

「あっ、お久しぶり」


「遅かったな」

 ここでの遅かったとは、主任への昇進の意味だろうか?

 私はごまかすように答えた。

「まだ集合時刻前だろ?」


「……昇進の事だよ」

「ハハハ同期の中で、一番遅いから」

「いや、途中で辞めてった奴、一杯いるよ」


「私はのらりくらりと、会社から追ん出されるまで、しがみついているよ」

「あいかわらずだなあ」

 そう言って彼は離れていった。


 5時になった。

 最初に社長の挨拶。

 1分程度で、次に取締役が乾杯の音頭を取った。

 話が短くて良い。


 宴会が始まった。

 私は3人の部下が参加しているか目で探した。

 3人ともいる。新人はともかく、2人が参加してくれた事に安堵した。

 さすがは優良社員、私と違って良識をわきまえている。


 私はタイミングを見計らい、ビール瓶を持って直属の上司である部長の席へ挨拶しに行った。

「部長、お疲れ様です」

「ああ、今年は来てくれたか」


「あの……今回は昇進の件、ありがとうございました」

「いや……丁度1年ぐらい前、なんか君を見ていると覇気がないというか、心配してたんだが6月頃から……良く立ち直ってくれた」

「はい。お陰様で」

 私は部長に頭を下げた……そう明里のお陰だ。


「この仕事は、いくら努力しても結果を出せない時がある。そんな中で、たくさんの人が潰れていった。こればかりは手を貸せる人はいない。私が出来る事といったら、予算を取ってくる事ぐらいだ」


「はい、部長には大変ご心配をお掛けしました」

「これからも、期待しているよ」

「ありがとうございます」


 私は部長に深く頭を下げ、自分の席へ向かった。

 上に立つのも大変なものだ。


 私が席に着いた時、見計らったようにリーダー君とインテリ君が現れ、私の正面に座って挨拶してくれた。

「今後ともよろしくお願いします」


 私はビールを注いでもらいながら私も返した。

「こちらこそよろしく」


 私は近くの御盆からグラスを2つ持って来て、2人にビールを注いだ。

 2人は注いでもらったビールを飲み干すと「では失礼します」と会釈して席を離れた。


 いま、私の周りに人はいない。

 みんな上司やら同僚にお酒を注ぎにまわっている。

 これでゆっくり食事をとれる。


 そう思った矢先、私の右後ろにスッとひざまずく人影を感じた。

 振り向くと私の下に配属された新人の三上綾乃だった。

「主任、お疲れ様です」

 綾乃は日本酒の徳利を持っていた。


「主任は日本酒、大丈夫ですか」

「あ、ああ」

 私はビールのグラスを置いて日本酒のグラスを持った。

 ひざまずいていた綾乃は前へ進み、私の右隣に座った。


 この宴会場で、男性は水色、女性は桃色の浴衣を着ている。

 よって、桃色の浴衣が横に座ると、非常に目立つのである。


 同僚が気付いて寄ってきた。

「あれぇ、いいですねー」

 綾乃は日本酒を注ぎながら「今後ともよろしくお願い致します」と挨拶し「こちらこそよろしく」と私も返した。


 綾乃が私にお酒を注いでいる時、同僚がスマホで写真を撮った。

「後で送るから、もう1枚。こっち向いて」

 私と綾乃が正面を向いた時、再びシャッターが切られた。

「はいOKです」


 同僚は、にこにこして席から離れていった。

 私と綾乃は向き合って笑いを浮かべた。


「三上さんは、大学での専攻は?」

「私の研究テーマは、発光有機素材の被膜化です」

「物理学と応用化学の分野ですね」


「そうなんです。私は物理寄りの選択科目を取ってきたもので、研究室に入ってからは化学を基礎から勉強し直しました」

「この部所は両方必要だから、期待しています」


「私、主任の下に付けて、本当に嬉しく思っています」

「ええー? 私のような冴えない者の下に配属されて、気の毒に思っている」

「なんでですかー、私、この先も、主任に付いていきます!」

「ほんとぉ?」


 そんな話を交わしていると、別の同僚が2人集まってきた。

 私と初々しい新人の女性部下とのツーショットが、うらやましく見えたのだろう。

 綾乃はその空気を感じとり、丁寧にお辞儀して席を離れた。

 2人の同僚は微笑ましい顔を私に向けている。


 突然、その笑顔が真顔になった。

 ……なんだろう?


いよいよ次回から、強敵が現れます。


次回:ラスボス

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