孤独は国家の問題?
メルセデスは強いなあ。どーもーーーせみころーんさんですー。とてとて。
「(๑╹◡╹๑ …)<いつものせんせいさんに」
「(゜~゜:)<かえってきたね」
「(§ロ^。^イ§)<あとは西武がA入りすればオーケーオーケーなのん」
最後はともかくとして、いつものDeNAの負け方になってしまいました。
「(*^◯^*,)<もっと応援しなきゃだめなんだー!!!」
応援はしてます。
きょうは。
【ぼっちの恐怖、孤独は個人の問題ではない】
ぼっち・ざ・ろっく!のように、日本版フィクションぼっちをマスコミが煽るからです。
「(゜~゜:)<日本版フィクションぼっち、って何?」
日本でしか通用しないフィクション作品に登場するぼっちキャラのことです。
明らかに!
日本版フィクションぼっちという、痛ましいキャラが脚光を浴びる世界になってきたのです。
「(๑╹◡╹๑ …)<まーたトンデモ説」
「(∅)<どこに根拠があるんですか」
根拠はあります。
後藤ひとりさんのプロフを見てください。
天才ギタリスト、プロポーションは良い、両親に経済的な余裕がある、コミュ症とか言ってるけどバンドは組める。
どうですかこれ。
「(๑╹◡╹๑ …)<これぼっちじゃないじゃん」
でしょ。
こういうキャラが受けるんです。
受けるもんだから、つい便乗して、模倣作はいっぱいできるでしょう。となると。
「(。・_・。;)<なんでそんなに願ったり叶ったりなんだ!」
これになるんですよ。なるにきまってるでしょうよ。
かつての40年前のTVアニメや漫画の主人公のプロフとか見てくださいよ。
「(゜~゜:)<金持ちキャラでもなんだか貧相」
でしょ。それは当時の日本人がそんだけ貧しい暮らしを強いられてたからなんですね。なので、金持ちキャラでもなんだか貧相ってので受けを狙えたんです。
今は「実家に余裕がある」ことが前提のキャラが増え過ぎなんですよ。
響け!ユーフォニアムでも登場キャラはみーんな成績優秀にしか見えないくらいかわいい。余裕がない子供の成長物語が消滅してしまったんです。
だから「孤独は個人の問題ではない」なんて記事になるんですよ。
「(゜~゜:)<揃いも揃って、なんでー、余裕のある子供の物語がめっちゃめちゃ受けるの?」
かつて左翼に日本が支配されていたとき、余裕のある子供は敵だという恐ろしい思想が日本のどこにもあったからです。
「(๑╹◡╹๑ …)<どうして敵になるんですか」
敵だって毛沢東語録に書いてあったからです。あれベストセラーでしたし。
もちろん、反動は毛沢東の予想を遥かに超えてたんですね。余裕がない子供の成長物語なんて、絶対に国民の信頼を受けない。おジャ魔女どれみのころは「余裕のなさそうな子供」だったんですが、ぼっち・ざ・ろっく!のころになると「余裕であることが前提」にかわってしまったんです。
そりゃテロにもなるよね。
「彡/(゜)(゜)<かつては余裕のない子が防衛大を目指すとか、そんなんあったもんねえ」
余裕のない子が大学でものすごく貧しい暮らしとか、それは男の子だったら耐えられるんです。女の子にはかなりしんどいです。
ところが、いまは男女平等にしなければならないので、女の水準に合わせなければならないって感覚に変わってきました。
「余裕のない子が大学でものすごく貧しい暮らしを強いられ新卒でやってきた男の子」ってのは、もうアニメの主人公にさせてくれないんです。芥川賞の候補作品でも主人公にはさせてくれないでしょう。選考委員はものすごく貧しい暮らしを強いられてませんからね。
文学が失墜したのも、この辺に問題があるんじゃないですか。生活が間に合えば現実の世界を舞台にした小説は滅びるってことじゃないでしょうか。
「(๑╹◡╹๑ …)<ゑー」
「(§ロ^。^イ§)<何も言えなくなってしまいますわん」
岩波の国語辞典だろうが、どこの国語辞典だろうが、辞書から消滅する言葉ってのはあるんですよ。憎しみを煽るような言葉ってのを、みんな使わなくなってるんですよ。これから異世界ものばっかりになりますよ。異世界なら現実の恨みを買わないから。
「(๑╹◡╹๑ …)<で、どうすれば孤独の問題は解決しますか」
教師への厳罰化しか無いね。
「(๑╹◡╹๑ …)<それでうまくいきますか」
(ぴーー)先生は(ぴーーー)なので強制収容所行きだって世界にすればいいんじゃないでしょうか。教師への懲罰が明らかに足りないんですよ。
教師によっては数学のIIBどころか世界史もよくわかってないようなのもいますからねえ。
「(๑╹◡╹๑ …)<ゑーーー」
「(゜~゜:)<…そらぼっちふえるわ…」
ね、増えるに決まってるでしょ。ぼっちが報復するのも、教師がバカすぎるからでしょう。




