94話 事件は終わり…………
「さて…………早速だが、本題から入る。お前たちは何者だ?」
目の前の少女に問いかける。犬の耳、犬の尾、そしてフサフサの毛に包まれた脚からわかる通り、つい先刻、私が発見した集団に残させた捕虜である。捕虜とはいってもこの場に残らせただけで、拘束などはしていないが。
「率直っすねぇ…………あたしも率直に答えさせてもらうと、魔王軍っす」
…………主の読み通りか。
「あ、そういえば自己紹介がまだでした!あたしは、魔王軍幹部プロモーティ指揮下、第六小隊の一般兵!ソーニャっす!」
何の隠し立てもせず、ぺらぺらと全部語った。情報の漏洩とかを気にしていないのだろうか?単に、ソーニャがバカなのかもしれないが。
「幹部というのはやはり先ほどの道化か?すさまじい魔力を感じた」
「え、道化って…………いつもあの人、そう呼べって言って回ってるっす。なんで分かったんすか?」
「あ…………いや、そういう役職があるのだ。やつはその恰好を模倣していたから…………」
「なるほど!なんかいつも白い顔してると思ってたらそういうことだったんすね!」
…………化粧すら知らんのか。
しかし、それが獣人という種族の当たり前なのかもしれない。マテリアやドラゴニア、ネクス王国などは比較的獣人差別が少ない…………というか、ほぼ根絶されたかなり特異な地域だ。かつて大陸全土で起こった獣人による武装蜂起が起きたことを発端とする獣人に対する差別は、ほかの地域では根強く残っている。
つまり彼女の知識不足は、そういった背景が理由かもしれないのだ。
「そういえば、ヨミさんはなんでここに来たんすか?誰かに命令されたんすか?」
「うむ、主にな…………」
「主…………はっ、ヨミさんみたいな強い人でも奴隷にされちゃうんすね…………でも、魔王軍に来るといいっすよ!魔王軍なら衣食住完備…………あ、あれ?」
「…………私は奴隷ではない。主に使えると決めた忍だ」
またしても知らないようだ。そして先ほどの発想を見るに、この少女は近隣諸国の出身ではない。まだ根強く差別意識の残る国に生まれたのだろう。
「忍…………ってなんすか?」
「忍とは、主に仕え、主の命を拝し、主に奉公する…………」
今考えてみると、奴隷と忍に、大した違いはあるのだろうか。
「えー、それって奴隷と何が違うんすか?分かんないっす~」
パタンと耳を倒し、頭を抱えるソーニャ。
「しいて言えば、仕えたいと自ら思えるか否か、だな…………」
「仕えたいかって…………生きるにはそれしかないってなったら、そうなっちゃうんじゃないっすか?」
「……………………」
反論できなかった。
彼女の言葉は正しいのだろう。正しいからこそ…………曖昧な私を深くえぐる。綺麗に半分。
「ま、まあそんな話はいい。今回の本題ではないしな。次の質問に移ろう。お前…………いや、プロモーティは、あの城を攻撃する手段を持っているか?」
◇
アリアとのダンスを終え、俺は一人大広間を抜け出した。歩いて向かう先は、先程ペドロさんが収容されていた牢屋である。現在ペドロさんは落ち着きを取り戻し、大広間で誰かとダンスでもしていることだろう。
現在その牢屋に囚われているのは、ノーラさんだ。
俺の推理に大した反論もせず収容されたノーラさんを思い出し、胸に痛みが走る。証拠から彼女が犯人であることは明らか、つまり俺は正しい。しかし……それでもじくじくと痛む胸は晴れることはなく、暗澹とした気持ちも残ったままであった。
正義を振りかざし、悪人の名を白日のもとに晒す名探偵とは、こんなにも気分の悪いものなのだろうか。いや、これが俺でなければこんなことはないのだろう。
悪意とは無縁な、真っ白な廊下を歩き抜け、目的地へとたどり着いた。
「『魔力感知』」
幾つかの魔力を感じたので、一応確認しておくことにしたが……
「おや……いらっしゃったのですね、魔女様」
こちらを見遣り、いつものニヤニヤとした笑顔を崩さぬまま、イレーヌが言った。魔力の主はイレーヌだったようだ。
「お前こそ何でここに?まぁちょうど良かった。今回は助かった、ありがとな」
「………………」
おや……いつもと変わらぬ口調で返されるかと思いきや、俯いて黙り込んでしまった。
「…………そういうところですよ」
何やらボソッと呟いた気がしたが、イマイチ聞き取れなかった。
「いえ、何でもありません。こちらこそ、私の正体を見抜いたにも関わらず、こうして見逃していただいていますから……借りは返しておきませんと」
ん?
なるほど、どうやら見逃されたと思っているようだ。全然ことが落ち着いたら、監視のお兄さんに突き出して懸賞金でウハウハしようと思っていたのだが。
「話は変わりますが……ここへ来たということは、まだ続きが聞けると考えて良いのですね?」
「あー、なんだ、お前全部気づいてたのか?」
「全部……とは言えませんが、粗方、事件の裏側については」
もうお前が探偵役やってくれればよかったのに。
「なるほどな。まぁ、それなら俺の考えも正しそうで良かったよ」
扉を開き、階段を下る。牢は半地下になっており、地面の岩盤が剥き出しだ。エルデが喜びそうでなんかすごくヤダ。
少し奥へと歩いて行くと、牢を見張る衛兵の姿があった。
「魔女様……と、怪盗か。こんな所へ何を……?」
「すみません、ちょっと用事がありまして。危ないかもしれないので、お兄さんは離れていてもらえると助かるんですけど」
「そ、そういう訳には……これが私の仕事ですし、彼女に逃げられては……」
牢の中には、ノーラさんがいた。手首の辺りに当たり前のように手錠が繋がれ、冷たく湿った石の床に座していた。綺麗なドレスも薄暗い闇に侵食され、少々澱んで見える。俯きながらも、喧騒に気づき、こちらを見ていた。その顔に、一瞬微笑みが浮かび、消えた。その微笑みが何を意味するのか……俺にはまだ、分からない。
「彼一人くらいなら、魔女様が守れるでしょう?」
イレーヌがニヤニヤしながら問いかけてくる。
「お前も守らなならんだろ。俺あんまり結界張るのあんまり得意じゃ……ってどうした?」
「………………だから、なんでもないですってば」
またしても俯きながら、イレーヌがぷるぷるしていた。だからも何も、まだ何も言われていないのだが。
「破創の魔女…………あなたがまさか、そんなすごい人だなんて思ってもみなかったわ。あなたがいたことが、私の敗因だったのかもね」
ノーラさんが独りごちる。
「でも、あそこまで綺麗に当てられちゃうと、むしろ清々しいわね」
先程のように……しかし確かに異なる顔で、微笑む。
………………
「あなたは……負けてないでしょう」
堪えきれず、言葉が溢れる。
ノーラさんは、あくまでも善人だ。こうして殺人を犯したとはいえ……良い環境で育ち、愛されてきた、平和を好む女性。彼女のことを何も知らない俺が言うのも変かもしれないが、それは間違いない。
俺の言葉を受けて、驚きを隠せていないのがいい証拠だ。
「あなたの目的は、あの男を殺す……それだけだったんでしょう?バレるか否か、後から捕まるかどうかなんて、眼中になかったはずだ」
「…………どうして」
心の底から驚いているのだと分かる、純粋な瞳。焦りも怒りもない……驚き。
「だからこそ、ノーラさん。あと一つ……あの場で出さなかった、最後の証拠……あなたに『呪い』を教えた相手を、今から糾弾します」
またしても、同じように驚く。俺だって分かっていたわけではないが、いるとしたら、一人だけだった。
「来いよ、カウセル・パルタゴン…………いや、こう呼ぶのは間違いか?偽物さんよぉ」
俺の言葉を受けて……ではない。扉を開け、入ってきたのは、カウセル・パルタゴン……の偽物だった。
「あちゃー、バレてました?いい感じに変装、したつもりだったんですけど」
普通の人間と変わらぬ姿で、彼は言った。
誰かがこちらに向かって歩いて来ていることは、魔力感知で分かっていた。そして、それが彼であることも。
「変装は精巧なんだろうよ。そもそも俺は本物の顔も知らないけどな。問題は証言の方だ……」
イレーヌのようにニヤつく事もなく、かと言って焦るでも怯えるでもなく、落ち着いた笑みを浮かべてみせるパルタゴン。妙に落ち着きすぎている……いや、気にするだけ無駄だろう。
「あの日被害者は、俺に怯えて部屋に逃げていった……そんな奴が、顔も知らないお前を部屋にあげ、あまつさえ体調を聞かれて『元気だ』と答えるか?」
「……なるほどね、まぁ確かにおかしいか」
自嘲するように笑う。気持ち悪いくらいに自然体だ。動揺も焦りも恐怖も、微塵も見えない。
「魔女様…………何かがおかしい」
イレーヌのいうとおりだ。何か名状しがたい…………嫌な予感がする。
「あはは、焦ってます?そうですよね…………もうちょっと潔く白状してくれるものだと思いましたよね?経験則から」
まさか…………ノーラさんの事件は布石か!?
「もうそろそろ、フィナーレですよ」
◇
「攻撃する手段って…………あ、もしかして、あの城に誰かいるっすか?それなら早く伝えた方がいいっす」
やはりか。
しかし、早くというのは…………
「あの城、爆破されるっす」
まるで、右があれば左があるかのように。
ごくごく当たり前に、そう言った。
「…………は?」
◇
パルタゴンの呟きの意味を咀嚼する前に、共鳴石を通じて声が響く。
『爆破される!』
短く、一言。
その動揺は、伝わってしまったらしく。
「あ、伝わりました?どうやらかなり優秀な方がいるようだ…………もう遅いけどね」
パルタゴンが牢の中に移動し、ノーラさんの手を取る。二人は光に包まれ…………
「くそ、逃げられ…………なっ……!?」
二人の姿が消えてすぐに、急激な魔力の高まりを感じる。こんなのがどこに…………
考える暇もなく。
「『結界』!」
イレーヌと衛兵に結界をかけ。
「『テレポート』!」
◇
大ホールにて。
転移後、即。
「ソルス、結界!」
「分かってるわよ!全員サーモグラフしてるから安心しなさい!『対物魔結界』!」
会場のすべての人間に結界が張られる。
◇
しかし、アリアの結界内に、一つ。
魔力を吸収する神器…………今は爆弾へと変貌しているが。
◇
破壊スキルを手にまとい、結界を破壊せず、中和する。
◇
そのまま抜き取り。
◇
「『テレポート』ぉ!!」
◇
聖ケトラコル城は、真の純白へと染まった。
次回で第七章は終了です。明日も同じ時間に出ますので、どうぞよろしくお願いします!




