93話 破創の魔女の、ドキドキ推理ショー
どよめきが、消える。
何せそれは…………
「リン、ちゃんと考えた上でそれなの!?あのお姉さんが最後に被害者に会ってるからって…………」
微笑みを消し、伏せ目がちながらこちらを見据えるノーラさんを差し置いて、ソルスが大声で非難し始める。俺の推理を手伝ってくれているのか、単純に何も分かっていないのかは俺には分からない。しかし、ソルスのツッコミはいい感じに動線を作ってくれた。
『そう、ノーラさんは被害者と一番最後に会っています。つまり被害者が生きているのを確認した、最後の人間です…………しかし、そんなことにはなんの意味もありません』
「どういうことです?最後に会ったことに意味がないなら、証言が嘘であるという線もないし…………」
監視のお兄さんはまだ気づいていないようだ。最後に出会った…………それ自体には全く意味は無い。彼女はいつ会っても良かったのだ。
『それではまず、トリックについて。今回鍵を握るのは「呪い」です。メリル、解説頼めるか?』
「あ、はい!」
メリルが先程と同じ説明をしてくれる。魔法に疎い者でも、一応の理解はできたことだろう。
『彼女が説明してくれた通り、呪いの中には触れた相手から魔力を吸い取るという物があります。そしてそれは事前に付与可能であり、付与時以外に魔力を必要としません』
『そして生物は魔力を使用した後、生命力を魔力へと変換することで魔力を回復します。それは生命力が少なかろうが自動的に行われ、回復が追いつかず死ぬ、なんてことも起こりえます。それが今回の死因…………魔力不足による、生命力の魔力化。被害者は対して魔力を保持していなかったようですし、後々死ぬラインまで持っていくのにそう時間がかかることはなかったでしょう』
「確かに、それなら会うタイミングが関係ないことにも、現場に魔力が残っていなかったのにも説明がつくが…………相手に触れられる必要があるんだよね?」
今度はクロノだ。隣ではオリアナが何やら興奮した様子で場を見守っている。ミステリ物が好きなのだろうか?
『ええ、もちろん。しかし身体的接触が起きたかどうかはまだ分からない…………それを裏付ける為の新たな証拠を提出します』
監視のお兄さんの部下たちが、被害者の部屋のカーペットを持ってきてくれた。
『ここに、非常に見づらいのですが、血痕があります。鑑定スキルでも誰の血液かは分かりませんでした』
「誰の物か分からない血液等、証拠として使えるのか?」
ずっとまともなおじさんが首を傾げる。しかし、今回重要なのは『誰の』血液かではなく、『いつ付着した』血液かであるのだ。
『鑑定スキルによると、この血液が付着したのは、少なくとも事件当日です。このカーペットは血液のシミも落とせるような特殊な素材で作られているそうです。客が使う部屋の物は全て清掃していたそうですので』
事件当日…………つまり、あの部屋で血液を付着させられる人間は、被害者、そしてあの部屋を訪れた四人だけなのである。
『そしてノーラさん、あなたの年齢をお伺いしたい』
「…………24歳です」
あの時のように変な声を出すこともない。もう、何を言われるかは分かっていたのだろう。
『あなたの肌には、局所的に年齢にそぐわない見た目の部分がありますね』
「……………………」
反論はない。
『ではここで一つ、魔法についての講義を始めましょうか』
「お兄様…………?何を…………」
突拍子もないことを言い出す俺に戸惑う仲間たちに笑顔を向ける。ここからが本番だ。
同じく戸惑いだした会場の人々も、クロノやグレイ、マイルドンが黙らせてくれる。
『今回の講義内容は、「回復魔法」について、です。皆さん、回復魔法はご存知ですね?』
沈黙。
…………肯定と捉えさせてもらおう。
『普段あまりお世話になることはない魔法だとは思います。なので、回復魔法の原理について、詳しい方は少ないでしょう』
ソルスがいるせいで俺たちの周りでは当たり前に使われまくっているが、本来回復魔法は神に仕える神官や、大地に深く関わりのある地竜族といった数少ない人々だけが使えるレアな魔法なのである。俺も使えるが、その出力はソルスには遠く及ばない。精々手の指の再生くらいが限度だ。
その代わり民間に普及しているのは魔法薬である。エルデが作っていたあれだ。あれはより回復魔法に近づけた魔法薬ではあるが。
『回復魔法の根本的な効果は、治癒力の前借りにあります。俺たちが生まれ持つ、傷を直そうとする力……それを数日分から数年分、無理やり捻り出すのが回復魔法です。体に少々負担がかかりますが、その代わり即効性は高いです』
ソルスがうんうんと頷く。アイツのは効果が強すぎて、その負担すら感じないのだが。
『対する魔法薬は、外部から治癒力を体内に注入する物です。治癒力が増えようと、結局は自然治癒に任せるため、即効性は低いのが特徴ですね。これらの間にある圧倒的な違いが、治癒力をどこから引き出してくるか?です』
可哀想なことに良くエルデに絡まれるアリアが、先程のソルスよろしくうんうんと頷く。可愛いね。
『内部から引き出す回復魔法、外部から持ってくる魔法薬…………そして先程言いましたように、治癒力内部から引き出す回復魔法には副作用…………体への負担があります。そしてその負担は…………患部周辺の老化として顕出する』
この言葉こそが、俺の決定打だ。そして俺の期待通りに会場には驚きが走った。納得する者、未だ反駁する者、人の数だけ反応がある。
『肌の局所的な老化……普通に生きていれば起きることではありません。回復魔法を用いた証拠として十分でしょう』
「…………主張は理解しました。ですが……ただ怪我をして、回復魔法を使っただけであると、言いきれないわけではないでしょう?」
ノーラさんが食い下がる。そこも想定内だ。
『そうですね……老化が見られる部分が、「そこだけ」なら、ですが』
「………………」
『ノーラさん、今からあなたには身体検査を受けていただきます。もちろん容疑者であるカウセルさん、ペドロさんもです。俺の予想通りであれば……あなたの体には、複数箇所に老化した部分が存在するでしょう』
「複数……?」
メリルが疑問を呈する。なんだ、今日は皆して協力的だな。
『呪いは触れた相手の魔力を吸い取る……しかしその量は、吸収の魔法と同様、触れた回数などに依存します。ノーラさんは、被害者に暴行を加えられた……否、暴行を加えるよう仕向けたのではありませんか?』
そうすることで自然に触れられ、魔力を吸い取り、部屋に魔力を残すことなく被害者を魔力が枯渇した状態にすることが出来る。体の傷はドレスで隠せるし、顔の傷も先程のように怪我だと言い張れば済む話だ。暴行を加える際の音も、ここの豪華な部屋の壁が薄い訳がないので、聞こえていたとしても転んだとでも言えばいいだろう。
と、少々詰めこそ甘い推理ではあるが、ほぼ確定と見て間違いない。
珍しくイレーヌがニヤニヤせずに、俺の話を相槌を打ちながら聞いているのがいい証拠だ。
『カーペットに付着した血液は……その際の怪我によるものでしょう』
反論はない。そもそも……最初から、反論する気も無かったのだろう。
「ノーラさん、こちらです」
話が終わったとみて、お兄さんの部下たちが容疑者達を連れていく。身体検査のためだ。そしてもちろん俺も。
「…………なんか、あっけない幕引きだったわね」
ソルスがぽしょりと呟いた一言は、静かな大広間には少し惨すぎた。
◇
「検査の結果ですが……魔女様の推理が正解だったようです。ノーラさんの肌からは幾つも老化した場所が見られ、別の調査によって彼女が回復魔法を使えることも判明しました」
やはり、か。もちろん俺やペドロさん、カウセルさんにはそんな箇所はなかった。それ以上に女の人に検査されたので、凄くいけない気持ちになりそうだった。
「そして、ノーラさんが罪を犯したと自供しました」
と、お兄さんが宣言した事により、世界会議を舞台に巻き起こった殺人事件は、収束を見せたのだった。
…………なんだかなぁ。
人殺しをした人間を突き止めた。それ自体は良いことだ。
証拠や推理から、彼女が犯人でほとんど確定だとは分かっていた。その動機も、ある程度の見当はついている。初めての探偵ごっこにしては上出来だったし、今の俺は名探偵そのものだ。
…………しかし、どうにも嬉しくない。気持ちよくもない。むしろ…………気持ちが悪くなるくらいだ。
アリアに寄り添ってくれたのは、あの男が醜態を晒したのを喜んでいたからだったのだろうか。
俺の周りには、正直者が多すぎる。真っ直ぐで、そのせいで馬鹿に見える時もあるが。だからこそ、こうやって人間の汚い部分を見ると、思い出してしまう。自分も、そちら側であることを。
「……ぃ様…………お兄様!」
「……お、おう、アリアか。どうした?」
「どうした?じゃありません!…………お兄様、貴方が気に病むことはありません。お兄様は、真実を解き明かしたに過ぎないんですから!」
…………やはり、かわいい妹には全てお見通しなようだ。腹の底まで見透かされていそうで怖くなる。
そんなことすらも、見透かされているのだろう。
「お兄様、行きましょう。マイルドンさんが舞踏会を開くと言って聞かないんです。ここは今から準備が行われるとの事ですし、お部屋に戻って休みましょう?」
と言いながら手を差し伸べるアリア。
舞踏会……か。マイルドン・スラスター、怪しい動きをしながらも、結局何もなかった男…………否、まだ断定し切るには早いか。まだ一悶着、あるのだから。
「あぁ、そうだな」
しかし、今くらいは。何も考えたくなかった。
アリアの手を取り、誰もいなくなった大広間を二人で去るのだった。
◇
「お主ら、舞踊の準備は整っているかな!?」
「「「「おおぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
相変わらずむさ苦しい返事を聞きながら、俺は周囲を見渡した。一度は追い出された大広間だったが、先程まであった円卓はどこへともなく消え失せ、城中の人間が自由に踊れるだけのスペースが確保されていた。相変わらず広いな。
「舞踊……舞踊、ですかぁ…………」
何故かユリアとメリルがチラチラとこちらを見てくる。結局俺が身バレしたことによってユリアの素性もバレたが、同時に既に王族から追放されていることも知れ渡った。それに俺が近くにいるため、あの日のアリアのように囲まれることはない。
「何だよ、チラチラこっち見て」
聞いてみるが、何かお気に召さなかったようで、つーんとそっぽを向くだけだった。
分かっちゃいるんだが…………今回ばかりは、譲ってやって欲しい。
「そういえば……ヨミちゃんっていつ帰ってくるのかしら」
そうだ、探索に行かせてからしばらく経つが、まだ帰ってきてないな。共鳴石で連絡を入れてもいいが……潜伏している時にかけて驚かれたりしたらマズイ。
「ま、あいつなら大丈夫だろ。もうしばらくしたら帰ってくるさ」
適当な言葉でソルスを丸め込む。まぁ本気でそう思ってはいるが。
イレーヌの変装に気付けなかったのが余程悔しかったのか、ソルスはヨミのことを結構心配しているようである。
そんな中、マイルドンによって手配された楽団による演奏が始まり、人々は思い思いにステップを刻み始める。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ」
「行くってどこに?」
「もちろん、可愛い妹のとこだよ」
ソルスと別れ、グレイと歓談する貴族の隣でニコニコするアリアの元へとたどり着いた。
「おお魔女殿、どうされたのだ?」
話していた相手は空気を読んでどっか行ってくれた。いい人だなー。
「いえ、ちょっとアリアに用がありまして」
「私、ですか?」
少々困惑した様子のアリア…………迷惑だろうか。いや、流石にそんなことはないはず……怖くなってきた。
ドレスのまま膝を着き、片手を差し出しつつ。
「お嬢さん……私と、踊っていただけませんか?」
ウインクを決める余裕はなかった。毎度いい所でカッコつかないものである。
「……っ…………はい、喜んで!」
良かった…………一瞬の間が永遠に思える程だった。アリアに拒絶されたら生きていけないからね。嬉しそうに微笑みながら、その細く嫋やかな手を俺の手へと重ねてくれた。
…………俺にダンスの経験などない。が、今回ユリアに成り代わるにあたり、メイド長にしこたま叩き込まれたため、何とかなるだろう。
楽器が奏でる優美なリズムに身を任せ、可愛い妹の足を踏まないように気をつけながら踊る。アリアは上手かった。俺なんかより断然…………当たり前か、急拵えの俺と違って、アリアはずっとあんなことを習う環境にいたのだから。
改めて、環境の違いを感じた。一国の王女、そんな存在が俺の前で、俺の妹だと胸を張って言ってくれる。それがどれだけ奇跡的で、素晴らしい経験であるか、とうの彼女は気づかないだろう。現に俺たちは、そんな奇跡の時間を二人で踊ることに費やしている。金糸のような頭髪がたなびき、二人の視線が絡み合い、自然に笑みがこぼれる。
貴賎の差は、埋めがたく存在する。社会的な立ち位置だけでなく、人としてのあり方にも。
でも、ただ一人。この少女が…………俺の妹が、俺が兄であることを今後一生誇りに思えるように。俺の妹であることで不利益を被らないように。俺の手をとって、俺を諌めて、俺の目の前で笑う彼女の笑顔が、決して絶えないように。
生きようと思った。
明日も更新あります。また同じ時間にお会いしましょう




