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放蕩騎士

 岩石を砕くためルーサーが放った風の矢のうち、一本は岩石に命中しなかったこと。そして、外れた矢の進む方向にはルースの竜巻があること。

 風の矢は竜巻によって方向を変え、ミルコの右後ろからミルコの右太ももに突き刺さった。


「ぐあっ!」


 ミルコは右太ももを抑えながらその場に倒れこむ。

 ルースはマンティコアの攻撃を、下半身を持ち上げてかわすと、飛び跳ねるように立ち上がり、ミルコに向かって再びゲイル・シューターの構えを取った。


 ミルコはここに来て気付いた。

 ルースは、自分のいる建物にマンティコアが飛び移って来たときを除いて、一度もマンティコアを相手にしていない。いや、おそらくそのときに判断したのだろう、マンティコアは相手にすべきではない、と。ルースはずっとミルコに対してのみ攻撃を続けていた。相手に隙ができるのを待っていたのはミルコだけではなかった、ルースも同じであったのだ。

 ミルコはルースとの戦闘経験の差を感じた。そして、そうであるならば、ルースがまだ見ぬ戦法でこそ、勝機がある。


「こ、こうなりゃ『奥の手』だ……アームド・マンティコア!」


 ルースの背後にいたマンティコアが土片となりミルコに向かって飛んでいく。ルースは咄嗟にゲイル・シューターの構えを解き、土片を回避した。

 土片はミルコの身体に吸着し、赤茶色の鎧となる。ガントレットからは鋭い爪が伸び、背中からはサソリのような尻尾が形作られた。


「なんだい、そりゃ……」


 ルースは、初めて見る目の前の光景に戸惑いながらゲイル・シューターを放ったが、ミルコは上空高くジャンプして風の矢をかわし、ルースに向かって飛び掛かってきた。

 ルースはかわされた風の矢のうち数本の進む方向を竜巻によって転換させ、背後からミルコを狙ったが、風の矢はミルコのサソリの尾で簡単に薙ぎ払われてしまった。


「死ねぇ!」


 明らかに届かない距離からミルコが右手を大きく振るうと、宿の3階部分が屋根ごと、文字通り切り裂かれた。


 屋根の破片がパラパラと降りしきる中、ルースは宿の3階の床で倒れ、月が浮かぶ夜空を見上げていた。

 直撃は免れたが、首をガードした腕とわき腹に攻撃がかすり、出血している。


 ミルコがわずかに残った屋根の上からルースを見下ろしている。

 腰を落とし、片手を足元につき、その様はまるで獣。


 ルースは、自嘲したように笑った。


「はは……まいったね、こんなことになるんなら隊長なんて辞退すれば良かったな」


 あのときのように――





 ルースは20代で騎士団長に昇格した。


 当時のルースは、使命感に溢れ、実力もあった。若年での昇格は、古参の騎士からの妬みもあったが、多くの者は昇格を妥当であると考えていた。


 そんな中、ルースにはもう一つ、幸せが舞い降りた。

 娘が産まれたのであった。

 その時期、ルースの人生は順風満帆であり、世の中の全てが自分を中心に回っているような気さえしていた。


 しかし、それは束の間の幻想であった。


 ルースの娘が産まれて直ぐ、ルースの妻が心臓の病でこの世を去った。

 そして、ルースの娘の心臓にも病が見つかった。このままでは1年と持たない。助かる方法はただ一つ、心臓の移植であった。しかし、この世界においてもクロキの世界と同様、臓器移植はハードルが高い。特に子どものドナーとなると、1年やそこらで見つけることは不可能といっても良かった。また、費用も高額であり、騎士団長といってもルースの給料の10年分に匹敵した。


 そのとき出会ったのが、裏社会を仕切るマーゴットであった。


 当時のマーゴットはまだボスという立場ではなく、組織の中でもまだ若手であった。

 マーゴットは地下闘技場を開設し、その売り上げを伸ばそうと考えていたが、当時はまだ思うように強い闘技者が集まらず困っていた。

 そこで、マーゴットは組織のルートでドナーを見つけ、費用も貸し付ける代わりに、ルースに闘技場で戦うよう取引を持ちかけた。


 ルースに迷いはなかった。


 ルースはマーゴットと取引をした脚で騎士団本部へと向かった。


「本気か?」


 当時まだ騎士団本部で総務課長であった現軍部長官のミュラーが、複雑な思いでルースの申し出を聞いた。


「はい、騎士団を退団させてください」

「理由は? うだつの上がらない連中の誹謗中傷を気にしているのか?」

「いえ、そんなことは、ただ、一身上の都合と……」

「ふむ……子どもの病気と、関係があるのか?」


 ルースは頭を下げたまま固まってしまった。


「辞めた後はどうする、仕事のあてはあるのか?」

「いえ……」


 闘技場のことなど言えるはずもなかった。


「ならば、辞める必要はあるまい。今後の生活費を考えても、騎士団に残った方が良い。体裁は悪いかもしれんが、ただの騎士に戻るのならば、休暇も取りやすいし良いのではないか」

「しかし、それでは……」

「構わん、構わん、それに俺としては一人でも優秀な騎士に残ってほしい。そして、全てが落ち着いたら、再び部隊を率いてほしい」


 ルースの眼から涙がこぼれた。


 ルースはマーゴットの元に戻ると、一つだけ条件をつけた。

 くれぐれも自分が闘技場で戦うことが漏れることがないように。

 ルースが闘技場で戦っていることが公になれば、それがどんな理由であれ批判は免れない。そして、ミュラーの好意を無為にすることになる。

 マーゴットは快諾した。


 その後、わずか1か月でドナーが見つかり、ルースの娘は心臓移植を受けた。

 娘は無事成長し、今年で15歳となる。


 そして、今でもルースはマーゴットへの借金を返済するため、闘技場に立ち続けている。





 ルースは飛び起きると、宿から飛び降りた。

 このまま宿で戦えば自分ごと1階のギブソンも切り裂かれる。ここで戦うのは得策ではない。

 ルースは飛び降りながら、屋根の上に立つミルコに向かってゲイル・シューターを放った。


「無駄無駄ぁ!」


 ミルコはルース目掛けて屋根から飛び降りながら、再び右手で爪攻撃を放ち、風の矢を全て薙ぎ払った。

 ルースはエア・カーテンを使いつつ着地すると、ミルコの追撃をかわすため、直ぐに横に跳んだ。

 地面に深く3本の爪痕が刻まれる。

 ルースが転がりながら、着地するミルコに向かってゲイル・シューターを放つと、サソリの尾で防御されながら、1本の風の矢が尾をすり抜け、鎧の胴体部分に命中した。

 しかし、鎧は思ったよりも頑丈で、風の矢はギリギリ鎧を貫通したが、ミルコの身体に刻まれたのはかすり傷。

 ミルコがサソリの尾を大きくもたげたかと思うと、その尾の先をルースに向け、連続で突きを放ち始めた。ルースは、後ろに下がりながら尾の突きをかわしていたが、ついに建物の壁にぶつかり後ろに下がりきれなくなる。

 ミルコはその隙を逃さず、右手を大きく横に振るうと、ルースの背後の建物が切り刻まれた。

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