蠍尾の獅子
ベルナルドの刀身の根元から水流が発生し、刀を覆う。そして、その水流は巨大な水しぶきとともに、龍の頭部を持ち、刺々しいひれを持つ巨大な海蛇へと変化した。
「何なの、あの魔法、見たことない……」
2階建ての建物よりも大きなレヴィアタンに思わず唾を飲み込むカオリ。カルガナは腕を組みながら、表情を変えずにレヴィアタンを見つめていた。
「クロキさん、あなた、これを知っているようですね」
カルガナが、驚いた様子を見せないクロキに聞いた。
クロキは、形成された幻獣の大きさには多少驚いたが、遺跡でグイードが使った固有魔法と同種のものであったため至極冷静であった。
「あれは、魔法、というか魔力を幻獣の形に象っているものです。幻獣自身に明確な自我ありません。おそらく術者の命令、又はシンプルなプログラムに従って動くだけです」
「プログラム? どういう意味か」
「都度命令するのではなく、例えば、とにかく一定の範囲の敵を攻撃する、などの持続的な行動をさせることです。そして、『奥の手』と呼ばれる――」
「お喋りはそこまでだ、行けっ!」
ベルナルドはレヴィアタンの頭部に立つと、クロキに向かってレヴィアタンを突撃させた。クロキは転がるように横に飛んで直撃は避けたが、レヴィアタンの周囲に発生する水流に巻き込まれた。
ベルナルドは、そのままレヴィアタンを直進させながら、仲間のイヴァーノとアーシアに向かって叫んだ。
「グイードの仇は俺が取る! そいつらは任せたぞ、手柄は二人で分けろ!」
そう言い残し、ベルナルドとレヴィアタンは、建物を破壊しながらクロキを彼方へと連れ去った。
「二人で分けろってさ、どうする?」
アーシアがイヴァーノを見た。
「何を馬鹿な、手柄は全員のものだ。無論、グイードを含めてな」
イヴァーノとアーシアが揃って剣を顔の前で構え、切っ先をカルガナとカオリに向けた。
「フォーミング・アジ・ダハーカ」
「フォーミング・アンズー」
イヴァーノの剣の刀身の根元からは炎が、アーシアの剣の刀身の根元からは風が発生し、それぞれの刀身を包む。
モンテ皇国の一行が宿泊する宿もまた、メソジック帝国軍の襲撃を受けていた。
ルースは護衛部隊の兵士とともに建物に立てこもり宿の正面から攻撃を仕掛けてくる十数人のメソジック帝国兵を迎え撃ち、ギブソンと残った書記官、そしてヒースを宿の従業員とともにフロントの奥に集め、彼ら――非戦闘員を守りながらも、ルースは一人、また一人と敵兵を減らしていく。
だが、突如として建物の壁を突き破って無数の岩石が建物内に降り注いだ。ギブソンを庇って一人の兵士が岩石の直撃を受け、倒れる。
ルースが宿の外を見ると、道を挟んで反対側の建物の上に眼鏡を掛け、髪を逆立てた青年――ミルコが立っていた。
結界も何もない宿の中では魔法を防ぐことはできない。このまま宿に立てこもることはむしろ危険であった。
「あいつは俺がやるよ。君らはこのままギブソン殿を守ってくれたまへ」
「た、隊長、しかし……」
護衛の兵士は、ルースを欠いてギブソンを守ることに不安がる。
「大丈夫、直ぐ戻って来るよ。それに、君らなら大丈夫さ」
ルースは、ミルコが再び魔法を放つ構えを見せたのを見逃さず、岩石で開いた壁の穴からミルコをクロスボウでけん制した。
「エア・ライド」
そして、空気系魔法エア・ライドで、空中に空気の足場を作り、階段を上るように宿の屋根まで上がると、クロスボウで道を挟んで真向かいの建物の上に立つミルコに向かって矢を放つ。
ミルコは顔の前に剣を構え、切っ先をルースに向けた。
「フォーミング・マンティコア」
ミルコの刀身の根元から土が湧き出て、その土はサソリの尾を持つ赤茶色の獅子の形を形成した。
そして、獅子――マンティコアはサソリの尾を振るうと小枝でも払うかのように矢を薙ぎ払う。
「これはこれは、珍しい魔法だねぇ」
ルースは、空気系魔法エア・カーテンを唱えながら腕を身体の前で振るうと、身体の周りに空気の渦を作り出した。
「どうやら、宿の連中の前に、あんたを倒さなければならないようだな」
ミルコがニヤリと笑うと、マンティコアがルースの立つ屋根目掛けてジャンプをした。ルースはマンティコアに向かって矢を放つが、マンティコアは空中で回転しながらサソリの尾で矢を薙ぎ払い、宿の屋根の上に着地すると、ルースに飛び掛かる。ルースはマンティコアの攻撃をかわしたが、マンティコアの牙は石造りの宿の煙突をいとも簡単に砕いてしまった。
「こりゃ、一発で終わりだねぇ」
ルースは冷や汗をかきながら、後ろ向きにミルコに向かって矢を放つ。
ミルコは、マンティコアにルースを任せて、再び宿に向かって魔法を放とうとしていたところをまたもやルースにけん制された。
「ちっ、おっさんやるなあ」
ルースはマンティコアの攻撃をかわしながら、ミルコに向かって矢を撃つが、ミルコは剣で斬り払い、かすりもしない。このままでは体力が尽きて敗北は必至であった。
「仕方ないね、少し本気を出すよ」
ルースは自身の周りを包む空気の渦から数本の竜巻を作り出すとともに、クロスボウを剣に持ち替えた。
「はは、接近戦か? 望むところだぜ」
ミルコが笑いながらルースの動きを注視する。
しかし、ルースはミルコに向かって行かず、その場で剣を胸の前に水平に構えた。
「ゲイル・シューター!」
ルースが魔法を唱えると、刀身に5本の風の矢を生成され、ルースはそれらをミルコに向かって放った。
「うおっ!」
ミルコはルースの風の矢――ゲイル・シューターを咄嗟にかわしたが、体勢が崩れたところに、再び風の矢が放たれる。ミルコは次の矢をかわそうと転がったが、1本の矢が身体を掠めた。
「くそっ、マンティコアっ!」
ミルコが叫ぶとマンティコアの動きが止まった。
ルースが不振に思いマンティコアを見ると、マンティコアのサソリのような尾の先が花のように開き、剣山のような棘の塊が現れた。
「行けっ!」
ミルコの掛け声とともに、棘がルースに向かって一斉に放たれる。ルースは咄嗟にエア・カーテンを唱え、棘を防ごうとしたが、数本が身体に刺さった。
ミルコはその隙を見逃さず、土系魔法ロック・クラッシュを唱え、ルース目掛けて岩石を飛ばしたが、ルースは飛んでくる岩石に気づくと、仰向けに倒れながらゲイル・シューターを放ち、岩石を砕いた。
ミルコは、またもや舌打ちをする。これだけ攻め続けてもなかなか崩れず、隙を見せないルースに苛立ちを募らせていた。
故に見逃した。




