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実戦経験の差

 しかし、ルースは脚と腕に爪攻撃を掠らせながら、致命傷は避けていた。


 ルースは爪攻撃の間合いを見切っている。ミルコは確信した。

 三筋に走る爪の間には、ミルコとの距離が一定以上離れれば人の横幅ほどの間隔が開く。その間に入り続ける限り致命傷は避けられる。避けられなくとも、一筋であれば剣である程度防御をすることも可能だ。


「甘いぜ」


 しかし、ミルコはニヤリと笑うと両腕を後ろに引きながら、胸を大きく突き出した。


「マジかい……くそ、エア・カーテン!」


 咄嗟に防御の態勢を取るルース。

 ミルコはが十分に溜めて両手を勢いよく振るうと、ルースの背後の建物がミルコの両腕から放たれた爪の斬撃によってバラバラに切り刻まれ倒壊した。

 ルースは身体に直撃を受けた。しかし、咄嗟に唱えたエア・カーテンと、身をよじってかわしたことによって、またもや致命傷を避けていた。


 ミルコは驚愕していた。

 ルースがいくら攻撃をしても死なないことに。そして、今の大技の隙に、ミルコの身体に風の矢が撃ちこまれていたことに。

 風の矢は鎧の胸とみぞおちの部分に一本ずつ、さらに、一本は顔を、一本はわき腹を掠めていた。


「……ははは、おっさん、やるな。だが、あんたと俺の怪我は見ての通り雲泥の差だ。グイードのようにグッチャグチャにしてやるよ」


 心に忍び寄る畏れを払いのけるかのように、ミルコは大きく声を出して笑った。


 ルースは身体を起こすと、激しい攻防によって乱れた髪が顔に掛かる。ルースが髪をかき上げると、どこかで頭をぶつけたのか、頭から顔に血が流れた。


「グイード? うちのクロキくんが倒したっていうお仲間かい? 何て涙ぐましい絆だろうね。こうやって仇を取ろうなんて」


 ルースとしては皮肉のつもりであった。しかし、ミルコはピタリと笑いを止めた。


「仇……そうだ、あのとき虫の息だったグイードを見て……グイードを助ける仲間を見て、俺は心底ムカついたんだ」


 ミルコは目を見開いた。


「なんで、しっかり息の根を止めないんだってな!」


 ミルコは地面に向かって唾を吐いて続けた。


「俺は、あいつが嫌いだったんだ。いつもいつも抜け駆けをしやがる。あんたの仲間にやられたのだって、手柄を独り占めするつもりだったに決まっている。俺はなあ、正直、グイードがあんたの仲間にやられてスッキリしたんだ、ハハハっ」


 大きな声で笑うミルコを見ながら、膝に手をついてルースは立ち上がった。


「うーん、最近の若い子の考えは、おじさんにはちょっと理解ができないなぁ」

「理解してもらおうなんて思ってない。もうすぐあんたは死ぬんだからな!」


 ミルコが両手を広げて構えた。


「それは怖いね。でも――」


 ルースはミルコの構えに対し、右手に剣を持ち、左手でクロスボウを握って肩に担ぐ。


「多分、おじさんが勝つよ」


 ルースはクロスボウをミルコに向ける。ミルコの位置からでも矢は装填されていないことが確認できる。しかし、ルースは迷わず引き金を引いた。


「なにっ」


 なんとクロスボウから風の矢が放たれた。

 ミルコは驚きながらもガントレットの爪で風の矢を薙ぎ払う。


 ゲイル・シューターは刀身を弓に見立てて風の矢を放つ魔法ではない。風の矢を創り出し、放つ魔法である。当然、クロスボウで風の矢を撃つことも可能である。


 ルースは間を置かず連続で引き金を引き、ミルコに向かって風の矢を連射する。


「ふん、一度に五発撃たれる方が厄介だったぜ」


 ミルコは爪やサソリの尾で風の矢を次々に薙ぎ払っていくが、少しずつ反応が遅れ始めていることに気付き、体勢を立て直そうと風の矢を回避し、距離を取った。そして、爪の斬撃の構えに入ろうとしたが、再び休む間もなく風の矢がミルコに向かって放たれる。


 爪の斬撃には一定の溜めが必要である。しかし、今、ルースが風の矢をが放つ速度は、その溜めを作る暇を与えなかった。

 刀身を弓に見立てて風の矢を放つときは一度に5射が可能だが、クロスボウを使う場合は、1射ずつとなる反面、引き金を引くだけで風の矢が放たれる。つまり、次の矢を撃つまでの時間が短かった。


「おい……おい! 嘘だろ、押されているだと!」


 ミルコは、このまま風の矢を防御し続けるのは危険であると察知し、マンティコアの脚力を生かし、狙いを定められないよう上下左右に跳び回りながらルースに飛び掛かろうとした。


「元気だねえ、でも近寄んないでほしいな」


 しかし、ルースはミルコとの距離を保ちながらクロスボウから風の矢を撃ち続け、ミルコを近寄らせない。

 このままでは埒が明かないと、ミルコは風の矢が鎧を貫通しないことを頼りに、胸やみぞおちなどの急所をガードしながら思い切ってルースに向かって真っすぐ飛び掛かった。

 両手を使わずとも、サソリの尾がある。まともに当たればルースを串刺しにできる威力はある。

 サソリの尾が勢いよくルースを突いた。

 ルースは身を屈めて間一髪かわしたが、剣にサソリの尾が当たって弾かれ、剣を手から離してしまう。

 ミルコは素早く尾を持ち上げると、屈んだ状態のルースに尾の先を向けた。その体勢から瞬速の尾の突きを回避することは困難。


「もらった!」


 勝利を確信し、ミルコが思わず叫ぶ。

 だが、ルースは、剣を手放した右手に風を集め、尾に向かって放った。

 風は大きな風の刃となり、尾に衝突し、尾を切断する。

 ミルコに対応する間を与えず、ルースは身を屈めたまま、右肘を地面に付きながら、後ろ廻し蹴りのように左足でミルコを蹴り飛ばした。

 ミルコは踏ん張ったものの数歩後ろに下がる。そして、顔を上げ、前を見るとルースがクロスボウを構えていた。

 尾もなくなり、受けることはできない。ミルコはとっさに鎧で覆われていない急所を腕で覆った。

 放たれた風の矢は、鎧の胸とみぞおちの部分に突き刺さる。


「う、嘘だろ……」


 ミルコの口から血が溢れる。

 風の矢は、先ほどルースが開けた鎧の穴からミルコの胸とみぞおちに突き刺さった。寸分の狂いもなく、わずかな穴に命中させたのだ。


 ミルコは震えながら鎧の胸の部分に開いた穴を手で押さえる。

 ルースが武器を両手に持ってからは手も足も出なかった。これがこの男の実力か。

 充血した眼で、ミルコはルースを睨みつけた。


「おじさんね、こう見えても実戦経験は豊富でね」


 通常、騎士が1年間に経験する実戦は平均して2回。相手が魔法やスキルを使う者となればそれ未満となる。しかし、ルースの闘技場への登場は、平均して12日に1回。通常の兵士の15倍の実戦経験である。


 ルースはミルコに向かって歩き始めた。

 そして、尾に弾かれて空に打ち上げられた剣が落下してきたところを空中で掴むと、すれ違いざまにミルコの首を斬った。


「強かったよ、青年、って聞こえてないか」


 ルースが振り向くと、ミルコが纏っていたマンティコアの鎧は消え失せ、ミルコは膝をついたまま首から血を噴き出していた。


「さて、戻りますか」


 ルースは出血するわき腹を押さえ、ギブソンらがいる宿に向かって歩き出した。

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