メソジック帝国襲撃
「何と」
カルガナの申し出にギブソンはさらに驚いた。
カルガナが話を続ける。
「メソジック帝国においてクーデターがあり、現在、宰相エイドリアンが同国を支配していることはあなた方もご存じのことと思いますが、シュマリアンに侵攻するという宣言を鑑みても、我々の持っているメソジック帝国軍の戦力の情報とズレが生じている可能性があります。念には念を、もしものときのために少しでも味方は増やしておきたいのです」
ギブソンは書記官と顔を見合わせた。
「メソジック帝国への対応を考えたときに、カルガナ様の申し出は大変心強いです。直ぐに本国に連絡を取り、判断を仰ぎましょう。可能であれば、今回の訪問中に協定を締結したいですな」
「ありがとうございます。それでこそ急いでこちらにうかがった甲斐があったというもの。協定書の草案はこちらで用意いたします故、明日、内容の確認をお願いいたします」
カルガナは頭を下げた。
書記官は直ぐに宿の受付に向かい、モンテ皇国と連絡を取る方法を聞いた。
この街には長距離の連絡を取ることができる通信魔道具がないため、首都パリガーサに行く必要があるとのこと。そのため、書記官の一人が、これからパリガーサに帰るカルガナ一行の馬車に同乗していくこととなった。
「頼むぞ」
ギブソンが書記官の肩を叩き、宿から送り出した。書記官はカルガナの護衛の兵とともにカルガナの乗る馬車とは別の馬車に乗った。
「では、明日よろしくお願いします」
「はい、では、また明日」
そう言って、カルガナが馬車に乗り込むと馬車が出発した。そして、その後ろを書記官の乗った馬車が付いていく。
クロキは屋根の上からパリガーサに向かう二台の馬車を見送っていた。
カルガナとギブソンの話は部屋の外から聞いた。ハミルトンとはあのシャールークが「強欲」と呼んでいた巨漢か。果たして、協定を結んだとして、ハミルトンが、メソジック帝国が穏やかにいてくれるだろうか。
だが、アーミル王国としての立場も理解できる。これから先、両国に不幸がもたらされないことを、クロキは祈った。
ギブソンを先頭に護衛部隊が宿に戻ろうとしたとき、突如として大きな爆発音が響き渡った。
ルース、カオリら護衛隊部隊が、今出ていったばかりの馬車の方向を見ると、後ろの馬車――書記官の乗った馬車が粉々に破壊されていた。
「クロキ、カオリは馬車を! ほかの者はこの宿の守りを固めろ!」
ルースが咄嗟に指示をした。
馬車の中のカルガナは、大きな音に背後を振り向く。
馬車のリアガラスから見える後ろの馬車は、真上から巨大な岩に押しつぶされ粉々になっていた。
「カルガナ様」
御者がカルガナの指示を仰ぐ。
「良い、このまま、全速力で!」
事態の把握はできないが、付近に敵がいるのならば逃げるしかない。だが――
大きな音とともにカルガナの乗った馬車が宙に浮いた。
カルガナは侍女らに指示すると、馬車の両側の扉を開け、飛び降りる。そこは空中10メートルほどの位置。地面から噴き出た水流によって馬車が上空へと吹き飛ばされたのだった。
地面に落下しながらカルガナが上空を見上げると、無数の火球が馬車を貫くのが見えた。あのまま馬車に乗っていれば、火球の直撃で命はなかったであろう。
しかし、完全に難を逃れたわけではない。このまま着地すれば怪我は免れない。せめて頭を打たぬようにと受け身を取る姿勢になろうとしたとき、何者かがカルガナの身体を掴んだ。
影のように黒いその男――クロキは、カルガナを空中で抱きかかえながら着地した。一緒に馬車から飛び降りた侍女らも、地面に着地する寸前で大きな空気の玉に受け止められ、怪我はないようであった。
「すまない。礼を言います」
カルガナはストールを整えながらクロキの腕から立ち上がった。
そこにカオリと侍女らが駆けつけ、侍女らがカルガナの身体に触れて怪我がないことを確認する。
「王妃、お怪我はありませんか?」
「ええ、傷一つありません。この者のお陰です」
カルガナにそう言われて、クロキは軽く会釈した。
「お会いするのは初めてではないでしょう。この間、わたくしの馬車を覗いていらしたのに」
カルガナは意地悪く笑った。
「ええっ! 覗いた、って、え、何してんですか!」
顔を赤らめて何故か慌てるカオリをクロキは無視する。
「あのときのはやはりあなたでしたか。その節はご無礼を」
「ふふ、別に気にはしていませんよ。それよりも――」
「ええ、来ます」
正面に数十人の兵士が集まっている。白い甲冑。ムスティア城で見たメソジック帝国軍の兵士と同じ格好であった。
「メソジック帝国ですね。何が目的でしょうか」
クロキが聞くと、カルガナは微笑みを浮かべたまま答える。
「わたくしの暗殺か、それともモンテ皇国との軍事協定の阻止か……指揮官は生かして捉えてください」
カルガナがそう言い終わるか終わらないかというところで、兵士たちが武器を手にクロキらに向かって来た。
クロキとカオリで迎え撃たんと、2人はカルガナたちの前に出る。
クロキは刀を抜き、的確に兵士たちの甲冑の隙間に刃を通し無力化していき、カオリは薙刀を構えると、クロキとは逆に力任せに兵士たちをなぎ倒していった。カオリの動きには熟練感があり、元の世界で薙刀を学んでいたことが窺える。
瞬く間にメソジック帝国兵を無力化するクロキとカオリに、カルガナは戦力を分析するように真剣な眼差しを向けていた。
「お二人ともすばらしいですね。モンテ皇国の軍事力が相当であることがうかがえます」
「はい、ありがとうございます!」
カオリは頭を下げて礼を言ったが、クロキはそっぽを向いて刀を納めた。
「クロキさんも何か言ったらどうですか? さっきから王妃にそっけない気がします」
クロキはカオリの顔を見て、そして、カルガナを見た。
「俺はモンテ皇国なんてどうでも良い。モンテ皇国を褒められたところで、なにも……」
「じゃあ、何で――」
カオリの言葉をクロキが手で遮る。
「あれが馬車を壊した者か?」
カルガナが指を差す方向を見ると、軍服姿の若い男女が立っていた。
「あれは……」
遺跡で出会った若いメソジック帝国の青年――背の高い男はイヴァーノ、三つ編みツインテールの女はアーシア――であった。
そして、もう一人、上空からクロキに斬りかかる。クロキは刀でその男の剣を受けると、そのまま弾き飛ばした。
黒い短髪童顔のその男は、地面を滑りながら着地し、身体を起こす。それは、青年たちのリーダー、ベルナルドであった。
「ははっ、会えると思ったよ。モンテ皇国の異邦人」
ベルナルドはクロキを睨みつけるが、その表情には怒りと同時に無邪気さも感じさせる。
クロキがベルナルドを警戒していると、ベルナルドは顔の前で剣を構え、切っ先をクロキに向けた。
「フォーミング・レヴィアタン!」