第2365話 亜美は怒らない
城崎旅行の準備を進めている亜美。
☆亜美視点☆
3月15日の火曜日だよ。
「歯ブラシだよー♪ 常備薬だよー♪ 美夕のおむつもいるんだよー♪」
「何だよそれは……」
「旅行の準備だよ〜城崎温泉バージョン〜だよ」
「城崎温泉要素は何処だよ?」
「マ、マリンワールドもあるんだよー♪」
「取って付けるなよな……」
「うぅ。 夕ちゃんはお留守番だからって機嫌が悪いねぇ」
「別にそういうわけじゃないが」
「はぅ。 仲良くしてよぅ」
「ケンカしてるように見えるかあ?」
「全然」
「私と夕ちゃんは滅多な事ではケンカしないよ」
「というか、亜美ちゃんが滅多な事ではケンカしないんだよぅ」
「確かに、怒ったりしないもんなあ」
「私を怒らせたら大したもんだよ」
「みゃー」
「なー」
マロンとメロンも頭が良くて躾けたり怒ったりする必要が無いからねぇ。
「美夕を躾ける時はしっかり怒るように努力するよ」
「努力なんだな……」
「ちなみに亜美ちゃんが本気で怒った時はどんな感じになるのぅ?」
「そりゃもう恐ろしいんだよ」
「やって見せてくれ」
「もうっ! 怒ったよ! プンプンだよ!」
「可愛いね」
「どこがどう恐ろしいんだよ」
「いやいや。 全米が泣くくらいの恐ろしさだよ。 ゾンビとエイリアンが同時に暴れ回るくらいの恐怖だよ」
「映画の話でもしてるのぅ?」
「精々がチワワとポメラニアンが走り回ってるくらいの恐さだろ」
「微笑ましい光景だよぅ」
「2人共、私が怒ったとこを見た事が無いからそんな事言ってられるんだよ」
「本気で怒った事あるのか?や
「む?」
少し頭の中の記憶をひっくり返して思い返してみる。
んんー。
「無いねぇ!?」
「無いのか……」
「全部亜美ちゃんの妄想だったよぅ」
「いやいや。 怒ったら全米が震撼するんだよ」
「へいへい」
「信じてないねぇ」
「まあね。 亜美ちゃんが恐くなるのが想像出来ないよぅ」
どうやら私は舐められているようだ。
「美夕の躾が不安になるな」
「甘やかして育てそぅ」
「む、むむー……」
言いたい放題だよ……。
◆◇◆◇◆◇
城崎温泉旅行の準備も終えて、夕飯の時間。
相変わらず、向かいの麻美ちゃん、渚ちゃんと、隣の佐々木夫妻と美夜ちゃんが今井家に集まっている。
「というわけで、私が夕ちゃんと希望ちゃんにバカにされているわけだよ」
「なはは」
「でも、清水先輩が怒るとこなんてほんまに見た事あらへんな」
「余程じゃないと怒らないわよ、亜美は」
と、奈々ちゃんがほうれん草のお浸しを食べながらそう言う。
「亜美が一番私に怒った時が、亜美のぬいぐるみの耳を破いた時だけど、あれでも本気じゃなかったのよね?」
「ちょっとだけ絶交しただけだもんねぇ」
「亜美ちゃんからすればそれでもかなり怒った方じゃない? 私はそんな亜美ちゃん見た事も無いよぅ」
「だなあ」
「やっぱり亜美ちゃんは基本的には怒らない人間なんだな」
「ま、まあ、怒ったって良い事ないしねぇ」
無駄に疲れるだけである。
「一度見てみたいわね? 全米が震撼するらしい亜美の大怒りってのを」
「やっぱりバカにされてるよ……」
私ってそんなに恐くないのかなあ?
◆◇◆◇◆◇
翌日だよ。
今日は朝から奈央ちゃんと一緒に美浦のトレーニングセンターへやって来ているよ。
奈央ちゃんの愛馬達の様子を見に来ているのである。
「ゴールド君もレディーちゃんも順調に来てるねぇ」
「ですわね」
ゴールド君は次のレースをGⅠの皐月賞で予定している。
レディーちゃんも同じくGIの桜花賞を予定だ。
「クラシック初戦、頑張ってほしいね」
「どちらも勝利しますわよー! おほほほ」
「だねぇ。 あ、ゴールド君がこっちに来たよ」
パカパカ……
厩務員さんに引かれてこちらへと歩いて来るゴールド君。
可愛いねぇ。
「ブルル……」
「んん。 ちょっと一回り大きくなったかな?」
「ですね。 成長時期ですから」
「更に強くなったわけですわね」
うんうん、良い事だよ。
「ハムハム」
「うわわ! 私の服をハムハムし始めたよ。 牧草じゃないよ?」
「ハムハム」
「こらこらゴールド。 辞めなさい!」
厩務員の方がゴールド君を叱り付けているが、何もそこまで怒らなくても良いのに。
「すいません、服のお代は弁償しますので」
「あ、大丈夫なので気にしなくて良いですよ」
「亜美ちゃんって、何をされたら怒るのかしら……」
と、ここでも私の「怒り」のお話が飛び出す。
「馬さんには善し悪しとか判断つかないんだし、こんな事で怒ったって仕方ないからねぇ。 ゴールド君、今後は気を付けるんだよ。 よしよし」
「何とも甘い人間だ事……」
「そうかなあ?」
善し悪しの判断も出来ない動物のやる事に怒るのは違うんじゃないかなあ?
「ゴールド君頑張ってねぇ」
「ブルル」
「レディーは何処かしら?」
「レディーは今はウッドコースで軽く流していると思います」
「そうなんですのね」
レディーちゃんは前走、チューリップ賞も快勝して無傷の4連勝中だよ。
強いねぇ。
「今後も2頭の事を頼みますわね」
「はい、お任せください」
馬の事はよくわからないので、調教師さんに全てお任せである。
◆◇◆◇◆◇
ブロロロ……
用事も済んだので、車に乗って帰るよ。
「亜美ちゃんを怒らせるには何をすれば良いのかしらね?」
奈央ちゃんが助手席に座りながら、急に意味のわからない事を言い出す。
「どうして皆は私を怒らせたがるのかなぁ?」
「怒ったとこを見た事が無いからですわよ……」
「そ、それだけ……」
「いやいや。 もう都市伝説並よ?」
「私が怒らない事が?」
「ですわよ」
「大袈裟だよ……」
まったくもう……。
ブロロロ……
◆◇◆◇◆◇
という事で、私と奈央ちゃんは地元まで帰ってきて緑風に顔を出しているよ。
「パフェー♪」
「本当に好きね……」
「そりゃもう」
「さすがはパフェの人さね」
「おーし。 フルーツパフェ持って……うおっと?!」
夕ちゃんがフルーツパフェを盆に乗せてやって来たが、足を躓かせてバランスを崩した。
「ありゃ」
パリンッ!
フルーツパフェが床に落ちて、ガラスの容器は粉々に割れしまった。
「だ、大丈夫ですの?」
「あちゃー。 皆、怪我は無いかね?」
「大丈夫ですわよ。 亜美ちゃんは?」
「……」
「あ、亜美ちゃん?」
プツンッ……
ゴゴゴゴゴ……
「夕ちゃん……フルーツパフェどうしてくれるのかな?」
「え? いや、また作って持ってくるが……」
「この落ちたフルーツパフェさんはどうなるのかな?」
「もう食べられないからなぁ……勿体無いが拭いて廃棄するしか」
「フルーツパフェが可哀想だと思わないのかな?! このフルーツパフェさんは私に食べて欲しくてここまで来たのに、私に食べられる事なく捨てられちゃうんだよ!? あまりにも不幸だよ!」
「亜美ちゃんが怒ってますわね……」
「パ、パフェを溢したぐらいで……」
「パフェを溢した『ぐらい』? 夕ちゃん! ちょっとそこに正座だよ!」
その後、私は夕ちゃんに一時間ぐらい説教をするのであった。
「亜美ちゃんの怒りのトリガーはパフェなんですのね……」
「あはは! パフェ人なんだからそりゃそうさねー」
もう、プンプンなんだよ!
温厚な亜美もパフェの事になると怒るらしい。
「奈央ですわよ。 パフェの事にだけ怒るのね」
「そうだよ」




