第1188話 最後の1日
宏太と最後の時間を過ごす亜美達。
☆亜美視点☆
宏ちゃんが名古屋へ発つ前日の夕方。 バレーボールの練習を終えて「皆の家」へと戻って来て、お風呂で汗を流した私は、宏ちゃんのいるリビングへ移動だよ。
「チラッ」
「なはは! 宏太兄ぃはバカだなー」
「何をぅ!」
「佐々木君てどないやって月学卒業したんや? これウチでもわかるような問題やで」
「え? 私はわかんないわよ?」
「美智香もよう卒業出来たな……」
「美智香姉は卒業出来る程度にしか勉強しなかったから」
「宏太レベルのバカがまだいるなんて……」
リビングでは宏ちゃんの他、麻美ちゃんに弥生ちゃん、宮下さん新田さん、それに奈々ちゃんもいるようだ。 賑やかなだねぇ。
「やほほだよ。 皆何してるの?」
「おう、亜美ちゃんか。 いや、今テレビ見てたら中学生レベルの数学の問題が出たんだがな」
「うん?」
テレビを見てみると、何かのバラエティ番組の企画で芸能人が中学レベルの学力テストをしているようだ。
「こいつ、わかんないみたいよ」
「え……?」
「ははは! まあもう学生じゃねーし、仕事でも大して使わないからな!」
わ、私が高校時代に落第危機に陥っていた宏ちゃんに色々と教えたあの苦労は一体何だったのだろう?
「宏ちゃん、私が教えた事も忘れちゃったり?」
「がはは!」
ピキピキ……
たしかにペットショップで働く上では中学や高校レベルの数学はそこまで必要無いのだろうけど、何だかちょっと腹が立つたねぇ。 明日には名古屋に行ってしまうわけだし、宏ちゃんを扱くには今日しかないよ。
というわけで私は何処からともなく伊達メガネを取り出して装着する。
「げっ……」
「なはは! 出た家庭教師の亜美姉ー」
「これが噂のやつかいな」
「ビシバシだよ!」
「な、何でだよ?! もう学生じゃないんだから勘弁してくれよー!」
「ダメだよ。 その腐った脳に喝を入れるよ! ビシバシだよ!」
「た、助けてくれ奈々美」
「はぁ……。 亜美、もう良いじゃないの。 もう今日しか一緒にいられないんだから、勉強なんかで時間を使わなくても」
「ビシ……それもそだねぇ」
冷静になって考えてみるとたしかに勿体無いよね。 せっかくの残り時間を勉強で潰すのは違うよね。
「わかったよ。 宏ちゃんは今日は早く寝るの?」
「まあ朝10時には出るからなぁ。 それなりに早く寝たいとこだが」
「そかそか。 んじゃあ今の内に一杯お話ししておかないとだね」
「それはええけど、夕飯の準備はどないすんの?」
「もうある程度できてるよ。 今日は唐揚げだよ。 後は揚げるだけだからすぐだよ」
「さよか。 亜美ちゃんと紗希の作る料理は美味いから楽しみやわ」
「そうそう。 2人は料理も凄いのよねー」
「料理に関しては紗希ちゃんの方が優れてるよ。 何だか神崎家秘伝の味付けとかがあるみたい」
紗希ちゃん曰く企業秘密らしい。 まあ神崎家には神崎家の味があるのはわかるけどね。
「宏ちゃんも夏まで私の作った料理を食べられないね」
「ぐぬぅっ?! た、たしかにぃっ! それは死活問題だぞ……亜美ちゃん、俺と名古屋に行かないか?」
「え? 行かないよ? 大学もあるし」
「そうだよなぁ」
「何で亜美は連れて行こうとするのよ。 私は?」
「奈々美は連れて行ったらストレス解消に使われるだろ? 誰が連れて行くか」
「誰がついていくもんですか」
やっぱり2人は仲良しである。 ここでちょっと奈々ちゃんに訊いてみたい事がある。
「奈々ちゃんは、宏ちゃんに会いに名古屋に行ったりする予定は無いの?」
「うーん……行けても6月ぐらいでしょうね。 7月にはオリンピックでフランスだし」
「おうおう、来なくても大丈夫だぞ」
「宏ちゃん! 奈々ちゃんが寂しくて会いに行きたくなるかもしれないでしょ?」
「奈々美がか? まさか」
「あら、そのまさかよ? 6月の強化合宿終わったら会いに行くから」
「なはは。 お姉ちゃん珍しく素直ー」
「たまにはね」
「ええやん。 やっぱり女は素直にな方がええで」
「そうだよ。 私ぐらい素直で甘えた方が可愛いよ」
まあ、私が可愛いかどうかは置いておくとして、奈々ちゃんはすぐに照れて手を出すからね。 まあ、それが奈々ちゃんであり、2人の自然な姿なんだけど。 うん? なんか歪だね?
「藍沢先輩は佐々木先輩のどこが好きなんですか?」
と、ここで物凄い質問を投げかけるのは新田さん。 たしかに知らない人からしたら気にはなるか。 仲が良いっていうのは見れば何となくわかるだろうけど、やり取りを見ても宏ちゃんのどこが好きになったのかはわからないのかもしれない。
「どこって言われてもね……どこかしら?」
「えぇ……」
奈々ちゃん腕を組んで真剣に悩んでいる。 嘘でしょ?
「まあ産まれてこの方20年一緒にいるとね。 何で惚れたのかも忘れちゃうってもんよ」
「そやかてあれやん。 今井君かて20年一緒に育ってきた仲なんやろ? その差は何やったん?」
と、その質問に対して奈々ちゃんはさも当然のようにこう返す。
「差なんて無いわよ? 私は夕也と宏太の事は同じぐらい好きだもの。 強いて言えば夕也には亜美が居たから宏太の方になっただけね」
「そ、そうなんですか?!」
「私もそうだよ。 夕ちゃんと宏ちゃんどっちも同じくらい好きだよ。 やっぱりずっと一緒に過ごしてると特別になるもんだよ。 新田さんもそうじゃない?」
「た、たしかに」
「幼馴染ってそんなもんなんやろか?」
「さあ……もしかしたら私達が特殊なのかもしれないわよ?」
「ちなみにさ、もしかしたら逆だった可能性ってある?」
宮下さんの言葉に私と奈々ちゃんは顔を見合わせた後、2人で頷く。
「あるわよ。 まあ、その場合夕也は希望か麻美に取られたかもしれないわね」
「なははは! お姉ちゃんなならワンチャン勝てたかもしれないー」
「そうねー」
「俺も亜美ちゃんが恋人だったらどんなに楽だったか……」
「は?」
「ひぃ……」
奈々ちゃんが凄い剣幕で宏ちゃんを睨むと、宏ちゃんはたじろいでしまった。 奈々ちゃん、そういうところだと思うなぁ。
◆◇◆◇◆◇
夕食時には皆集まって大量の唐揚げを食べながら賑やかに過ごす。 宏ちゃんもしばらくはこの雰囲気を味わえないだろうから、目一杯楽しんでもらわないとね。
「やっぱり賑やかな食事は良いものだよ。 良いものなんだよ」
「そうだなぁ。 名古屋に行く事の残念なところがそれだな。 夏まで毎日寂しく一人飯か」
「6月には名古屋に会いに行くって言ったでしょ」
「お前が一人来てもなー」
「何?」
「ひぃ……」
いつも通り仲が良い2人を見てケラケラと笑う私達。
「そうだ。 オリンピックの応援には行けるかわからんから先に言っておくぜ。 頑張れよ」
「あら? 佐々木君は強制参加ですわよ? もう名古屋支店にも話はしてありますわ。 おほほほ」
奈央ちゃんは手回しが早いようだ。 宏ちゃんは「また勝手に……」と呆れるのだった。
最後の日もいつも通りな宏太の扱いであった。
「奈々美よ。 まあ3月なんて言ってる間に過ぎるわ。 私達も忙しいし」
「そだね。 帰ってきたらまた宴会だね」




