第9話 オタク特有の早口ロジハラで粛清
「さて、チセラ。ルッカちゃんをお部屋に連れて行ってくれる? 新しい可愛いお洋服のカタログを一緒に見ましょう」
「承知いたしました! 行きましょうルッカ様!」
ルッカがチセラに連れられて退室した瞬間───部屋の空気が一変した。
先ほどまでの柔らかい母親の顔は消え、そこにあったのは前世で理不尽な業務と数字を叩き落としてきた「元社畜の顔」だった。
「ではマルタさん、ベルトランさん。公爵家の帳簿合わせを始めましょうか」
執務室へ移動し、机の上にずらりと並べられた数年分の帳簿。
アルテミアは熟練の手つきでパラパラとページをめくっていく。
「……なるほど。昨年のルッカちゃんの衣服代は年間で金貨20枚。今年も同額。……ですがマルタさん、ルッカちゃんの衣装棚に今年購入した服は一着もありませんでしたよ?」
「それは……服は毎年買い替えるものではございませんので」
「成長期の五歳児ですよ? 袖も裾もツンツルテンなのに買い替えていない。なのに衣服代の予算は満額消化されている。……おかしいですね? 予備の服はどこにあるんですか? 倉庫ですか? 案内してください」
「くッ……それは管理上の都合で……」
「管理上の都合? 結構。ではこちらの食費」
アルテミアの指が次のページを叩く。前世で、深夜の会議室で数字を叩きつけて上司を黙らせた時と同じ顔だった。そんなアルテミアの早口かつ一切の隙もないロジックの連撃に、マルタの顔色が徐々に変わっていく。
「ルッカちゃん一人分として毎月高級食材費が計上されていますが、実際の食事は固いパンと薄いスープ。厨房の帳簿と付け合わせても合計が全く合わない。……つまり二重計上ですね? 衣服代、食費、備品費、すべて同じ手口で横領されている。違いますか?」
「な、何を根拠にそのような言いがかりを……!」
「言いがかり? 支出承認欄にあるこの署名、すべてあなたの筆跡ですよね? 筆跡鑑識を出しましょうか?」
「っ…………!!」
マルタは完全に言葉を失い、蒼白な顔でガタガタと震え出した。その瞳は逃げ場を探すように視線を泳がせた。だが、数字の前では言い訳は一切通用しない。
「この支出欄、年度ごとに微妙に数字をいじってるの分かります? こういうの、前世で会社の出納帳と照らし合わせて見抜くの得意なんです」
隣で控えていた執事ベルトランは、完璧すぎる証拠の山と鮮やかな追及に、胸のすくような思いで深く頭を下げた。
「……見事な手腕でございます、奥様」
(……この瞬間を、どれほど待ち望んでいたことか)
ベルトランは瞳を潤ませる。
「ふふ、数字は嘘をつきませんから。……さてマルタさん」
アルテミアは椅子から立ち上がり、追いつめられた悪徳メイド長へ静かに歩み寄った。
「『公爵家の評判に関わるから黙れ』とでも言いに来たのかしら? ……あいにく私、ルッカちゃんを傷つけた害虫を害虫のまま見逃すほど、優しくありませんの」
にっこりと浮かべた完璧な笑み。だがその瞳は一切笑っていない。
「明日、旦那様と全使用人の前で『大掃除』を執り行います。覚悟しておいてくださいね」
冷たく言い渡された通告に、マルタはその場に崩れ落ちたのだった。廊下の奥で、先程まで騒いでいたメイドたちが息を呑む気配がした。嵐が来る、と誰もが悟った。




