第5話 ここは……あの『恋アル』の世界!?
夜。アルテミアは自室の机に向かい、羽根ペンを猛然と走らせていた。
【恋するアルケミスト(恋アル)分析&ルッカ攻略ノート】
紙の一番上にそう書き、各キャラのミニキャラも添えると、アルテミアは腕を組んで深く頷いた。
「よし、間違いない……。この国も貴族名鑑も、すべて前世でやり込んだ『恋アル』そのものだわ……!」
魔法と蒸気機関が優雅に共存するゼーヴェン共同推進王国。
「魔法と蒸気機関が共存する国……そうそう、恋アルは設定だけは無駄に豪華だったんだよね……!」
正式名称『恋するアルケミスト』、通称『恋アル』。
それは乙女ゲームの皮をかぶった、バッドエンド連発の泥沼ヤンデレ製造機である。
「懐かしいな……残業終わりにコンビニ弁当食べながら、深夜まで泥沼ルートを周回したっけ……社畜時代の癒しだったなぁ……」
遠い目をした後、アルテミアはペン先を走らせ、ゲームの世界観と主要キャラの「分析データ」をまとめ始めた。
【設定①:ヒロイン(ルッカ)とヤンデレ化の真相】
* 現状: 5歳(原作学園編は15歳。あと10年!)
* ヤンデレ化の因果関係: 実父の無関心×悪徳使用人の隠蔽虐待 = 「極度の愛飢えと重度の人間不信」
* 結論: 誰一人信じられない環境で育つため、学園で自分に優しくしてくれた攻略対象(または特定の誰か)に執着し、監禁・心中エンドへ爆走する。
「ルッカちゃんは……誰も悪くないのに、環境だけで壊されていったんだよ……」
【設定②:攻略対象&悪役令嬢たちの歪み】
* ゼノヴィス殿下(第二王子): 王族の重圧でツンデレこじらせ中。
* コルネリウス(敵対公爵家跡取り): 家柄の冷酷な教育で闇深裏社会ルート確定。
* セレスティーナ(高慢な悪役令嬢): 完璧主義の家庭環境で圧迫され、常に限界ギリギリ。
「……はぁ〜、全員揃いも揃って家庭環境が劣悪!! 愛飢えの連鎖じゃん!!」
頭を抱えたアルテミアだったが、ハッと気づいてノートに大きく赤丸をつけた。
「待って。ヤンデレ化の元凶は、性格の問題じゃない。『愛されなかったこと』がすべての始まりなのよ!」
つまり、原因がはっきりしているなら対処法はシンプルだ。アルテミアはノートの新しいページに、ドカンと大見出しを躍らせた。
【爆速! ルッカちゃん幸せ化計画】
* 衣食住の完全保障: 手作りおやつと美味しいご飯でデンプンと愛を充填!
* 悪徳使用人の一掃: 害虫駆除は公爵夫人の務め!
* 無限の肯定:毎日褒める。褒める。褒める。褒め倒す。
* 無条件の愛: 推しを拝み、褒めちぎり、絶対に一人にしない! 推しは存在しているだけで偉い。
「よし! 普通の「愛」と「居場所」さえ与えれば、ヤンデレ化なんて絶対に起きないわ!」
前世では社畜で自分の幸せすら後回しにしていた朝比奈紬。だが今の自分には、潤沢な公爵家の予算と、無限の自由時間がある。
「見てなさいよ原作シナリオ……! 私がルッカちゃんを世界一幸せな天使にして見せるんだから!」
アルテミアは力強く拳を握りしめた。
翌朝。「ルッカちゃん幸せ化計画」を速やかに実行に移すべく、アルテミアは執事のベルトランを呼び出していた。
「ベルトラン、ルッカちゃんは今どこに?」
その名を聞いた瞬間、ベルトランの表情がわずかに陰った。
「……ルッカ様は現在、北棟のお部屋でお過ごしです。人目が少なく、お部屋に食事が運ばれる形でして……」
(人目が少ない……? それって完全に放置&孤立させられてるやつじゃない!)
原作の知識と合致し、アルテミアの瞳にすっと鋭い光が宿る。
「……今から、会いに行きます」
「奥様、ルッカ様は大変警戒心が強く───」
「大丈夫。怖がらせないように、ゆっくり会いに行くわ」
静かだが固い意志を感じさせるアルテミアの笑顔に、ベルトランは目を見開いた。
(……もしや、このお方なら……。この方なら、本当に……公爵家を救ってくださるかもしれない)
かつて誰も踏み込めなかった、屋敷の誰も近づきたがらない“閉ざされた場所”の北棟。そこにある開かずの扉。そこに差し込む一筋の光を予感しながら、ベルトランは深く頭を下げた。
「……ご案内いたします、奥様」
ついに動き出した「未来のヤンデレ阻止計画」。アルテミアは高鳴る胸を押さえ、幼き推しの待つ北棟へと足を進めるのだった。




