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ヤンデレ化阻止のために継娘へ愛を注いだら、公爵家が浄化されて冷血公爵まで無自覚に攻略していました  作者: 宮野夏樹
1章 悪妻、愛を注いで公爵家を浄化する

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第4話 忠臣チセラとの再会と快適な朝


 翌朝。アルテミアは、いつになく早起きをして厨房へ突撃していた。


「パンケーキを作ります!」

「…………」


 突然の公爵夫人の降臨に、料理人たちがぽかんと口を開ける。


「……奥様自ら、お作りになるので?」

「はい!  ふわっふわのやつです!  旦那様にも『好きにしろ』とお墨付きをいただきました!」

「承知いたしました!  どうぞお好きなだけお使いください!」


 即座に快諾して頭を下げる料理長。長年使用人の領分だった厨房に公爵夫人が入るのは異例だったが、アルテミアの明るい笑顔に毒気を抜かれてしまったようだ。


 そこへ───。


「お嬢様……!  ご実家からのお荷物をお持ちしました!」


 おだんご頭にエプロンドレス姿の少女───専属侍女のチセラが飛び込んできた。アルテミアが実家から連れてきた、数少ない味方である。


「チセラ!  荷物ありがとう!」

「あの……お嬢様。なんだかものすごく、雰囲気が変わられました……? 今日の笑顔……まるで前世で徳を積んだみたいです!!」


 チセラは目を細めてアルテミアを注視した。以前のお嬢様は、没落寸前の実家に気を病み、公爵家への嫁ぎ先でもおどおどと何でも我慢していたはずなのだ。


「……そう?」

「はい!  今のお嬢様、すごく楽しそうです!  冷血公爵様の噂を聞いて心配だったんですけど……」

「あー、ヴェンツェル様ね。顔面国宝だけど冷たいよ。……でもね、チセラ」


 アルテミアはチセラの耳元へ顔を寄せ、声を潜めた。


「私、お飾り妻なんだって」

「…………はい?」

「だからね!  働かなくていい!  夫婦関係もゼロ!  衣食住は完全保障の神ニート生活スタートなの! 働かなくていいって……それもう、天国の制度じゃん……!」

「…………」


 一瞬フリーズしたチセラは、静かに拳を握りしめた。


「……最高では? ニートって言葉は存じ上げませんが」

「でしょう!?」

「最高です!!  私、今のお嬢様のほうが何千倍も好きです!  一生ついていきます!  一緒に公爵家を裏から支配し(乗っ取り)ましょう!」

「え?  今なんて言った?」

「気のせいです!  さあお嬢様、パンケーキを作りましょう!」


 主従の枠を超えた爆速の固い握手。二人はさっそく、前世仕込みのノウハウで極上のふわふわパンケーキを焼き上げた。




「ふわっ……しゅわっ……!」

「お嬢様、これ……雲ですか……?」

「美味しい〜っ!!」

「お、美味しすぎますお嬢様……!」


 厨房で焼き立てのパンケーキを頬張り、顔を見合わせて大はしゃぎする二人。


 その楽しげな光景を、厨房の外から静かに見つめる男がいた。


 執事のベルトランである。


「…………」


 奥様の行動を観察していたベルトランは、そっと胸元に手を当てた。


(……何ということだ。……この笑い声を、どれほど待ち望んでいたことか)


 胸の奥が、じんわりと温かい。


 仕事中毒の旦那様、部屋に閉じこもるルッカ様、使用人同士の派閥争い。重苦しい空気に包まれていた公爵邸で、ここ数年一度も聞いたことがなかった「心からの笑い声」が響いている。


(奥様……あなた様はもしや……)


 長年胃薬を手放せなかった執事の瞳に、救世主を見るような光が宿った瞬間だった。





 昼過ぎ。図書室に戻ったアルテミアは、『貴族名鑑』を開いていた。


 グラウエン公爵家のページ。


 当主ヴェンツェル・フォン・グラウエン。そして───その横に記された、たった一行の記録。


『ルッカ・フォン・グラウエン(五歳)』


 それ以外、何もない。


(……ルッカちゃん)


 アルテミアの胸が痛む。愛を知らず、暗闇の中で誰にも抱きしめられないまま成長し、やがて歪んだ愛情に狂っていく少女。


「……そんな悲惨な未来、絶対にあげない」


 アルテミアは力強く本を閉じた。


 ここが『恋するアルケミスト』の世界なら。この広いお屋敷のどこかに、今も一人で震えている天使がいるはずだ。


「待っててね、ルッカちゃん」


 アルテミアは優しく微笑み、前を見据えた。


「……あなたはもう一人じゃない。お母さんが絶対に守る」


 こうして。チセラとベルトランを無自覚に巻き込みながら、アルテミアの「推し救済計画」は次なるステップへと動き出すのだった。

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