↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤンデレ化阻止のために継娘へ愛を注いだら、公爵家が浄化されて冷血公爵まで無自覚に攻略していました  作者: 宮野夏樹
1章 悪妻、愛を注いで公爵家を浄化する

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/14

第3話 冷血公爵の拍子抜け


 翌朝。アルテミアは、人生で───いや、二度目の人生で初めて、とんでもなく清々しい朝を迎えていた。


「…………」


 目を開けると、見知らぬ豪華な天蓋。カーテンから差し込む柔らかな朝日。


 前世では、朝は地獄だった。目覚まし三度スヌーズ、布団から出たくない、会社に行きたくない。それが今や───。


「おはようございます、奥様」

「おはようございます!!」


 最高の朝である。


 ヴェンツェルとの昨夜のやり取りを思い出し、アルテミアの口元が自然と緩む。


『私は君に妻としての役割以上を求めない』


『夫婦としての営みも必要ない』


『私への感情も不要だ』


(……最高かよ!!)


 心の中でガッツポーズを決めるアルテミアに、メイドが不審そうに首を傾げた。


「あの……本日のご予定はいかがなさいますか?」

「特にありません!  今日は一日、この素晴らしいお屋敷を探検します!」

「探検、ですか……?」

「はい!」


 前世では会社と自宅の往復だけだった社畜人生。それが今や、働かなくても誰も怒らない公爵夫人。


(素晴らしい……!  これぞ自由!  これぞ神ニート生活……!)


 朝から一人で噛み締める深すぎる感動に、メイドは何とも言えない表情を浮かべるのだった。




 一方、執務室。


 ヴェンツェルは山積みになった書類を前に、羽ペンを走らせていた。領地の税収報告、蒸気機関工場の生産性、国境警備に軍部からの書簡。


 いつも通りの日常。何も変わらない───はずだった。コンコン、と扉が叩かれ、執事のベルトランが入ってくる。


「旦那様。奥様より、本日のご予定についての確認がございます」

「好きにさせろ」


 書類から目を逸らさずに短く答える。ベルトランは一礼したものの、なぜかすぐには退出せず、静かに控えていた。


「……何か問題でも?」

「いえ。それでは失礼いたします」


 静かに扉が閉まる。再び書類に目を落としたヴェンツェルだったが───数秒後、ピタリとペンが止まった。


「…………」


 なぜだ。なぜ自分は、あの女が何をしているのか気になっている?


 昨夜、自分の言葉を聞いたアルテミアは、心底嬉しそうに「ありがとうございます」と微笑んだ。あれが演技には到底見えなかったことが、どうしても引っかかる。


(……不可解な女だ)


 苦々しく眉根を寄せ、ヴェンツェルは無理やり意識を仕事へ引き戻した。




 その頃、アルテミアは天国にいた。


「図書室……!  恋愛小説まである……天国なの!?」


 天井まで届く本棚の山に目を輝かせ、気づけばあっという間に半日が経過。


 さらに午後には、美しい庭園と温室を発見していた。


「ハーブに野菜に薬草……! この薬草!! これ、前世なら高級スーパーでしか見ないやつ!!  すごい、これ料理に使えそう!」


 前世で培った知識が疼く。パンケーキ、スープ、焼き菓子……。


「……何か作ってみようかな!」


 パッと表情を華やがせ、鼻歌交じりに花に触れるアルテミア。


 ───そんな彼女の姿を、離れた場所から見つめる影があった。


 執務の合間に、たまたま庭を横切っただけのヴェンツェルである。決して、妻の様子を見に来たわけではない。……絶対に。


(……本当に、楽しそうだな)


 自分と距離を置いているからこそ、彼女はあれほど輝いているのだ。


(……そういうことか)


 なぜか胸の奥が冷たく冷えるのを感じ、ヴェンツェルは視線を逸らした。


 自分に干渉されない方が、あの女にとって都合がいい。合理的で結構なことだ。


「旦那様?」


 背後からベルトランに声をかけられ、ヴェンツェルはハッとする。


「……庭を通っただけだ」

「左様ですか」

「何か用か」

「奥様ですが、明日から厨房を使いたいとおっしゃっております」

「……好きにさせろ」


 つっけんどんに言い捨て、踵を返すヴェンツェル。


 その背中を見送りながら、長年仕えてきた老執事は、主人の微妙な変化に気づいていた。


(……旦那様。もしや奥様のことが、相当気になっていらっしゃるのでは? ……もはやこれは……恋では?)


 ベルトランは心の中でそっと胃薬をしまった。もちろん、高すぎる主人の自尊心を考慮し、口には出さない。


 残されたヴェンツェルは、誰もいなくなった庭園を見つめ、苦々しく吐き捨てた。


「……馬鹿馬鹿しい」


(……庭を通っただけだ。決して、妻の様子を見に来たわけではない)


 自分で自分に言い聞かせるような声だった。




 その夜。ベッドに転がったアルテミアは、明日のおやつ作りに胸を躍らせていた。


「明日はパンケーキ作ろうかな!」


 そして、ふと脳裏に思い浮かべる。


 最推しの継娘───ルッカ・フォン・グラウエン。灰銀の髪に琥珀色の瞳をした、小動物のように愛らしい5歳の少女。


 原作では誰からも愛されず、人間不信の果てに重度のヤンデレへと落ちていった可哀想な子。


「……絶対に、あんな悲惨な未来にはさせない」


 アルテミアは布団を強く握り締めた。


「美味しいおやつ!  暖かいお家!  溢れんばかりの褒め言葉!  そして無償の愛!!  これでヤンデレフラグは完全粉砕よ! ルッカちゃん……絶対に守る。あなたの人生は、もう誰にも壊させない」


 一人完璧な計画に頷くアルテミア。


 しかし、彼女はまだ知らなかった。この「無自覚な爆速攻略計画」によって、一番最初に落とされるターゲットが───胃薬を手放せない苦労人執事、ベルトランであることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。