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ヤンデレ化阻止のために継娘へ愛を注いだら、公爵家が浄化されて冷血公爵まで無自覚に攻略していました  作者: 宮野夏樹
2章 悪妻、愛され妻になる

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第35話 ヴェンツェルの嫉妬とちびっ子の警戒


 ゼノヴィス・ド・ゼーヴェンが、公爵邸へ通い始めてから十日ほどが経った。


 その間、彼が口にする言葉はほとんど変わっていない。


「悪党女!  今日こそ化けの皮を剥がしてやるぞ!」

「はい。今日も張り切って監視してくださいね、殿下」

「余は褒められているのか!?」

「もちろんですわ」

「…………ならばよい!」


 毎日のように出されるサクサクの焼き菓子と温かい紅茶。 庭を散歩すればアルテミアが手配した日よけの帽子が差し出され、疲れが見えればふわふわのクッションが差し出される。ゼノヴィスが何かを調べたいと言えば、アルテミアは「厨房ならチセラに案内させますね」「この棚も怪しいかもしれません」と嬉々として協力する始末だ。


 結果。


「……本当に、何も怪しいところがない」


 今日もゼノヴィスは、応接室のソファで深々と腕を組み、難しい顔をしていた。


「そうですか?」

「ああ。使用人の動きも、料理も、庭も、すべて普通だ。……お前は悪党なのだろう!?  もっと裏で毒を仕込むとか、ヴェンツェルを洗脳するとかあるだろう!」

「洗脳はしていませんよ」

「では、なぜヴェンツェルはお前の言うことばかり聞くのだ!  お前が『ルッカちゃんはもう寝る時間です』と言えばすぐに部屋へ連れていき、『寒いです』と言えば暖炉を強くする!  ほら見ろ、洗脳だ!」

「それは単に、旦那様が優しくて気配りがお上手なだけですわ」

「嘘をつけ!  父上から『ヴェンツェルは冷血な男だ』と聞いているぞ!」


 ゼノヴィスがキーキーと反論していると、ふいに低く静かな声が背後から響いた。


「───何の話だ」

「あ、お帰りなさい、ヴェンツェル」


 振り返ると、政務から戻ったばかりのヴェンツェルが立っていた。 軍服姿のまま手袋を外す姿は相変わらず絵になるが、その紫紺の瞳はまずアルテミアを捉え、次いで隣に座るゼノヴィスへと向けられる。


「……またいるのか」

「成敗……ではなく、調査に来ているのだ!」

「そうか。好きにしろ」


 あまりに淡々とした返答に、ゼノヴィスはキーッと爪を立てんばかりに立ち上がった。


「お前は騙されているのだ!  この悪党女は毎日余に菓子を食わせ、茶を飲ませ、帰る時には必ず『また明日』と言うのだぞ!  だから怪しいのだ!」

「……怒る理由がない。妻だからな」

「〜〜〜っ!?」


 ぴたりとゼノヴィスの動きが止まる。 アルテミアの心臓も、どきりと跳ね上がった。


(……『妻だからな』って、サラッと言った!?  旦那様の無自覚な破壊力がすごすぎる……!)


 そこへ、廊下からすっと忠臣侍女のチセラが現れた。


「お旦那様、新しいお茶をお持ちいたしました。お嬢様、焼き菓子の追加も厨房から届いております」

「ありがとう、チセラ」


 アルテミアが微笑むと、ヴェンツェルの表情がほんの僅かに柔らかくなった。 ゼノヴィスはその一瞬の変化を、持ち前の鋭い観察眼で見逃さなかった。


「…………お前」

「何だ」

「お前、最近おかしくないか?」

「何がだ」


 ゼノヴィスはヴェンツェルとアルテミアを往復して見つめ、人さし指をビシッと突きつけた。


「前はもっと冷たかった!  だが最近は、この女がいると顔が怖くなくなる!  しかも……この女が他の者や余と楽しそうに話していると、急に機嫌が悪くなる!」

「…………」


 ヴェンツェルの整った眉が、ぴくりと跳ねた。


「殿下。……余計な観察をするな」

「やっぱりそうだ!  お前、この女を取られるのが嫌なんだろう!  骨抜きにされているぞ!」

「違います殿下!  旦那様がそんな……っ!」


 慌てて否定するアルテミアだったが、ヴェンツェルは無言のまま、すっとアルテミアの椅子のすぐ隣へと歩み寄った。 まるで、ゼノヴィスの視線から彼女を隠すかのように、自然な動作で身を乗り出している。


 そして───ヴェンツェルの白皙の耳先が、ほんのりと朱に染まっていた。


(……ちょっと待って。旦那様、耳が赤くなってる!?  嘘でしょ、これってまさか……【無自覚な嫉妬】ってやつ!?)


 前世のオタク知識が脳内で乱舞する。 乙女ゲーム『恋アル』におけるヴェンツェルは、冷徹で感情を表に出さない氷の公爵。しかし、アルテミアと出会ったことで「独占欲」という未知の感情に戸惑う姿は、ファンを狂わせた名シチュエーションだ。


 ゼノヴィスがニヤリと勝ち誇った顔をする。


「ははーん!  やっぱり洗脳されている!」

「違います!  単に……その、お部屋の空気が少し温かいだけですわ!」

「お前まで顔が赤くなっているではないか!」

「それは殿下が変なことをおっしゃるからです!」


 応接室で繰り広げられる、大人と子供の泥沼の言い争い。 チセラはお茶をトレイに乗せたまま、完璧な侍女の佇まいで静かに問いかけた。


「……お嬢様。お茶をお置きして、私は退室した方がよろしいでしょうか」

「置いて!  お茶置いてチセラ!」

「かしこまりました、お嬢様」


 チセラは何事もなかったかのように優雅にお茶を置くと、フッと小さな笑みを残して下がっていった。


 ゼノヴィスは腕を組み、最後にフンと鼻を鳴らした。


「……まあいい。余はこの屋敷を毎日調査する!  そしていつか必ず、お前の化けの皮を剥がしてやるからな!」

「はいはい、頑張ってくださいね。明日も美味しいお菓子を用意してお待ちしております」

「……ふん!  タルトの調査もまだ終わっていないからな!」


 捨て台詞を残し、小さな王子は真っ赤な顔で去っていった。


 馬車が見えなくなった廊下で、ヴェンツェルがぽつりと呟く。


「……アルテミア」

「はい、旦那様?」

「明日も、殿下は来るのか」

「ええ、きっと来ますね。殿下もすっかりこの屋敷を気に入ってくださったみたいで」

「…………そうか」


 ヴェンツェルは窓の外を冷ややかな瞳で見つめながら、不満そうに眉をひそめた。


「……少し、困るな」

「?」

「……私の妻の時間を、なぜあのような子供に削られねばならんのだ」

「え……?」


 アルテミアがパチクリと目を丸くする。 ヴェンツェル自身、まだその感情が「嫉妬」だと自覚していない。だが、妻の周囲に次々と集まってくる子供たち(と、その愛らしさに夢中になる妻)に対して、フツフツと不機嫌さを募らせていることだけは確かだった。


(旦那様の無自覚な独占欲……ごちそうさまです!!)


 心の中でガッツポーズを決めるアルテミアと、自覚のないまま妻の肩を抱くヴェンツェル。 公爵邸の賑やかで甘やかな日々は、まだまだ波乱を含みながら続いていくのだった。

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