第34話 成敗(口撃)の連日襲撃
連日連夜(正確には毎朝)、公爵邸の玄関に元気すぎる声が響き渡っていた。
「───来たぞ!!」
アルテミアが振り返ると、そこには豪奢な衣装を纏い、昨日のツンデレぶりが嘘のように元気いっぱいに胸を張る小さな王子───ゼノヴィス・ド・ゼーヴェンが立っていた。 背後には、もはや公爵邸の常連となり、お茶を勧められて胃痛と葛藤する護衛騎士たちの姿もある。
「おはようございます、ゼノヴィス殿下。本日もお越しくださりありがとうございます」
「うむ! ……ではない! 礼を言われる筋合いはない!」
ビシッと指を突きつけてくるゼノヴィス。
「余は今日こそ、お前の悪事を暴きに来たのだ! そしてルッカを余の配下にする!」
「まあ、まだ諦めていらっしゃらなかったのですね」
「当然だ! なぜ普通に迎える!? もっと『無礼者!』と慌てろ!」
「では……お帰りください、殿下」
「……帰らぬ!」
「ですよね」
(あかん、可愛すぎる……! 恋アルで見た【ツンデレ】の片鱗が、幼少期からダダ漏れだわ!)
アルテミアは心の中で悶絶しながら、いつものように応接室へ案内した。
テーブルの上に置かれたのは、焼きたてのクッキーやフィナンシェなどの小さな焼き菓子だ。
「……今日は何だ」
「一口サイズの焼き菓子ですよ。毒見は私がいたしますね」
パクッと一口食べるアルテミア。ゼノヴィスは焼き菓子とアルテミアを交互に見つめ、小さな手を出しては引っ込めを繰り返し───結局、初日は意地を張って食べなかった。
しかし、アルテミアは決して怒らない。無理に勧めもしない。ただ穏やかにそこにいて、ルッカと絵本を読んだり優しく微笑んだりしている。それがゼノヴィスにはどこか不思議で、眩しかった。
翌々日。
「悪党女! 今日も来てやったぞ!」
「監視お疲れ様です、殿下」
その翌日。
「今日こそ尻尾を掴んでやる! お茶を出せ! 毒は入れるなよ!」
「はい、入れませんよ」
さらに翌日。
「今日は厨房を調査する!」
「どうぞ。チセラ、案内して差し上げて」
「かしこまりました、お嬢様。殿下、こちらへどうぞ」
「……く、怪しいものはないのか!?」
「厨房の料理人が腕によりをかけたタルト生地ならございますよ」
「……っ!」
そうして連日通い詰め、屋敷や庭を隈なく「調査(という名のお散歩)」した果てに───一週間が過ぎた、ある日の午後。
ゼノヴィスは玄関でモジモジと佇んでいた。
「……今日は何を調べますか、殿下?」
アルテミアが尋ねると、ゼノヴィスは顔を真っ赤にして視線を泳がせた。
「…………タルトは?」
「え?」
「一昨日の……あの果実のタルトだ! 余には一口しか毒見できぬ量だったから、もっと厳重に調べねばならん!」
「ふふっ、今日は焼きたてのストロベリータルトをご用意しておりますよ」
「……そうか」
ぱあっと一瞬だけ瞳を輝かせるゼノヴィス。その様子を横で見ていたルッカが、にっこり笑って首を傾げた。
「ゼノヴィス様、お菓子好きなの?」
「ち、違う! 調査だ!」
「でも嬉しそう。お母様のこと、ちょっと好きになった?」
「なっ───!?」
ゼノヴィスの顔がりんごのように真っ赤に染まる。
「ち、違う! 余はまだ認めておらぬ!」
「何を?」
「全部だ!」
「じゃあお母様のこと嫌い?」
「…………っ」
詰まるゼノヴィス。小さな声で、ポツリと呟いた。
「……嫌い、では……ない」
アルテミアとルッカは目を丸くした。
「違う! 余はまだ警戒しているだけだ! うるさい!」
照れ隠しに叫ぶゼノヴィスに、ルッカは「ふふ、変なの〜」と楽しそうに笑う。
そして応接室に入ったゼノヴィスは、ついに自らフォークを手に取った。 目の前には、甘酸っぱい苺と艶やかなカスタードがたっぷり乗ったタルト。
アルテミアもルッカも、何も言わずに優しく見守る。 ゼノヴィスは小さく切り分け、口へ運んだ。
もぐもぐ。……ごくん。
「…………美味い」
ぽつりと漏れた本音。
「よかったですね、殿下」
「……! 何がだ!」
「美味しく召し上がっていただけて。明日も作っておきますね」
「……勝手にせよ!」
ぷいっとそっぽを向くゼノヴィスだったが、その頬は心なしか緩んでいた。
部屋の端では、お付きの騎士がチセラから手渡された温かい紅茶を飲みながら、(殿下……完全に攻略されている……)と、胃の痛みを和らげるように深く息を吐いていた。
その日の帰り、馬車の中でゼノヴィスは膝の上の小箱を抱きしめていた。アルテミアが「お土産です」と持たせてくれた焼き菓子だ。
「殿下、それは?」
騎士が尋ねると、ゼノヴィスは真顔で言い放った。
「証拠品だ! 悪党女が余を懐柔しようとしている証拠である! 明日も調査に行くぞ!」
「……はいはい、承知いたしました」
馬車が夕暮れの街を走っていく。 小箱を大切そうに抱え、誰にも見られないよう小さく微笑む王子様。
彼はまだ知らない。 自分が毎日公爵邸へ通う本当の理由が、もう「成敗」などではなく、あの温かな居場所と「母」の笑顔に惹かれているからだということを。




