第33話 ルッカとの「譲れない」戦い(平和的に口で)
「───決めたぞ!」
公爵邸の応接室。 朝から堂々と乗り込んできたゼノヴィス・ド・ゼーヴェンは、六歳児とは思えないほど偉そうに胸を張った。
「何をお決めになったのですか、ゼノヴィス殿下?」
アルテミアが手元の茶器を置き、にこやかに尋ねる。
「お前を成敗する!」
「昨日も聞きましたね」
「昨日より本気だ!」
「それは大変ですこと」
アルテミアは優しく微笑んだ。
その向かいでは、ルッカがぬいぐるみを抱えたまま、じっとゼノヴィスを見つめている。その視線は昨日より明らかに警戒を強めていた。
「そして!」
ゼノヴィスは小さな指をビシッとルッカへ向けた。
「お前!」
「……わたし?」
「今日から余の舎弟に……いや、俺の配下にしてやる!」
「はいか?」
ルッカが首を傾げた。
「殿下、配下とは……?」
「余の手下ということだ!」
「なるほど。ですが殿下、ルッカちゃんが嫌がるなら無理強いはできませんよ。ルッカちゃん自身が決めることですわ」
「なっ……! 第二王子である余が誘っているのだぞ!?」
ゼノヴィスの顔が固まる。アルテミアはルッカへ視線を送った。
ルッカはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、一瞬の躊躇もなく言い放った。
「……やだ」
「な───! なぜだ!」
「ゼノヴィス様、お母様に意地悪したもん。お母様を悪党女って言った!」
「悪党女だからだ!」
「あー! また言った! 違うもん! お母様はとっても優しいもん!」
ルッカは立ち上がり、小さな胸をいっぱいに張った。
「お母様は、わたしが泣いたら抱っこしてくれるもん! 怖い夢を見たら、ずっと一緒にいてくれるもん! わたしの大好きなものを覚えてて、失敗しても怒らないの! だから……お母様をいじめる王子様なんて、大嫌い!」
「───ッ!?」
室内が静まり返った。 ゼノヴィスは、人生で一度もぶつけられたことのないストレートな拒絶を浴び、言葉を失った。
「だ、大嫌い……? 余が……? 第二王子の、この余がか!?」
「うん! お母様をいじめたから!」
「ぐぬぬ……!」
(……始まったわ、尊すぎるマウント合戦が!)
アルテミアは表面上は淑女らしく見守りつつ、胸の内で悶絶していた。
(前世知識が火を噴くわ……! 乙女ゲーム『恋するアルケミスト』本編において、ゼノヴィス殿下は成長した主人公ルッカの【メイン攻略対象&公式カップリング人気No.1】なのよ! まさかその二人が、幼少期にこんな言い争いをしているなんて……! 尊死しそう……)
ファンが見たら感涙ものの光景である。 だが、現在のゼノヴィスにとっては死活問題だ。ルッカの誇らしげな言葉を聞きながら、小さな拳をぎゅっと握りしめていた。
「……そんなの」
ゼノヴィスはぽつりと呟いた。
「……誰にでもできる。抱きしめることだって……」
声が消えた。ゼノヴィスは俯く。
(……この子も、寂しかったのね)
アルテミアは悟った。 どれだけ成果を出しても「第二王子として当然」と切って捨てられ、傷ついても誰も抱きしめてはくれなかった。だから、ルッカが誇る「お母様の温もり」が、羨ましくて、眩しくて、悔しいのだ。
それに気づいたルッカが、ふと真顔になって言った。
「だったら、ゼノヴィス様もお母様に抱っこしてもらえばいいよ」
「……は!?」
「お母様、抱っこ上手だよ。ふわふわで、とってもあったかいの。だからゼノヴィス様も───」
「い、いらぬ!!」
ゼノヴィスは顔を真っ赤にして叫んだ。
「余は子供ではない! 六歳だ! 王子だぞ!」
「子供だよ? 王子様でも子供だよ」
「ぐぬぬぬぬ……!」
二人のあまりに不器用で愛おしいやり取りに、アルテミアは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……」
「笑うな悪党女!」
「すみません。でも、お二人とも本当に微笑ましくて」
「「仲良くない!!」」
声が見事に重なる。顔を見合わせ、「真似するな!」「ゼノヴィス様が真似したんだよ!」と再び泥沼の言い争いに突入した。
そのやり取りを、廊下の陰から静かに見守る人影があった。 忠臣であり侍女のチセラだ。彼女は静かにアルテミアへ一礼すると、小さく微笑んだ。
「お嬢様、お茶の差し替えを用意いたしました。ゼノヴィス殿下のお好きな蜂蜜を少し加えた温かいミルクティーです」
「ありがとう、チセラ」
チセラの手際よい給仕に感謝しつつ、アルテミアは二人の前に新しいカップを置いた。
「さあ、お二人とも。美味しいお茶が入りましたよ。ゼノヴィス殿下、毒は入っておりませんから安心してくださいね」
「…………」
ゼノヴィスは、赤い耳を隠すようにぷいっとそっぽを向いた。 けれど、甘い蜜の香りが漂うカップを、横目でちらりと見ている。
(今は強がっていても大丈夫。少しずつ、この屋敷が安心できる場所だと知ってくれればいい)
「余は……お前の化けの皮を剥がすまで、絶対に毎日来るからな!」
「はい、殿下。明日も楽しみにお待ちしておりますね」
「……ふん!」
捨て台詞を残して立ち去る小さな王子の背中を見送りながら、アルテミアは温かな紅茶を口に運んだ。 未来の公式カップリング人気No.1ペアの、あまりに不器用で愛くるしいバトルの幕開けを、胸の奥で温かく見守りながら。
ゼノヴィスのお付きの騎士は部屋の端で、お茶をいただきながら、胃痛を感じているのだった。




