第9話 三年二組 村上美沙④
秋風が吹く。
冷たい風が。
消えた約半数のクラスメイトのことよりも、自分の高校入試のことを気にしないといけない時期に入ったというのに。
元三年二組の黒板には……。
「『第三界』の地球が食われる日も……近いのかもしれない」という文字が現れた。
ぞっとする。
地球が食われるとしたら……、消えたクラスメイト達はどうなるの?
そりゃあ、春に同じクラスになったばっかりで、半数くらいは挨拶以外したことがなかったけど。
食われて、死ぬ……。
でも、きっと、今の、ぞっとした気持ちも、いつか次第に薄れていく。
だって、本当かどうかもわからない、どこか遠い世界の話。
ラノベかアニメみたいな空想上の話。
現実の高校入試のほうが重要です……なんて。
私、薄情かな?
薄情だよね。
リアル映像とかで、テレビみたいな感じで『第三界』の様子とやらを見ることが出来れば、多少違ったかもしれない。
でも……、遠くの国で戦争が起こりました。日本人はチャーター機で帰国します。
そんなテレビのニュースを見たときと、きっと同じような感覚。
ニュースを見たときは無事に帰ってこられればいいなーなんて、心配して、心を痛めて。
でも、母の「ごはんよー」の声で、胸の痛みはなくなって。
お風呂に入って、眠って、起きた時には……。
今日の数学の授業で、苦手な問題に当てられないといいなーなんてことしか考えなくなる。いつの間にか、遠くの国の戦争のことなんて忘れている。
……見れば、思い出すんだけどね。
そう、毎日のように黒板に更新されるラノベのような文章も同じ。
沖田先生は毎日律義にスマホで写真を撮っている。証拠として、残しているのかもしれないけど。
緑川君は廊下から元三年二組の廊下を眺めて、浮かび上がる文字をノートに書き写している。
……で、私に教えてくれるのだ。今日はこんなことが書いてあったよって。
私は最初は右から左に流して聞いていたけど、ふと兄にその話をしたら。
「緑川君にノートを借りてきてくれ! 沖田先生の写メを見せてもらうのでもいい!」
なんて、力説されて。
仕方がなく、緑川君のノートをせっせと書き写している……。
めんどくさいけど、学校内には生徒はスマホ、持ち込み禁止だし。
緑川君のノートは、緑川君が家に帰ったら考察をするとか何とか鼻息荒いし。
……書き写させてもらうしかない。
で、私が書き写したノートを家に持ち帰ると、兄はその文章を熟読する……。
まず、『第一界』の地球が超巨大山羊モドキ生物に丸のみにされた。
続いて『第二界』が食われ、人のいない別の『界』も飲み込まれた。
その『第一界』が山羊モドキに食べられる瞬間を、アルティエロ・デ・バルベリーニっていう魔法使いが見て、姉の人と姉の恋人と一緒に『第三界』に逃れたとかなんとか。
で、『第三界』のタビオなんとかって人が調査に行ったり、アルティエロとかいう人が『第三界』のイズラ王女とかの魔法訓練をしたり……。
今のところの黒板の更新は、とりあえずそこまで。
まるでネット小説みたいだ。
作者さん、毎日更新ご苦労様ですなんて思ったり。
誰がこんな文章書いているんだろう?
異世界に転移したクラスメイトの誰か?
まさかねえ。
それは今考えても分からないけど。でも、兄は真剣。ぶつぶつ言いながらノートを毎日読んでいる。
緑川君みたいに考察とやらをしているのだろうか?
……私は正直、緑川君や兄のレベルでの興味はない。
消えた十八人はどうしているんだろうなんて、たまには思うけど……。ラノベモドキよりは……、ぶっちゃけ数学のほうが気になる……。ううう、XもYもどこから来たのよ……。証明問題ならなんとかわかっても……二次関数に拒否反応が起こるよ! あああああ、やめやめ。もうちょっとマシな英語の勉強にしよう!
机に、ノートと教科書を広げて辞書も用意。
辞書をわざわざ引くよりは、ネットの翻訳サイトを使っちゃうけどね! たまには辞書も引くよ!
英文を日本語に直して、意味が分かったら、あとは暗記! ひたすら暗記!
歯を食いしばって勉強しているっていうのに、隣の部屋の兄がうるさい。
……いつもの通り、アニメを見たり、ラノベを読んだりしてコーフンしているんだろう。まったく仕方のない兄だ。
スルー……するには、今日はなんかうるさい。
いつもの数倍うるさい。
んんんん?
スマホとかで誰かと通話中? 通話相手と激論でも交わしているのかな?
とにかくうるさい。べらべらべらべら喋りが止まらない。
こっちは受験勉強と授業の予習で大変だっていうのに。
そう、大変なんだよ!
クラスメイト十八人が失踪した影響で、授業は遅れに遅れた。
夏休み前に終わっているはずの学習内容を、今、勉強しているくらいなんだから、卒業までに学習内容、学び終わらないかもしれない……。
で、私の学校の授業進度がどうであれ、高校の入試の時の試験問題製作者がそのあたりを考慮してくれるわけはない。
学校が教えてくれないなら自分で学べ。
じゃあ塾に行けばいいじゃん……って、塾の進度のほうが、学校の授業の進度よりもすすんでいるのよ! 結局、塾の集団授業にも付いていけなくて、個別学習塾に行くか、自分で自習……。
わー……。
つらい。
常識外の出来事が起こっている弊害だから、仕方がないけど、仕方がないけど……ううううう。
社会なら、丸暗記でイケるから自習でなんとかなる。
でも数学と理科が分かりません……。
地学範囲の太陽系とか惑星とか、そのあたりならなんとかなっても……。酸とかアルカリとか中和とか? 電気分解とかってナニーっ! 電池っていうのはね、電解質の溶けた水溶液に二種類の異なる金属を入れて電気を取り出す装置なんだよー……なんて知らなくても、コンビニに行けば単三電池とか単四電池とか売っていて、それ、使えてるんだからいいじゃんかーっ!
ぜいぜいはあはあ。
この憤りをどうしよう……。
うるさい兄にぶつけるか。
ずかずか歩いて、兄の部屋のドアをノックもしないで、いきなり開けた。
「兄っ! ちょっと静かに……って、え、ええええええ⁉」
部屋の中には兄一人だけがいたのかと思ったのに……。
オレンジ交じりの赤い髪と瞳の見知らぬお兄さん。年齢は新卒の先生くらいかな?
髪を染めて、カラコンでも入れているのかなと思ったけど……、顔の彫りも深いし。もしかして外国の人?
「だ、誰⁉」
英語で話しかけるべきかと焦ったけど。
「あ、美沙ちゃん」
見知らぬお兄さんが、私の名前を呼んだ。何で知っているの⁉ 兄に聞いて知っていた……にしては、ヤケに親し気。
「ようやく妹にバレたか。もっと早くにバレると思っていたんだけどなあ……」
ちょっと兄? 何言って……。
戸惑っていたら、見知らぬお兄さんが微笑んだ。うわぁ、美形のお兄さんの笑みは破壊力が大きいわ!
「この姿では初めましてになるよね。オレはアルティエロ・デ・バルベリーニです。玲央にはお世話になっています」
この姿では? 玲央にはお世話に? 兄がお世話? 見たことのない外国の人を?
ええと……?
ぽかんとしてしまったけど、ええと、その名前には聞き覚えが……、いや、見覚えが……。
「アルティエロ・デ・バルベリーニ……さん?」
……って、黒板ラノベの登場人物っていうか、『第一界』の魔法使いでは⁉
「はああああああああああああ⁉」
思わず叫んでしまった。
何なんだ、これ、何なんだ、この人!
「まあ、落ち着け妹よ」
兄がわたしの肩をポンポン叩いて、床に座らせた。
「落ち着けって兄っ! 何なの!」
「だから、これ、今名乗った通り、魔法使いのアルさん」
「アルさんって何それ親し気な!」
「だってもう二年以上の付き合いだからなあ……。一心同体いや、二心一体」
「はぁ?」
二年の付き合いって、どういうこと?
二年前の秋というと……、私はまだ中学一年生……、兄は中学三年生だった頃?
そういえば、兄も中学三年生の時は私と同じ二組だったっけ……?
何か、奇妙な気がした。
同じ中学校に通っているんだから、奇妙も何もないけど。
私が今通っている聖稜中学校。
三年二組の教室は今は別になったけど……。
元々の、三年二組の教室。今も、オカシなラノベみたいな文字が黒板に毎日浮かび上がり続けている教室。
二年前は……その元三年二組の教室に、兄も……以前、通って……いた。
「本当に、本物のアルティエロ・デ・バルベリーニさん?」
「うん」
「はい、そうです」
兄とアルさんが同じタイミングで頷いた。
「マジ⁉」
「うん」
「妄想とかじゃなくて⁉」
「どうして妄想なんて単語を発するかな妹よ。マジもマジ、大マジだ」
兄とアルさんが、また同じタイミングで笑った。
何このシンクロ……。
「あり得ないでしょう! 黒板に現れるラノベ文章が本当のことで、今ここにいるお兄さんが本物の魔法使いのアルさんとかだとしたら」
「本当で本物だけど」
「現代日本で、不法入国した人が、どうやって二年間も真っ当に生活できるのよ‼ 衣食住、どうしていたのよ!」
兄とアルさんはお互いに顔を見合わせて「気にする点はソコかよ」って笑って、そして……言った。いや、実演した。
「ああ、さっきも二心一体って言ったけど。つまり、こうやって、『憑依』……、いや違うか、『取り込み』的な? を、して……」
「へ?」
『憑依』との言葉と同時に、アルさんの姿がふっと消える。
「え、え、え?」
今、私の目の前には二人の人間がいた。
兄の玲央と、アルさんが。
アルさんの正体が何であれ、人間が二人確かにいたのに、そのうちの一人が消えた……。
「……に、忍者?」
思わずつぶやいたら、兄は「ぶはっ」と噴き出して笑った。
「さすが我が妹、素晴らしき発想。だけど、天井にも張り付いてないし、雲隠れの術とかも使っていないぞ」
「え、え、え? じゃあ幻覚?」
「それも違う。アルさんのせいで、俺も魔法使えるようになって」
「はあ⁉」
俺も魔法……って、兄が魔法使うの⁉
「で、おぼえた魔法が『憑依』っていうか、『取り込み』? 俺の体の中に、アルさんを入れてんだ」
「はいぃ?」
『憑依』って、フツー、霊が乗り移るとか、そういうふうに使わないか? ホラーなの⁉
『取り込み』って……、今取り込み中ですとかじゃなくて……、インプット? いや、それも違う?
気が動転している間に、また、ふっと……アルさんが現われる。うわああああ!
「二年の間、こうやって、玲央にはお世話になっています。だから、美沙ちゃんのことも二年分知ってるんだ」
ぺこりと頭を下げてきた。
マ、マジかああああああああああああ!
***
しばらく私は気を失っていた。いや、それは比喩だけど。
目の前の現実を受け入れられなかった。
ぽかんと口を開けて、マンガ表現で表すなら魂が抜けているって感じの。
「あはははは、妹よ、マヌケ面」
「何がマヌケだ兄めっ!」
クラスメイトが消えて、どうやら異世界に転移したらしい。
黒板に、おかしな文章が毎日消えては現れる。
それだけでも十分ファンタジーというかアニメというか、ありえないっていうのに。
兄が、魔法を、私の目の前で使い。
その異世界の登場人物だったはずの人が、目の前で現れたり消えたりしている……。
魂くらい抜けるっつーの!
フツーの女子中学生が受けいれられるキャパは超えているわ!
「すみません、美沙ちゃん。驚かせちゃいましたよね」
アルさんとやらが、申し訳なさそうに頭を掻くけど。
……ラノベの登場人物が現実に現れてたらこういう感じ?
どうしろっていうのよこんな現実。
脳が……、脳が……、目の前の現実を拒否している。
「待って。頼むから待って。落ち着くから……」
息を吸って吐いて、また息を吸って吐いて。
大丈夫、大丈夫。
春の、桜が咲いている時期に、クラスメイトが一人ずつ十八人も目の前で消えた衝撃に比べれば……、実の兄が魔法を使えるようになっていることくらい……あ、あははははははは……。
「……兄よ」
「何だね妹よ」
「頭の中整理しながら話を聞きたいので、ノートとシャーペンを貸して……」
「おう!」
……多分、これ、ファンタジー案件。多分、私には理解できない。詳細を事細かに聞いても無理。
だったら、話を全部書いておいて、明日学校に行ったときに、緑川君に見てもらう。そして判断してもらう。
私の手には余るだろうけど、きっと兄と同じレベルのラノベオタクの緑川君なら……!
理解も判断も解釈も納得の仕方もっ!
きっと、できるようにしてくれるだろう!
うんっ! 丸投げっ! 助けて緑川君‼
未使用のまっさらなノートを一冊もらって。
そのノートを兄の学習机に広げて、シャーペンを借りて、聞き取りの姿勢を取る。
「じゃあ、えっと……。まず何から聞いたらいいかな……」
シャーペンを持ったまま、地蔵のように固まりそうになっているけど。今は考えない、とにかく書く。
「最初から話すとだな。二年前、俺が聖稜中学校の三年二組に在籍していたとき、三年二組の教室にいきなり異世界人のアルさんが現われたんだ……」
「そう。オレが『第一界』から『第三界』に来て、イズラの魔法訓練とかをして……までは、教室の黒板に書かれてるみたいだよね。そこの説明は端折っていいよね」
何故知っているのアルさん……って、あ、私が兄に見せているノート、もしかしてアルさんも読んでいた?
「で、その後なんだけど、オレは『第三界』を離れて『第六界』まで行ったんだよね。で、いろいろあって、姉たちとも別れて、玲央のいる『第七界』に一人で来たんだよ……」
そのいろいろの話を……、アルさんと兄は私に語ってくれた……。
次回はアルさんにするか、イズラにするか……。
ちょっと順番考えます!




