最終話 三年二組 村上美沙⑧
相川君が手紙を残してからしばらくして。
私たちは毎日、黒板の文章を確認しに来ている。
それを、私はノートに書き写し続けている。
他にも色々、気が付いたこととかも書きくわえたりして。
……なんか、小説っぽい感じに季節感とか付け足したり。
……受験勉強しないといけないって時に、何を余計なことをしているんだろーって、自分ツッコミを入れつつ。
でも、なんか、書いてしまうのよね。メモメモ。
今日もそう。
沖田先生、近藤先生、私、緑川君、広崎さん。
固定のメンバー。
他のクラスメイトも、たまには元三年二組の教室を廊下から眺めたりすることもあるけど。
それは、ごくまれに。
みんなはもう、受験に向けて、必死になっているというのに。
私は、黒板に現れる佐倉さんが書いているであろう小説っぽい文章を書き写しつつ、自分だったらこんなふうに書くかなーなんて想像したり、メモを取ったり。
あー……、現実を見て、受験勉強に必死にならないとって分かっているのに。
今年は暖冬で、十二月に入っているというのにあったかい。
コートもマフラーも手袋もいらないくらいに。
イチョウの木だってまだ黄色の葉っぱが残っている。
初冬というより、晩秋的な気分。
……ま、気温がどうであれ、気分がどうであれ、入試日程に変更はないんだけどね。
今は十二月で受験は二月。
黒板のことはいったん保留にしてと思いつつも、アルさんが『第三界』に帰ってからしばらく経つけど……、山羊モドキはどうなったかな? 倒せたかな? 私の案じゃ、やっぱり無理だったかな……とかとか、なんて、気になって受験勉強どころではないのだ。
……って、なかなか進まない受験勉強を、他のことのせいにしているだけだった、親には怒られる。
そんなこんなで、でも元三年二組の教室に日参。
すると……、今日は『山羊モドキを倒しに行く』という文章がいきなり黒板に現れたのだ。
『だから、うまくいけば、もうすぐ帰れまーっす♡』
「こ、これ、佐倉さん?」
「マジか!」
沖田先生と近藤先生は「保護者に連絡したほうが良いか⁉」「ちゃんと帰って来ると分かるるまで、言わないほうが良いか」とか相談し始めた。
私は……、黒板の文字を、私のノートに書き写してから……祈る。
どうか、アルさんたちが無事に山羊モドキを倒せますように。
祈るしか、できないけど。
それから、毎日。
今日、みんなが帰って来るのか、明日みんなが帰って来るのかって。
保護者の人たちが教室に集まり出して。
お仕事もあるから、全員が毎日集まれるわけじゃないけど。
それでも、来れる人は期待をしながら教室で待って……。
七日後。
私や緑川君や沖田先生たちが教室に集まっていた時。
不意に『リンゴーン』って鐘の音がした。
「こ、この音……!」
時計を見る。
時刻はお昼の十二時。
四月に、みんなが消えた時と同じ。
違うのは……鐘の音が『リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン』って鳴り続けていること。黒板が、ぐにゃりと曲がって見えたこと。
「何だあれっ!」
緑川君が、叫んだ。
「まさか!」
広崎さんも、黒板を指さして。
先生たちや集まっていた保護者の皆さんも、一斉に叫んで。
最初に、相川君。
次に井上君、上野さん……と、次々にクラスメイト十八人全員が元三年二組の教室に現れた。
「あー……、ただいまって、うわっ!」
「裕也ああああああ!」
「わあ、婆ちゃん!」
相川君に、お婆さんが泣きながら抱きついて。
「うわー、マジで教室に戻ったー」
「アツシ、アツシ、アツシ、アツシ、アツシ……っ!」
「ぐわっ! かーちゃん! 痛いって!」
井上君のお母さんが泣き叫んで、井上君にしがみ付いて。
保護者の人たちも全員、自分の子どもに抱き着いて。
女子たちも男子たちも泣いて泣いて泣いて。
沖田先生と近藤先生が、今日来ていない保護者も、昨日は来ていたぞ、みんな心配していたぞなんて、フォローしていた。
私はみんなの様子をぼんやり見ていて。
ああ……アルさん、がんばったんだーなんて、思って。
うちに帰ったら、兄に言おう。
十八人、全員、帰ってきたよ。アルさん、きっと、山羊モドキを倒したんだよって。
言おう。
じっと、様子を見ながら、心に決めて開いたら。
上野さんと佐倉さんが私を見た。
「えっと、村上さん、だよね!」
「あ、うん」
四月に、クラスメイトになったばかりだから、なんとなくしか覚えていない相手だけど。
「えっと、上野さんと佐倉さん……だよね」
「うん、そうそう。よくぞ覚えていてくれました!」
「アルさんから、伝言あるよー。ありがとーって。玲央って人にも」
「そう……」
そっか。よかった。
「兄にも伝えるね」
「あ、それでさー。玲央さん? って人にもアルティエロ様の話、聞きたくってー」
「え? 兄に?」
「そう! せっかくの体験だもん! 異世界転生びーえる物語にして、小説書き上げて、小説サイトに投稿したくってさー」
「は? びーえる物語??」
なんだそれは?
きょとんとしたら、上野さんが大笑いした。
「アルティエロ様とイズラ姫の大恋愛物語はどこいったのよ! アルティエロ様と玲央さまの同性愛的友情を描くより先に、王道物語を形にしてよ!」
「だって、クラスの女子の需要、勇者と姫の物語よりも、異世界からきた勇者とこっちの世界の玲央さんとのビーエル読みたいって声が大きくって!」
「まったくもー!」
上野さんが仕方がないなーって嘆息したけど。
えーと?
あの?
「えっと、佐倉さん、小説を書く人……なんだよね?」
「そうそう。書いてウェブサイトに投稿するの!」
「えっと、兄に話を聞くのは良いんだけど……、入試、どうする?」
「うげ⁉」
「もう十二月。入試は二月」
私が言ったら。それまで保護者との涙の再会をしていた他のクラスメイト達も一斉に。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」って叫んだのだった。
☆ ☆ ☆
怒涛の十二月、一月を経て、入試も終わり、なんとかクラス全員どこかの高校に合格した。
もちろん偏差値低めの高校にしか受からなかったけど。
それは、仕方がないから、高校に入学したらすぐに予備校とか行って、めっちゃ勉強するとかなんとか。
まあ、私も勉強しないとなーと思いつつ。
それは高校に入ってからでいいやーなんて。
兄のインタビューとかで、ちょくちょく我が家に遊びに来ている佐倉さんに感化されつつ、なんとなく、この一年のことを、ノートにまとめたりしていたり……。まとめるというか……、小説風に書き直したり……。
黒板に写しだされた佐倉さんの文章を真似して書いたところもあるんだけど。
せっかくだから、四月から十二月までの顛末を、自分の体験だけじゃなく、佐倉さんサイドの話とか、アルさんから聞いた話とか、相川君とかからも話を聞いたりとかしたいなーって。
「あー、佐倉さん。わたしも書いてみたんだけど、どうかなー……」
「おお! 村上さんから見た今回の顛末記! 読む読む! 書くのも好きだけど、読むのもめっちゃ好きー」
佐倉さんに読んでもらって。幾度か直して。
「せっかくだから、投稿する?」
「へ? 投稿って、佐倉さんが投稿しているウェブサイト?」
「そう。アタシもアタシで、自分なりの話をサイトアップしようと思っているけど」
「だったら、佐倉さんが書けば?」
「うーん、びーえるで今のところ手いっぱいだから、真っ当なのは村上さんに任すわー」
い、いいのかな?
だって、黒板の現われた文章、佐倉さんのものだし。
「アタシの文章部分なんて、ほんのちょっとだけじゃない。他はぜーんぶ村上さんのオリジナル文章だもん」
「そ、そうか……」
じゃあ、記念に、ウェブサイトに投稿しようかって、佐倉さんにいろいろ教わりながら、春休み中、がんばって、パソコンで、ノートに書いた文章を打って。
さあ、いざ投稿……って時に、ハタと思った。
「えっと、作者名……」
ペンネームとか、つけるんだよね?
さすがに本名は嫌だなあ……。
なんて、悩んでいたら。
パソコンの画面を兄がひょいと覗いてきて。
「なんだー? 作者名? ユーザー名?」
「うーん、悩んでいて」
そうしたら、兄は「そんなの決まってんじゃん!」と笑った。
「何よ、決まってるって」
「アレしかないよなー」
勝手にキーボードを叩いて、何かを入れて。
画面のユーザー名のところには。
『エグい賢者』と打たれていた。
「ちょっと待て! 兄っ! ナニコレっ!」
私は怒鳴ったけど。
めっちゃくちゃ怒鳴ったけど。
……他にいい名前も思いつかず。
……まあ、今となってはコレもアリかなんて思ったりして。
そうして私は、そのまま、兄が打ったままの名で、登録を、した。
終わり
お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
後程、恒例の登場人物設定を書きますねー。




