第23話 第六界 相川裕也⑥
ジルベルト・デ・ヴィスコンティという人は、茶髪と茶色の瞳で何か、柴犬を連想させられる人だった。
「そうか……。アルは……、山羊モドキを倒す方法にたどり着いたんだね……」
アルティエロさんからの手紙を持って『第六界』で魔法使いとして暮らしているジルベルトさんの元を訪ねたら……、泣きそうな、それでいて懐かしそうな顔で、何度も何度も「そうか、そうか」って言って。
「ちょっと待っててね」
俺にお茶と茶菓子を出してくれて、それをテーブルの上に置いて、奥の部屋に入っていった。
奥の部屋からは、子どもの声みたいなのが聞こえてきた。ジルベルトさんのお子さん……?
出てきたのはアルティエロさんとよく似たオレンジ交じりの赤い髪と瞳の女の人。
「……こんにちは、はじめまして。アルの姉のヴィオランテです」
「あ! 初めまして! アルティエロさんにはお世話になっています! 俺は『第七界』の一般人、相川裕也です!」
少し寂しそうに笑うきれいな人。
アルティエロさんのことを聞かせてほしいっていうから、俺は、俺たち三年二組の十八人が『第三界』のイズラさんに転移させられたところから、今の今までのことを、全部話した。
ずいぶんと時間がかかって、途中でジルベルトさんがお茶とか食べ物とか、何回も新しいものを用意してくれた。
ヴィオランテさんは、「そう、そうなのね……」と相づちを入れながら、俺の長い話を全部聞いてくれた。
寂し気な顔が、少しずつ明るくなってきたみたいだな……って思った。
「それで、俺は。ここまで来たら、最後まで見届けたいと思って。木下以外のクラスの連中は鐘の修復とかで一致団結しているけど。俺は……ここまで魔法を覚えられなかったのは、『界』の移動をして、山羊モドキの終焉をちゃんとこの目で見るためなんじゃないかなって。だから、『界』の移動の魔法を覚えたいんだけど……。今、『第三界』の魔法使いたちはめっちゃ忙しくて、それは他の『界』の魔法使いでも同じで」
「そうよねえ……」
ヴィオランテさんが、ゆっくりと温かいお茶を飲む。奥の部屋から出てきたお子さんが「おかーさん」って、ヴィオランテさんのスカートにまとわりついた。
愛おしそうに、我が子を見る目。優しい瞳。
「……アタシはね、逃げたの」
「はい?」
「目の前で、山羊モドキがアタシたちの地球を丸のみにしたのを見て……、怖くて。アルは立ち向かったけど、アタシは駄目で」
お子さんをジルベルトさんが抱き上げて、それで「ヴィオが駄目なんてことないよ」って言って。
でも、首を横に振った。
「……ジルベルトがアルと協力していたら。『界』渡りとかだって簡単だったのに。もっと早く、もっと楽に、アルが山羊モドキを倒せる結論に達したのかもしれないのに。アタシのせいで……」
「ボクが自分でヴィオと一緒に居ることを選んだんだよ」
「うん……でも、自分たちだけ安全な場所に逃げて。アルが頑張っている間ずっと、無関係なフリで生きていた……。怖いからって」
「ヴィオ……」
しばらく、じっと。温かいお茶のカップが冷えてしまうまで、ヴィオランテさんはそのままでいた。
「……ホント言うと、今だってアタシ、あの山羊モドキは怖い。こうして過ごしている間に、知らない間にパクって、食べられているかもしれないって思う。けど……」
ヴィオランテさんは顔を上げた。
「ジルベルト」
「うん」
「相川君に『界』渡りの魔法、教えてあげて」
「いいの? 大丈夫?」
「うん……平気じゃないけど、だけど。アタシができることはもうないんだけど。アルが山羊モドキを倒すためにここまでがんばってきたの。だから、少しくらい。頼って来てくれたんだから、すこしだけでも」
「わかった」
俺は、ジルベルトさんとヴィオランテさんの家にしばらく住まわせてもらって、魔法の修行をさせてもらった。
「なんだ、魔力の循環とか、ちゃんとできているんだ」
「あー、半年ばかり、その練習ばっか積んでいて」
クラスの連中みたいに鐘の修復系の魔法を覚えるとか、木下みたいに巨大化したいなんて願いもなくて。
「でも、何をしたいのか、俺、決められなくて」
「今、ようやく、やりたいことが見えた?」
「はい」
「うん。それなら今がそのタイミングだったんでしょう。だからきっとすぐに。できるようになるよ」
「はいっ! ありがとうございます! ジルベルト師匠!」
「うっわ、師匠って単語、照れるー!」
練習して、約一か月。
すごい短期間だけど……俺は『界』渡りが出来てしまった。
「努力の成果だね。あと、才能もあるよ、相川君」
「あざっす!」
「ボクがサポートするから、試しに隣の『界』に渡ってみる?」
隣の『界』 って。
多分、ジルベルト師匠は……『第五界』を想定していったんだと思うけど……。
「あの、『第七界』でもいいですか?」
俺はそう言ってしまった。
帰りたいんじゃない。だって、クラスのみんなを連れて帰るわけじゃないから。
でも……。練習するなら……『第七界』に行って……それから、『第三界』に戻りたい。
みんな無事だよって伝えて。
もうすぐで帰れるからって。
親たちとか婆ちゃんにも伝えたい。
「うん、いいよ。じゃあ、一緒に『第七界』に行こう」
ジルベルト師匠は快諾してくれた。
☆ ☆ ☆
準備して、ドキドキしながら転移して。
もちろん何度かは失敗したけど……、最終的にはジルベルト師匠と一緒に聖稜中学校の三年二組の教室にやってきてしまった。
「うわあ! 懐かしの教室!」
思わず声を上げてしまった。
すんげえ。春の桜の開花時期と同じまま……ではないか。緑の葉っぱはまだついている。落葉はまだちょっと先っぽい。イチョウの葉っぱとかも、ちょっと黄色くなり始めている感じ。
夏は終わって、秋が始まる。でも、本格的な秋はまだ先ってところかな?
なんとなく、外を見て、それからまた教室の中に目を戻す。
黒板には佐倉さんが書いた状況報告……モドキの、ラノベ風小説が書かれてあったし。
「あー、鐘の修復終わったんだ」
黒板を見て、ぼんやり思って。
「えっと、山羊モドキの太陽投下計画? えっと一か月後? うわ、俺、急がないと!」
ジルベルト師匠のサポートがあったからここまで来られたけど。
あと何回も繰り返し転移して慣れて、それで自分一人でも転移ができるようになりたいかな。
さすがにジルベルト師匠も一緒に山羊モドキの消滅を見に行きませんかなんて言えないしなあ。
そのジルベルト師匠は……黒板をじっと見てる。
「山羊モドキ太陽投下計画……。詳しい日時が知りたいけど、約一か月後か……」
もしも、計画が成功して、山羊モドキを倒せれば。
年内にこっちに帰ってこられるかもしれない。
……正月は、婆ちゃんの作る栗きんとんが食べられるかも。
「俺、その時までに『第三界』に戻って、見学に行かせてもらいます」
見学って言い方、軽すぎるかな?
だけど、『界』渡りはできるようになっても……、他の魔法使いと連動して、軸をずらすなんてできないだろうから、見に行くだけ。見て、それで……ここに帰って来よう。クラスのみんなと一緒に。
ジルベルト師匠はじっと考え込んで。
声がかけにくい雰囲気で。
視線を逸らす感じでもう一回外を眺めていたら……校庭に近藤先生がいるのが見えた。
俺は何気なしに窓を開けた。
「おーい、近藤先生ー」
呼びかけたら、近藤先生は「おー……、お、おおおおおお⁉ 待て、お前、相川かああああああああ⁉」って叫んで。
「はいっすー。久しぶりです~」
「待て、久しぶりじゃねえっ! そこで待っとけ! 今行くから!」
校庭から、すごい勢いで、校舎のほうに走ってきた。
「うわ……。マズかったかな?」
「いや……。せっかくだからご挨拶とかしたら?」
ジルベルト師匠がふっと笑った。
「親御さんに会うとかはいいの?」
「あー……。引き留められて、『第三界』に戻れなくなると困るけど。親とか婆ちゃんとか、安心させたいかな。でも、会ったら、俺、きっと……」
『第三界』に戻りたくなくなるかな?
木下たちクラスメイトにも悪いなあって気もするし……。
こう……、抜け駆け的な感じで。
「だったら、あの人……、先生? 伝言でも頼んだら?」
「そうですね、そうする」
手紙でも書いて渡してもらったら、それ見て、字がオレの字だって分かるかなって。
だから、近藤先生にコピー用紙を一枚貰って、書いて。渡してもらった。
「あともう少しで多分帰れるって言ってもらえますか? それから村上さんに」
「村上?」
「『第三界』の魔法使いたちと俺たち十八人に、エグい賢者って呼ばれてますよって伝えてください」
ちょっと笑って、俺はジルベルト師匠と一緒に『第六界』に戻っていった。
ちゃんと十八人、全員で帰って来るからさ。
もうちょっと待っててな。




