第13話 三年二組 村上美沙⑤
「……とまあ、そんな感じで。オレは『第三界』を出発して、『第四界』と『第五界』と『第六界』の魔法使いの魔法を強化して。その代りに『第三界』の人たちとか姉と姉の婚約者を受け入れてもらうって感じで」
「……大変だったのねぇ」
アルさんがうっすらと笑う。大変……なんて一言じゃ片づけられないくらいに大変だったのだと思うけど。
「ま……、『第六界』までで、山羊モドキを倒す何らかの方法が見つかればよかったんだけど……」
兄はとっくにこの話を聞いていたのだろう、神妙な顔で頷いている。
「同じような魔法法則で動いている世界じゃあ、どの『界』も似たり寄ったりなんだよなー」
「そう。それで……オレは『第七界』に来た。カガクとかいう方法論を知りたくて」
『第七界』っていうのは私たちが今いるこの地球か……。科学……、うーん。
「山羊モドキとかいうどでかい魔物を倒す方法がこの世界にあるかなあ……。科学ねぇ……。理科の教科書程度の知識しかない中学生には荷が重い……」
ちょっと天井を見つつ、考えてみる。
人間が、木星サイズの魔物を倒す。魔法が発達している世界でも倒せる手段はないのに。魔法がないこの世界で……。科学は私には無理だから。えーと……。あ。
「あー、でも、でっかい魔物を倒す方法ねえ。方法だけならいくつか思い浮かんだけど……」
兄が見てきたアニメとか、特撮とか。そういう世界じゃ巨大な敵なんて、ヒーローさんたちは倒しているよねえ。魔法少女とかもだけど。
「はい?」
「へ? 妹よ。あるってまさか、山羊モドキを倒す方法があるとでもいうのか?」
「うん。っていうか、創作の世界では山のように巨大な敵を倒しているでしょ? 兄、アニメ見ているじゃない」
「あ、アニメ……」
「だから、リアルで実行可能かどうかは……」
分からないけど……と言いかけた時に、アルさんがわたしに迫ってきた!
「み、みみみみみ美沙ちゃんっ! 思いつきでもなんでもいいから教えてそれっ!」
肩をすごい力で掴まれて、ぐらぐらと揺すられる。
「倒す方法論さえ何もなかったんだっ! 倒せないから火星かどこかを人間が住めるようにして、みんなでそこで暮らすしかないかってっ! 頼むっ! 教えてくれ」
あ、あの……、言いたくても、ぐらぐらと揺すられている状態では……、無理。
兄がアルさんの肩をポンと叩く。
「アルさんや、落ち着け。そんなに揺すってたら妹といえども何にも話せん」
「あ……」
ようやく手を放してくれたアルさんは、「ごめん」と床に手をついて謝ってきた。わあ、日本式土下座。いやいや、そこまでしなくてもいいんですよ。顔が近くなければイケメン乙で眼福ですってわたし何を思っているんだか。えーと。
「えーとね、山羊モドキは地球を食べるんでしょう? しかも吟味とかしないでパックンと」
「うん」
「だから、まず最初に思い付いたのは、地球の毒化」
「は? 毒?」
「そう。えーと、どんな毒が効くか分からないけど……、人のいない『界』の地球に、えーと、毒って何があるか分からないけど……。たとえばそうねえ……」
トリカブト程度じゃ効かないと思うし……。猛毒、猛毒……。あ、核って毒かな?
「ええと核爆弾とか。核エネルギー施設から出た放射性廃棄物とか? そういうものをみっちりと搭載? させた地球を食べてもらえばいいんじゃない?」
効果があるかどうかは分からないけど。
それに、そんな核物質、どこから調達するのかもわからないけど。
「おお、なるほど。さすが我が妹よ、えげつない考えだ」
うっさいわ‼ えげつなくて悪いか‼ だってでっかい魔物を倒すんならえげつないくらいじゃないと無理でしょう!
「兄なら何か穏当な方法でも思いつくの⁉ アニメでいっぱい見てたじゃん! ヒーロー特撮系とか」
「いやぁ……。 そういわれてもなあ……。二年ほどアルさんとはお付き合いしていたけど、アニメ番組とかとアルさんの状況を結び付けたことなんてなかったし……」
感心してんだか、呆れてんだが、分からないような口調だな兄よ。今まで山ほど巨大化した敵を倒すアニメだとかなんだとか、見まくっているんだから、一つや二つくらい何か出るでしょうに。
「アニメにラノベ、巨大な敵を打ち倒せなんて、山のようにネタがあるのに。敵を弱体化させるとか、老化させるとか、時間停止させるとか、あれにこれにそれも」
実行可能かどうかなんて、分かんないから。チラ見したアニメから覚えているのをテキトーに言ってみた。
「み、みみみみみ美沙ちゃん! なんでそんなにポンポン出るの⁉」
アルさんに、再び肩をがしっと掴まれた。
「お、おおおおおお落ち着いて、アルさん」
「落ち着けないよっ! 何年も、オレや他の魔法使いたちが対抗策を考えようとして何にも成果がないままだったのを、君があっさりと……」
「いやほら、アニメとかからパクっているだけで、できるかどうかはわからないしーっ!」
美形のお兄さんに、そんなにも至近距離に迫られれば焦りますーっ! 顔が……顔が赤くなるうううううう!
「それでもっ! 思いつく限り全部教えてくれ! 何か一つや二つは実行可能かもしれないし」
「あー……、他のネタ……。その。山羊モドキも、食べるということをしている以上、生き物でしょう?」
「うん」
「だったら、ガンとか病気とかになるかもねーって」
「は? ガン? 病気?」
「それから兄がよく見ているアニメみたいに、巨大ロボット作ってビームとか、なんとか砲とかの武器で山羊モドキを倒すとか」
「きょ、巨大ロボット……」
「いやいや、妹よ、さすがにそれは無理だろう」
兄が呆れたように言う。
「だから! 実行可能かどうかは分からないけどパクリネタだけって言ってるじゃん!」
「まあ、アイデアは大事だアイデアは。ちなみに他にも何か思い浮かんだか?」
「あー、うん。あるかどうか分かんないけど、『界』とかがいっぱいあるんでしょう?」
「アルさんの話からするとそうらしいが」
「だったらどっかの『界』に滅んだ古代文明とかないの?」
失われた超古代文明の超科学とか何とか。
大陸を空に浮かばせるとか、人類が古代文明で生み出した「神に近い破壊の化身」を発掘して、生き返らせて王女様が「薙ぎ払えっ!」とか叫ぶとか……。
「妹よ……、そうポンポンネタが思い浮かぶとは……、さすが我が妹素晴らしい」
「兄の見てきたアニメのパクリって言っているでしょうが! だったら兄のほうが荒唐無稽なヒーロー技には詳しいでしょうが! 巨大な敵を倒す武器の一つや二つ、思い出しなさいよ!」
「いやあ……、武器って言ったらエクスカリバーくらいしか」
「……それ、伝説の剣でしょうが」
「まあ、エクスカリバーがあるとして、探している間に地球は亡びちゃうだろうなあ」
「……無いものを探しても無駄よねえ」
必殺の武器とか伝説のなんとかとか、わたしは詳しくはないけど。
作りごとの世界ではよくあるよねえ。
剣で言うのなら、日本でもなんだったっけ? 草薙剣? 竜くらいは倒すんだったっけ?
竜サイズだったら剣で倒せるけど、木星サイズなら無理かもだし。
えーと、他にアイデアは……、あ、巨大な敵を倒すのはやっぱり特撮ヒーロー戦隊ものに一日の長があるかしら?
だって、ロボットとロボットが合体して巨大ロボットになって、しかもその巨大ロボットがでっかい必殺の武器とか振り回すんでしょう? 幼少時の兄が新聞紙を丸めて、武器にして「何とかスラッシュ!」とかいう感じで、必殺の武器を繰り出していた記憶があるぞ。
他にも、えーと、昔のアニメでは、戦艦が宇宙を飛んで、次元波動爆縮放射器とか何とか使っていたし。他にも、えーと何だったっけ? 木星を三万分の一に圧縮してブラックホール化した爆弾とかもあったし。
創作の世界では、意味不明なほどでっかい武器なんて、山のようにあるじゃないの。
武器や魔法では無理だっていうのなら、呪術とか呪いとかも。魔法少女なんて、愛で世界を救ちゃうし。
「そりゃーそうだけど、アニメとか特撮だからだぜ? 現実には無理」
兄はそんなことを言うけどねえ……。
「現実って言ったって、他の『界』とかからアルさんがやって来て、魔法なんてないはずのこの世界で魔法を使ったのは兄です。兄が魔法使いなんて、荒唐無稽な現実です」
わたしがきっぱりと言ったら、兄もアルさんも苦笑い。
「そりゃあそーだけどなあ……」
「荒唐無稽にも、巨大生物を倒すネタなんて、兄の方が詳しいでしょ。兄が見ていたテレビ番組をチラ見している私が、この程度のことを思い付くんだから。ラノベを熟読している兄は、もっと何か思いついても良さそーだけど」
兄はブンブンと首を横に振る。
「いやいやいやいや。楽しんで見てただけだから! 妹よ、お前のようにポンポン思い浮かばない!」
兄が言えば、アルさんも、感嘆のため息を吐きだした。
「そうですよ……。オレだって、玲央と一緒になってアニメ見ていました……。魔法のない『第七界』にはこんなすごい技術があるんだって感動して……。科学技術でアレを倒せないかって……。考えたけどなにも良いアイデアは浮かばなくて……。美沙ちゃん、君は天才ですか? いや、賢者かな……」
わあ! 過大評価!
「天才でも賢者でもないですよ、思い付きをただ言っているだけ。それに、アニメ的ラノベ的アイデアなら、わたしより……」
ふっと思いついた。
緑川君。
「私の同級生に、兄と同じくらいラノベ好きな人がいて。彼なら私なんかよりもっとたくさんアイデア思いつくかもしれないですよ」
あんまり過大に評価されるとお尻のあたりがムズムズしちゃうから。
とりあえず、他者を巻き込んでみる。
「アルさんから今聞いた話、ノートに書かせて。それで明日、緑川君に聞いてみる」
アルさんは私にきっちりと頭を下げた。
「お願いします。オレは……、美沙ちゃんが最初に出してくれた、地球の毒化とか、山羊モドキの身体を癌化させるのか可能かどうか、検討してみます。玲央、手伝ってくれるか?」
「もっちろんだとも我が友よ! 巨大ロボ政策は無理でも、核とか癌とかの知識なら、ネットを拾えばいくらでもありそうだしな!」
……ということで、アルさんから聞いた『第三界』に辿り着いてから、この私たちの世界……、アルさん的に言えば『第七界』に辿り着くまでの、長い話を、わたしはノートに書いた。。
字が雑になったのは勘弁してほしいけど、でも、ちゃんと全部書いた。
次の日、書いたノートを持って、私は学校に行った。
まずは緑川君に……って思ったけど。
ファンタジーを理解できるオタクだけじゃなくて、大人に、冷静な判断力のあるクラスメイトの判断もきっと必要じゃないかな。それに……、三人寄れば文殊の知恵ってもっと人数多ければ、アイデアももっと豊富に出るんじゃないかな? 毒とか核物質とか武器とか、わたしよりも大人のほうが知識が豊富だろう。
「緑川君と広崎さんだけじゃなくて、沖田先生と近藤先生にも話してみよう……」
個別で話すのは二度手間三度手間でめんどうだから、授業が終わった後、沖田先生の学年主任室でまとめて話すことにした。
「話って何だ、村上」
「……まずは先生たちも、広崎さん緑川君も。このノート、読んでください。それから相談をさせてください」
机の上にノートを広げ、私はちょっと離れた席に座った。
四人は、私が言った通り、まずノートを読んでくれた。
読み終えるまでの間、私はじっと待つ。
待ちながら考える。
ノートは見てもらった。でも……、信じてもらえるかな? 私の頭がおかしくなったと思われるかな……? アルさんを先生たちの前に連れてくる? 兄に『憑依』の魔法を使ってもらう?
ちょっと悩む。
悩んでいるうちに、読み終わったらしい。
「村上、これ……」
「昨日、私の前に、アルティエロと名乗る人物が現われまして、このノートは彼の話をそのまま書いたものです」
「アルティエロって、確か黒板の文章に出てきた……」
「『第一界』の魔法使い……」
沖田先生も緑川君も、ちゃんとアルさんの名前を覚えていたみたい。
「その人物が本物のアルティエロさんかどうかは分からない。このノートの話が本当かどうか分からない。だけど、これから先、明日とか二か月後とか……未来の黒板に浮かび上がる文章と、このノートが一致すれば」
「……本物って可能性は高くなる」
「はい。黒板の文章よりも先に、このノートがある。ノートと黒板の内容が一致すれば……。このノートに書かれている話はきっと本物だと判断してもいいかと思うんです」
私の言葉に、先生たちは答えない。悩んでいるみたい。
緑川君は目をキラキラと輝かせている。
広崎さんは訝しげな顔。
「検証したいんです。このノートの内容と明日、明後日、明々後日と、黒板に浮かび上がる文章が同じなのかどうか」
わたしは目の前で、アルさんが消えたり現われたりしているのをこの目で見ているから、信じちゃったけど。
……今更だけど、ちょっと冷静になってみると、私の書いたノートを大人がすぐに信用してくれるなんて思えなくなった。
だから、検証してって言ってみた。
二週間、検証してみて……途中までとはいえ、ほぼほぼ同じ内容だった。沖田先生が、頭をガリガリと掻く。
「まいったな。十八人が消えて、黒板に文章が浮かび上がって。それだけでも非現実的なのに、このノートは予言の書かよ」
「予言の書ではなく、話してもらった内容をそのまま書いただけですけど、敢えて言うのなら、話してくれた人が予言者なのか……」
「いや、本物のアルティエロって信頼してもいいんじゃない?」
緑川君の目はキラッキラに輝いている。
「本物の異世界人! 僕、本物のアルティエロさんと会って話したいなあ……」
沖田先生も頷いた。
「彼と、直接話がしたいが……」
「そうですね……」
えーと、学校に連れてきたほうが良いのかな? それとも、家に来てもらう……?
「消えた十八人の手掛かりがつかめるかもしれないし」
「でもまだ公的には秘密にしておいてください。保護者にも、変に期待を抱かせて、あとからダメでしたなんてことになったら」
あー、我が家に保護者の皆様が突進して取られると大変だな。うん、学校に兄とアルさん、連れて来よう。




